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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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新ハクマーバ伯爵の一歩

 新ハクマーバ伯爵ベギルがハクマーバ領都の領主邸に戻ると、待ち構えていたかの様に直ぐに、収税部長がベギルの執務室を訪ねた。

 収税部長は執務室内にいるベギル専属執事をちらりと見てから、ベギルを向く。


「閣下がお忙しいのは承知しておりますが、月々の業務が止まると面倒な事になります」


 挨拶代わりにそう言う収税部長に、ベギルはムッとしながらも「分かっている」と答えた。


「それで?なんの用だ?」

「こちらをご確認下さい。以前提出した物と同じ物ですので、そこの書類の山に埋もれている(ほう)は破棄して頂ければと思います」

「なんの書類だ?」

「ミリ商会名義で持ち込まれた供花が、寄贈されたのか販売されたのかの確認です」


 ベギルはミリの名に眉を顰める。


「何の事だ?」

「先代が亡くなってから、先代の死を悼んだ領民達が献花台に上げた供花の事です」

「献花か?それがなんだ?」

「ソウサ商会がミリ商会の名でハクマーバ領に持ち込み、領都まで運んで領主館に寄贈した事になっています。領境では領主館側が押印した受領書も提示されましたが、本当に代金を支払わずに無料で領民達に配ったのかの確認になります」

「なんだと?」

「もし申告が虚偽で、領民達かハクマーバ家かのどちらかが料金を支払っているなら、ミリ商会に対して追徴課税をしなければなりませんから」

「そんな話は聞いてないぞ!おい!知っているか?!」


 ベギルが怒鳴りながら訊くと、専属執事は無表情のまま「はい」と答えた。


「はい?はいというのは、ミリ商会から供花の寄贈を受けたと言う事か?」

「はい」

「何故だ!」

「私はベギル様に付いてサニン王子様の誕生祭に行っておりましたので、その場にいなかった為に申し出を拒否する手配が出来ませんでした」

「違う!何故私がその話を知らんのだ?!」

「ミリ・ソウサに関する事は、全て私に任せるとベギル様に命じられておりましたので」

「ミリ・コードナ殿だ!おい!コードナ殿はまだ領都にいるのか?!」

「さあ?」

「さあ?全て任されたと言っておきながら分からんのか?!」

「寄って来たのをあしらう事でしたらお任せを」

「ミリ・コードナ様でしたら、先代の埋葬に立ち会った後、王都に向かわれました」


 顔を真っ赤にして言葉の出せなかったベギルは、収税部長の言葉に振り向く。


「立ち会った?」

「はい」

「埋葬に?」

「はい。棺に最初に別れ花を入れて頂きましたし、埋葬時にも最初に棺に土を掛けて頂きました」

「ウソだろう?」

「いいえ。ハクマーバ家の皆様が不在でしたので、弔問客の中で一番身分の高かったコードナ様に、喪主の代わりをお願いしたと聞きました」

「・・・なんて事だ・・・なぜそれを私が知らないのだ?」


 ベギルは専属執事を睨む。


「その事も知っていたのか?」

「はい」

「・・・何故私に報告しなかった?」

「ミリ・ソウサに関しては一任されておりましたので」

「お前はクビだ!」


 ベギルにそう叫ばれて、専属執事はニヤリと笑った。


「結構。先々代への恩で勤めていただけです。辞められて清々しました」

「この!」

「お()め下さい閣下!」


 元専属執事にインク瓶を投げ付けようとしたベギルを収税部長が()める。


「何故止める!」

「インクもインク瓶もタダではありません」

「なに?!」

「執事服からインクを落とすのも、経費が掛かります」


 収税部長の言葉に、ベギルの怒りが下がる。


 まだニヤニヤしている元専属執事に、ベギルが「出て行け!」と怒鳴ると、元専属執事は丁寧な礼をして執務室から出て行った。


「閣下。そのご様子ですと、コードナ様に関して先代が開いた会議に付いても、ご存知ありませんか?」

「会議?私がいない間にか?」

「はい」


 そう肯くと、収税部長は執務机の上の書類の山から、一冊の議事録を掘り当てて、ページを開いてベギルに渡した。


「最後の部分、先代の出した結論を先ずお読み下さい」


 読み終えたベギルは片手で顔を覆い、「あ~」と低く大きな声を上げる。


「こんな状況だったのに、私は王都でコードナ侯爵閣下に伝言さえせずに、戻って来てしまった・・・なんて事だ・・・」

「閣下」

「・・・なんだ?」

「供花の持ち込みは無税でよろしいですね?」


 ベギルは「好きにしろ!」と怒鳴りそうになって、グッと言葉を飲み込んだ。


「・・・ああ」

「畏まりました」


 収税部長はベギルに一礼すると、執務室から退室した。



 独り残された執務室で、ベギルは頭を抱える。


 そしてベギルは散々悩んだ結果、コードナ侯爵家から何か催促されるまで、何も知らなかった振りをしようと決心した。


 新ハクマーバ伯爵は、最初の一歩を踏み出す前から、既に歩幅を間違えて、大切な事案を跨ぎ越していた。



 その後、ハクマーバ領の文官やハクマーバ家の使用人達から、高齢を理由に退職者が続く。その為に人手不足が発生し、残された者達からも働き過ぎて体を壊したり、心が疲れ切ったりして退職する者が続く事になる。これまで不満があっても我慢していた者達も、辞め易い雰囲気に流されて、退職していった。

 それらもあって、新領主の下で領政が安定したり、洪水被害から復興させたりするのには、長い時間が掛かる事となる。


 その間にベギルは、コードナ侯爵家との問題から目を逸らし続けた。

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