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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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事件の痕

 バルとラーラの二人の雰囲気が変わった事は、邸に一緒に暮らす人達には直ぐに分かった。

 それは誰にも良い変化に思えたけれど、まだ(ささ)やかなものだったので、皆は静かに見守って行く事にした。



 次の夜は一旦、バルもラーラも酒を飲まずにベッドに入ったけれど、二人とも何故か気恥ずかしく感じて、またベッドを出て、寝酒を少し飲んでから眠った。


 あの晩以降、ラーラが(うな)された事はない。

 ラーラが魘されたらまた抱き締めても良いのか、二人の間で決めてはいなかったけれど、バルはラーラが完全に目を覚まして拒否をしない限りは、前回と同様に対応する積もりだった。

 ラーラが寝ぼけていても、拒否されるのはバルには(こた)えるけれど、その後ラーラが安眠出来るなら、自分には耐えられる。そんなバルの決心は見せ場のないまま、穏やかな夜が続いた。



 バルの休みの前夜。

 翌朝は寝坊するかも知れない事をパノや使用人達に告げると、それを聞かされた皆は、さすがにソワソワとした。

 あらぬ誤解をされた事に気付いたラーラは、二人で込み入った話をするからだと慌てて弁解をする。

 もっと詳しく聞きたそうな使用人達をパノが抑えて、バルかラーラが起きてこない限りは、誰も寝室に行かない様にと指示を出した。言われた使用人達の「分かっていますとも」な反応に、照れる理由のない筈のラーラは照れる。

 これから誘拐された時の話をするのに、ラーラに緊張が感じられなくて、その事で自分の緊張も(ほぐ)されたバルは、微笑みを浮かべた。



 寝室に入るとまず、ラーラが口を開く。


「今日はお酒を飲まずに話したいわ」

「良いけれど、その、大丈夫?」

「途中で眠くなると困るから、酔わずに話をさせて」

「ああ、分かったよ」

「あ!バルは飲んでも良いわよ?寝ないわよね?」

「いいや。俺も飲まないよ。それじゃあ、話はソファで?」

「ベッドで良い?」

「良いよ。でも眠くならない?」

「うん。もし途中で眠ってしまったら、続きはまたにさせて」

「ああ、分かったよ」


 二人で肯き合うと、ベッドに向かった。



 ベッドではバルが横たわり、その胸にラーラが顔を載せて抱き付きながら隣に横になった。


 その形でバルは目を開けたまま、ラーラはバルを見ないで、誘拐されてから解放されるまでの六日間に何をされたのか、ラーラが話し始める。

 それは性的暴行だけではなく、平手や鞭で()たれたり、拳や棒で殴られたり、蹴られたりもある。腹部に掛けられた油に火を点けられた火傷は、ケロイドにはならなかったけれど、そこだけ肌の色が今も違ってしまっている。

 ラーラは出来事を淡々と語った。声を震わせる時もあるし、度々(たびたび)声を詰まらせる事もあった。それでも感情は籠めずに平坦に、その時にラーラが何をどう思ったのかも口にはせずに、犯人達に言われた事ややられた事を時系列に沿って事務的に話していく。

 バルは奥歯を噛み締めながら、体の他の部分はラーラを怖がらせない様に力を抜きながら、無言でただ聞いていた。


 六日間は決して短くはないが、それにしてもラーラが受けた暴行は、話し終わるまでにかなりの時間が掛かった。



 外は白み始めていた。

 ラーラはバルの胸から顔を離し、バルの両肩に手を置いて膝を立て、バルの顔の正面に自分の顔を持って行った。


「私だけ、話してすっきりしちゃって、ごめんね」

「いや、良く話してくれた。ラーラ。ありがとう」

「ううん。嫌な事、押し付けちゃったよね?でもね?本当は辛くて辛くて堪らなかったんだけれど、バルにみんな話したら、辛さを半分持って貰えた気がするの」

「ああ。ラーラの気持ちが軽くなるなら、喜んで持つよ」


 ラーラは膝を折り腰を下げて、またバルの胸に顔を付けた。


「ありがとう、バル」


 そう言うとラーラはバルの片腕を持ち上げる。ラーラに応えようとしていたバルは、息を飲んで声が出なかった。

 ラーラはバルの上で俯せに近い状態から横向きになり、バルの片腕を両腕で巻き込む様に抱き締めた。

 ラーラが半身とは言え、バルが背中に(さわ)れる姿勢を取ったのだ。

 バルは目一杯、体の力を抜いた。万が一ラーラの背中に()れたりしたら、またラーラを怖がらせるかも知れない。

 暴行を受けた話を聞いた後でラーラに怖がられるのは、バルには耐えられそうになかった。



「犯人達が、なぜ私に子供を産ませようとしたのか、分からなかったじゃない?」

「そうだな。捕まった犯人達は、理由を知らされてなかったな」

「うん。それで考えてみたのだけれど、黒幕は私に自殺させない為に子供を産ませようとしたのではないかな?」

「自殺?」

「そう。私が死んだらバルに忘れられるかも知れないけれど」

「そんな筈、ないだろう」

「分かってるし、私もバルは私の事を覚えていてくれると思うけれど、私は平民でバルは貴族だったでしょう?交際練習で数ヵ月でしかない期間付き合っただけの平民の事、貴族がいつまでも覚えているとは、普通は思わないのではない?」

「普通ならそうかも知れないが」

「そうでしょう?だけど私が生きていたら、バルは私の話を耳にする度に私の事を思い出すし、もしかしたら弱点として利用できる。黒幕はそう考えたのかも知れない」

「なるほど」

「もしかしたら憐れんだバルが私を殺す事を狙ったのかも知れない」

「俺がラーラを殺す訳ないだろう?」

「それが黒幕の誤算だったのかもね。まさかバルがキズモノ平民の私と結婚するなんて事、考えてもいなかっただろうし」

「キズモノなんて言わないでくれよ」

「でも黒幕からしたらそうでしょう?わざわざ痕が残る様な暴行をさせたんだし」

「自分の事をそんな風に言わないでくれ。頼むから」

「・・・ごめんね。少し調子に乗ったみたい」

「いや」

「でもね?それに気付いてから、バルの邪魔になるなら死のうって思ってたの。子供が産まれてたら私がその子の面倒を見る事で、自殺出来ないと黒幕に思われているなら、その子も殺そうって」

「ラーラ・・・」

「今は思っていないわよ?今はバルとミリと、パノや他のみんなと暮らせて、本当に良かったと思っているから」


 バルは思わず抱き締めそうになりながら、なんとか我慢して、ただ「ラーラ」と名を呼んだ。気持ち顎を引いて鼻をラーラに近付けて、(にお)いを嗅いでしまいそうになったのは、意識してか無意識か自分でも分からないし、自分の行為に気付いて息を止めて未遂で済ませたけれど、とにかくバルは反省をした。



 そしてもう一つ、バルには耐えがたいけれど耐えなければならない出来事が発生した。

 話がしばらく途切れたと思ったら、ラーラがバルの体の上で寝てしまったのだ。

 その上やがて、バルがなんの対策も取れない内に、ラーラは横向きから仰向けになり、バルの片腕を上掛け替わりにラーラの胸の上に載せた。

 バルは剣術などで体を鍛えているから、その腕は見掛けより重い。ラーラに怖がられない様にと、バルは体中の力を抜けるだけ抜いていたので、腕の重さはラーラの胸に掛かっていた。

 息苦しくなったラーラが、寝返りを打つ。そして最初とは反対側に横向きになる。もちろんバルの腕を巻き込んでだ。

 バルはラーラが実は起きているのではないかと疑った。いや、そう望んだ。そうでなければ、これがラーラが寝たまま起きた事なら、ラーラが目覚めてからバルが激しく拒否されそうだからだ。



 翌日の昼近く、ラーラはバルの上で目覚めた。

 ラーラがバルの上で目覚めたのはもちろん、ラーラが落ちない様にとバルが微妙に体勢を調整し続けていたからだ。


 バルの上で腕を巻き込んだ事まで覚えていたラーラは、目が覚めると直ぐにバルの上から下りたけれど、バルが腕の力を抜いていたのもあって、ラーラがパニックを起こす事はなかった。


 そしてその夜からは、ラーラはバルの体の上に乗って、寝るまで話をする様になった。

 寝る時はちゃんとバルの隣に下りてラーラは寝る。


 そしてそれほど時間が掛からない内に、ラーラはバルの腕に抱かれても、逃げずにいられる様になった。


 しかし、一見(いっけん)かなり仲の進んだ様に見えるバルとラーラだが、夫婦の営みへの道はまだこれからだ。



 ハクマーバ伯爵領から王都に戻ったミリは、出迎えてくれたバルとラーラの雰囲気に違和感を覚えたけれど、それは二人の立ち位置がいつもより少し近いからだと理由付けた。

 夜は二人とは別の寝室で寝る様になっていたミリは、ミリの誕生日に、ミリを抱いたラーラごとバルが二人を抱き締めた事で始めて、バルとラーラの間の距離がとても短くなっていた事に気付いたのだった。

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