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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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谷を埋めるもの

「一生掛けて、ラーラに事件を忘れさせようと思ったけれど、ラーラは今もいつも忘れられずに苦しんでいる。それにキロとミリの事もあるから、忘れるのも無理だよな。だから一生なんて悠長な事を言ってないで、直ぐにでも痛みだけでも取り除く方法を頑張って探すよ」

「探すって、どうやって?」

「それは、これから調べたり、考えたりするから、少し待っててくれ」


 やはり目処も何も持たないバルに、ラーラは心配になる。無闇に悩まれても、答が見付からない状態が続けば、バルの心に大きな負担が掛かるだろう。


 ラーラは改めて、自分が感じる恐怖は何なのか考えた。それが分かれば、バルに何らかのヒントを渡せるかも知れないし、自分でも問題解決の為のアプローチが取れるかも知れない。

 そう言えば犯罪被害者の中には、自分と同じ様な目に遭った女性達もいた、とラーラは思い出す。その中にはラーラに話をした事で、随分と前向きになれたと言って、ラーラに感謝していた人達もいた。

 彼女達は確か、自分を襲った不幸に付いて、客観的に見られる様になったと言っていた。


 もしかしたら。

 でも。

 だけど確かに、今までやった事がない。


 ラーラはバルの胸に手を当てて、「バル」と呼び掛けた。バルは声に釣られて目を開ける。

 その目を見詰めて、ラーラは言った。


「私が襲われた時の話、聞いてくれる?」


 バルはラーラの言葉に、思わず体を起こしそうになって、慌ててまた横になった。バルの胸にラーラが手を当てていなければ、起き上がってラーラを怖がらせたかも知れない。


「襲われた時の話って、でも、思い出すだけでも(つら)いのだろう?夢でもかなり(うな)されていたし」

「確かにそうだけれど」

「それを口にして、ラーラは大丈夫なのか?」


 バルはラーラが取り乱したりしたら、自分では上手く落ち着かせられないかも知れないと考えた。昨夜の様に抱き締めても、今朝の様に怖がって拒絶される可能性が高い。


「分からないけれど、もしかして、そんな話を聞くの、バルはイヤ?」


 そう問われたら、そんな事はないとはバルには言えなかった。


「その話を聞いて、取り乱さない自信がない」

「そうよね。そんな話、聞かされたくないよね」

「いや、ラーラ。少し待ってくれ」


 バルはそう言うと目を瞑り、自分の中を整理する。


「俺がイヤなのは話を聞く事ではなくて、ラーラが襲われた事自体だよ。取り乱すと言うのも、襲われた状況を想像したら激昂してしまいそうだからだ」


 バルは目を開けてラーラを見た。


「それよりラーラに思い出させる事自体が辛い」

「バル・・・」


 ラーラは体を屈めて、バルの胸に顔を付ける。


「でも、もしかしたら、私の中の谷をバルに埋めて貰う為には、その話を知って貰う必要があるのかも知れない」


 ラーラはバルの胸から顔を離し、バルの胸と肩に手を置いて膝を立て、バルの顔の正面に自分の顔を持って行った。


「もしかしたら、話す私より聞くバルの方が辛いかも知れないけれど」

「いいや。俺がいくら想像したとしても、ラーラの方が辛いに決まっている」

「いいえ。だってもしバルに何かあったとしたら、バルからそれを話して貰う私はきっと辛いと思うもの」

「ラーラ・・・」

「でも、バル?聞いて貰えないかな?」

「ああ、もちろんだ。もちろん聞くよ。ラーラの事は全て知りたいし・・・そうだな。俺は誘拐事件の事も、ずっとラーラの口から聞きたかったのかも知れない」


 ラーラが微笑む。


「ありがとう、バル」


 そう言うとラーラは膝を折り腰を下げて、またバルの胸に顔を付けた。

 バルはラーラが何に対して感謝をしたのか、判然とはしなかったけれど「ああ」と返す。

 ラーラが体を起こして、バルの両手を引いた。


「でも、話すと長くなりそうだから、今日は()めておくね?」


 肩透かしを食い、バルは「へ?」と空気が漏れる様な音を返した。


「バルがお休みの前の夜に、時間を貰える?」

「なるほど。構わないよ。朝まで話そうか」

「ええ。だから今日は、今晩も飲みましょうか?どう?飲まない?」


 ラーラが今夜も眠れる可能性が高くなるなら良いと思って、バルは「そうしよう」と肯いた。

 ラーラは嬉しそうに「うん」と返して、バルの手を引く力を強め、バルは促されて上半身を起こした。



 今晩もラーラはそれほど飲まない内に、うつらうつらとし始める。

 バルは昨晩と同じ様に、ラーラをベッドに連れて行って寝かせ、酒やグラスを片付けて、ラーラの隣に横になった。

 ラーラの指に触れる前に、ラーラから手を伸ばして来てバルの手を握る。ラーラは横向きになって体をバルに向けると、昨夜と同じ様に両手でバルの手を握った。


「バル?」

「うん、なんだい?」

「襲われた事、バルに話すって決めただけで、なんだか心が軽くなったみたい」

「そうなのか?」

「うん。前ならバルに嫌われるとか、捨てられるとか思ったけれど、もっと早く話して置けば良かったのかも」

「ラーラを嫌ったり、ラーラから離れたり、俺には出来ないよ」

「ううん。結婚前よ。襲われてバルにプロポーズされて、ああ、でも、結婚してからも怖かったかな。妊娠が分かった時も捨てられるのが怖くて、それで自分からバルから離れようとしたの」

「そうか」

「うん・・・そう考えると、怖くなくなったのは、ミリに色々指摘されたからかも」

「あの日の事か」

「うん」


 ラーラはふうっと息を吐く。


「私、やっぱり、ミリを産んで良かった」

「そうだな」

「でも・・・でもね?ミリがバルの子だったら、もっと良かったのに」

「ミリは俺の娘だよ」

「バル・・・」

「ラーラは俺の最愛の妻だし、ミリは俺の最愛の娘だ」

「二人とも最愛なの?」

「そうとも。俺は幸せ者だからね」


 バルは顔をゆっくりと倒してラーラに向けた。


「ラーラ。愛しているよ」


 ラーラがバルの手を握ると両手の力を強める。


「ありがとう。私も愛しているわ」

「ああ。ありがとう」


 ラーラはバルの手を胸の前に持ち上げると、両腕で巻き込む様に抱いて目を閉じた。

 バルも顔を戻して上を向いて目を閉じる。


 少しして、ラーラの寝息が聞こえてから、バルも眠りに就いた。

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