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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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試す夜

 朝食の時のラーラは、もう昨日と同じだった。ミリのいない分を埋める様に明るく振る舞っていた。

 日中も同じ様な調子で、夕食の時も同じ様に、まるで今朝の寝室の出来事を忘れたかの様だった。


 しかし夜に寝室でバルと二人きりになると、ラーラが警戒しているのが露わになる。寝室のドアの傍からラーラは動かない。


「今朝はごめん」


 バルが頭を下げると、ラーラは「ううん」と首を左右に振る。


「最近私、あまり眠れていなかったの」

「ああ」

「え?気付いていたの?」

「ああ。ミリがハクマーバ領に出掛けてから、ほとんど眠れてなかったんだろう?その前も、ミリが助産院に泊まる様になってから、少し眠りが浅かったみたいだけれど」

「え?そうかな?でも、ミリが出掛けてからは、なんか心配で、眠れていなかったのは確かなの」

「ああ」

「そうか。気付いていたのね」


 バルやパノに気付かれない様にしていた積りだったラーラは、少し寂しそうに笑ったけれど、「でもね?」と真面目な表情になる。


昨夜(ゆうべ)は良く眠れたみたいなの。怖い夢を見た筈なのに」

「そうか。眠れたのは良かった」


 バルは夢には()れずに、眠れた事だけを良かったとした。

 ラーラはバルをじっと見詰める。

 じっと見詰められてバルは、居心地の悪さをだんだん強く感じる。今朝の事の後ろめたさもある。そしてバルは勝手に降参した。


「あの、俺、今夜から違う部屋で寝ようか?」

「え?なんで?」

「だって、俺の事、怖いんじゃないか?」

「ち・・・がくはないけれど、大丈夫よ」

「違わないなら」

「大丈夫」

「でも、そんなに離れた所に立ってるし」

「大丈夫だってば」

「・・・そうか。分かった」


 バルはソファに腰を下ろす。


「取り敢えず、一緒にベッドに入るのは()めておこう。俺は今日はソファで寝るよ」

「え?でも」

「大丈夫?寝室に俺と二人きりと言うだけでも、ラーラには結構なプレッシャーだろう?」

「そんな事はないけれど」

「そう?」


 ラーラはバルに言葉を返す替わりに、視線を下げた。


 沈黙のまま、時間が過ぎる。

 俯き加減のまま何も言わないラーラに、バルはいたたまれなくなって呼び掛けた。


「ラーラ?」

「なに?」


 視線を向けて来たラーラに、バルは何を喋るか考えていなかった。


「その、今日も酒を飲まないか?」

「うん。それなのよね」

「え?どれ?」

「昨夜良く眠れたのは、お酒を飲んだからなのかしら?」

「そうなのではないかな?ベッドに横になってから、結構早く寝息を立てていたよ?」

「うん。でも・・・」


 またラーラは視線を下げる。


「でも?」


 バルの声にふいっと顔を上げて、ラーラはバルを見詰めた。

 バルは見詰められて、またいたたまれなくなって、もう一度「でも?」とラーラの応えを促した。


「でも、バルの腕の中で私は、安心した顔をしていたのでしょう?」

「あ、うん。あの時はそうだよ」

「だから、お酒の所為じゃなくて、バルのお陰かも知れないでしょう?私が良く眠れたのは」

「・・・そうか。そうだと嬉しいな」


 今朝ラーラが目を覚ますまでは、バルもラーラが良く寝ているのは、自分がラーラに安心感を与えられたからだと思っていた。しかし目を覚ましたラーラに拒絶され、バルに取っては昨夜の自分の取った対応は、猛省すべき身勝手な行動と位置付けられていた。

 それなので、ラーラの言葉がバルにはとても嬉しかった。そうだと嬉しいと言いつつも、既に嬉しい。


「私もそうだと嬉しい。バルとの関係を深められる手掛かりになりそうだよね?だから今晩は、お酒を飲まないで試してみたいの」

「試す?でも今朝は難しそうだったよね?」

「今朝は時間がなかったからでしょう?」

「え~と、じゃあ、俺は朝みたいにベッドに寝れば良い?」

「え~と、そうね。そうなるわよね」

「あ、じゃあ、俺から横になる?」

「あ、そうね。そうしてみて貰える?」

「あ、うん。分かった」

「うん。お願い」


 なんとなく、二人の会話はぎくしゃくしていた。



 今朝の様にバルがベッドに横たわり、手の甲を上にした両手を体の脇に置いて、目を瞑る。

 ラーラはベッドの脇に立ち、少し躊躇(ためら)ってから、「失礼します」といつもは言わない言葉を小声で囁いてから、ベッドに上がった。バルもどうにもいたたまれなくて、「どうぞ」と小声で返した。


 バルの傍まで(にじ)り寄ると、ラーラはまた「失礼します」と声を掛けてから、バルの肩に触れた。

 そこでまた躊躇いの()を開けて、それから今朝と同じ様に動いて、バルの胸に顔を付けて、ラーラはバルの隣に横になった。


 声を掛けるとラーラが体を起こすかも知れないと思ったバルは、そのまま何も言わずに、心臓以外は動かさない様に呼吸も浅くして(こら)える。


 かなりの時間が経ってから、ラーラが上半身を起こした。


「バル?寝ちゃった?」

「いや。起きているよ」

「あの、この格好だと私、眠れないみたい」

「・・・そうか」


 バルは剣術などで体を鍛えているから、実は胸板がかなり厚い。ラーラが枕にするには高過ぎる。体を(ひね)った不自然な格好で寝るのは、大人のラーラには難しかった。


「バル。こっちの腕を真横に広げてみてくれる?」

「真横ってこう?」


 座っているラーラに触らない様に、バルは腕を自分の体の前を通して回して、頭の上から体の横に持って行くと、腕を真っ直ぐ伸ばして手のひらを下にして、ベッドの上に下ろした。


「うん。ありがとう」


 ラーラがバルの胸に片手を置き、もう一方の手で横に広げたバルの腕に触れる。

 体を折ってラーラはバルの腕に顔を近付け、途中でピタリと停まると、ガバッと体を起こした。


 ラーラの息遣いが少し乱れた事に気付いたバルは、目を瞑ったままラーラに尋ねる。


「やっぱり、腕を広げていると怖い?」

「バルが怖いんじゃないのよ?バルだから怖いんじゃなくて、そうじゃないんだけれど」


 バルは横に広げていた腕を逆方向に回して、自分の体の脇に戻した。


「ラーラ?」

「うん」

「俺はラーラを愛しているよ」

「うん。それは分かっているし、私もバルを愛しているわ」

「今朝はイヤがる事をしてしまったけれど、俺はラーラを傷付けたくない」

「うん。分かってる」

「でも、教えて欲しい。広げられた腕が怖いのは、捕まえられるかも知れないと思うから、だよね?」

「・・・そうね」

「そうだよな」

「・・・どうしても、襲われた時の事を思い出してしまう。バルは私を愛してくれていて、私を傷付けたりしないって、頭では分かっているのよ?でもどうしても、どうしてもなの」

「俺とラーラの間に深い谷があって、俺はそれをまだ埋められていないって事だよね」

「・・・ううん。谷があるのは私の中よ。襲われた時の傷が私の中で深い谷になってる」

「・・・そうか。でも、その谷を埋めるのは、夫であり、ラーラを愛してラーラに愛されている俺の役目だ」

「バル・・・」

「正直、どうしたら埋められるのかまだ分からないけれど、つまりはまだ俺の愛が足りていないって事だよな」

「バル?」


 バルが脳筋な答を出しそうに感じて、ラーラは少し不安になった。

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