27 バルの交際か縁談か
バルがコードナ家に戻ると、コードナ侯爵達は居間に移動して、まだ話をしているとの事だった。
侯爵が喚んでいると使用人から伝えられ、バルも居間に行く。
居間の扉を使用人が開けてくれたので、バルはそのまま中に入った。
「ただいま戻りました。あ?ラゴ兄上?ゴメン、話し中だったか」
「いや、お前の話で祖父様に喚ばれたんだ」
バルの長兄ラゴがそう応えた。
「そうなの?」
「ああ。ソウサさんとの件、あらましは聞いた」
「バルも座れ」
バルの祖父ゴバに促されて、示されたソファにバルは座る。
使用人達が下がらされる。
「もしかして、俺にまだ話がある感じ?」
「ああ」
「長くなりそうなら、俺から先でも言い?」
「言ってみろ」
「俺とラーラに関して、集めた噂とウチの家族が言われている事を知りたい。隠さず全部」
「何故だ?何に使う?」
「自分達を守る為だけれど、どう使うかはまだ分からない。教えて貰ってから二人で考える」
「二人?ラーラにも伝えるのか?」
「ああ」
「それはお前の考えか?」
「え?そうだけれど?」
「ラーラに言われたんじゃなく?」
「もちろんラーラの考えも入っているけれど?祖父様に訊こうって言い出しのはラーラだし」
「お前の考えた部分は?」
「え?なに?自分達を守るのに必要ってのは俺が言ったけれど、なんで?」
「いや」
「え?気になるんだけれど?」
ゴバが面倒臭がって説明しなそうなので、バルの母リルデが口を挟む。
「お義父様も私達も、バルとラーラの仲が気になるのよ。今日ラーラが話に来た内容に、バルは反対していたみたいだし。二人は上手く話し合えているのか、心配になるじゃない?」
「別に、ちゃんと話し合えているけれど?」
「そうですね。二人が話し合えているからこそ、ラーラはバル抜きでわたくし達と話そうとしたのでしょう」
「あら?確かにそうですね」
バルの祖母デドラの意見にリルデは肯いた。
「なんか変な感じだけれど、それで、情報は貰える?」
「ああ。後で渡す」
「毎日結構な量だし、目を通すだけでも時間が掛かるぞ?」
バルの父ガダが眉間に皺を寄せて言う。
「重複しているのもあれば、似ているけれど違うのもあるし、結構面倒だ。読んでいてイヤな気持ちにもなるしな」
「手分けして読むよ」
「それだけれど、ラーラには見せない方が良いぞ?大半はラーラに関しての酷い噂だ」
「ソウサ家側でも同様の情報を集めているから、そこは気にしない事にした」
「まあ、そうか。数は違っても、内容は変わらんか」
「ガダ。数は向こうの方が多いかも知れないわよ?」
「うん?それもそうか。平民が流す噂はもっと多いか」
「ええ。集めようと思えば、ウチに集まる噂の何倍もあるんじゃない?」
「いやあ、話だけでもウンザリだな」
そう言って顔を顰めるガダをリルデは苦笑して見ていた。
「じゃあその情報は有難く頂いて、ラーラと共有する。それで?他の話って何?」
バルの問い掛けにゴバは「うむ」と小さく肯く。
「バルはコーカデス家からの交際申し込みを断っただろう?」
「申し込みって言うか、交際練習の打診だけれどね。受ける気があるかどうかって」
「そうだな。コーカデス家からの縁談ならどうだ?」
「え?縁談?」
「ああ。リリとの婚約なら受けるか?」
「え?そんな・・・俺が決めても良いのか?」
「決定は私達がするが、お前の考えも訊いて置きたい」
「・・・リリと、婚約?」
「あなた。バルを勘違いさせる様な言い方をしてはなりませんよ」
「バル、もしも、だからね?」
「え?縁談は来てないのか?」
「来てないわ。もし来たら、よ」
「もしコーカデス家からリリさんとの縁談が申し込まれたら、バルはお受けしますか?」
「前までのバルなら喜んで受けたでしょうけれど、今も同じで良いの?」
「あ、いや、その時になってみないと、今すぐには」
バルの出した声には戸惑いが含まれていた。
「でも、ここにラゴ兄上がいるって事は、コーカデス家から縁談が来たら、俺が断ったら兄上に回すって事?」
「え?俺に?」
「いや、違う」
「ラゴを喚んだのは将来のコーカデス家に影響する話だからだな。バルはやがてウチを出るけれど、誰と結婚するかはこの家と無関係ではないだろう?ガスもいたら同席させた。ガスもウチを出るけれど、やはりバルの選択が影響するだろうしな。ガスからバルにもだが」
ガダの説明がバルの頭には上手く入らない。
頭の中を思考が駆け巡っているけれど、それは言葉の形を取らない。つまりはボーッとした状態で、バルの視線は少し下がった。
「ウチからコーカデス家に縁談を持ち込むのはないのか?バルとリリの婚約で」
ラゴの言葉にバルはハッと顔を上げ、ラゴではなくゴバを無表情で見た。リリとの縁談をコーカデス家に申し込むなら、家長である祖父からだ。
「今はない」
ゴバの言葉にバルは顔の表情を変えず、無表情のままだ。
「バル?」
リルデの呼び掛けに、バルは顔だけを少しそちらに向けた。
「リリとの婚約や結婚に付いて、少なくとも今は考えてないのね?」
「リルデ、誘導するなよ」
「してないでしょう?」
「してるって。バル。今はウチからコーカデス家に縁談とか、持ち込まないけれど、良いんだな?」
リルデとガダが「同じじゃない」「違うだろう?」と言い合うのも、バルの頭には入って来なかった。
「バル!」
ラゴがガバッとバルの肩に腕を回した。
「・・・兄上?」
「はあ、ダメだこりゃ。みんな、バルはお疲れみたいだから、この場は解散で良いよな?」
「待ちなさい、ラゴ」
デドラが声を掛ける。
「バル」
デドラの静かな声に、バルはそちらを向いた。
「祖母様?」
「バルとラーラの交際を続ける事にわたくし達は賛成しました。ラーラ自身も交際を続けたがっているとわたくしは思っています」
「ああ、その通りだけれど」
「あなたも、交際を続けたいと思っているのですね?」
「もちろん」
「いつまでですか?」
「え?いつまで?」
「もし決めていないなら、ラーラと話し合って決めなさい」
「それは、決まっている。どちらかに婚約者が出来るまでって」
「それなら、あなたに縁談を準備しても良いのですね?」
「え?」
「交際を止めさせる為の婚約にはバルは激しく反抗していたけれど、必要な縁談ならどうですか?」
「え、あ、でも、ソロン殿下の婚約が決まるまでは、貴族の子息令嬢の婚約もないよな?」
「ラゴはそうですね。ガスもそうでしょう。でも三男のあなたはその限りではありませんよ?良い縁談があれば、婚約を結んでも構いません」
デドラの言葉にまた無表情になって動きが止まったバルの耳の直ぐ傍で、肩を抱いているラゴが深い溜め息を吐いたけれど、やはりバルは反応をしなかった。




