朝の拒否と妥協
朝になり、バルの腕の中でラーラが身動ぐ。
「う、うん」
ラーラが小さく唸った。
バルは腕の抑えを緩めてラーラの体との隙間を広げながらも、逆に腕には力を籠めた。
「おはよう、ラーラ」
「ん・・・バル?」
ラーラは久し振りに熟睡をしたけれど、まだ寝足りない。片目が薄く開いて、眩しそうにバルを見た。
ラーラの両目がゆっくりと開かれていく。
そして大きく見開くと口も緩み、目と首を動かしてバルと自分の体勢を認識すると、ラーラは一気に目を覚まして叫んだ。
「イヤ!」
目を瞑り、バルを押し退けようとラーラは力一杯腕を伸ばすが、バルはラーラを包む腕の力を緩めない。
「ラーラ。俺だよ。バルだよ」
バルは昨夜と同じく、低い声でゆっくりとラーラに話し掛ける。
「バル!ダメよバル!放して!」
「大丈夫だよ、ラーラ。大丈夫だ」
「イヤ!放して!怖い!」
「昨夜は一晩中、こうしていたんだ。大丈夫だよ、ラーラ」
「ダメよ!イヤだってば!」
「昨夜はラーラから抱き着いて来たんだ」
「イヤよ!放してってば!」
「ラーラ。昨夜はラーラから抱き着いてくれたんだよ」
「ウソよ!」
最初はバルが抱き締めたけれど、ラーラからも抱き着いて来たのは来たので、嘘ではない。
「ウソじゃない」
「ウソ!」
「ウソじゃない。そうでなければ俺が、こんなにラーラの近くにいるわけないだろう?」
「でも!ウソよ!」
「本当だよ。ラーラは俺の腕の中で、安心した顔をしてくれて、眠ったんだよ」
ラーラは自分を守る様に腕を縮め、体を硬くしたまま目を開ける。
「本当だよ、ラーラ。俺の腕の中で穏やかな表情で、直ぐに寝息を立てたんだ」
ラーラは顔を上げてバルの目を見た。体には力を入れたままで、口は強く結んでいる。
「ラーラは俺に抱き着いてくれて、俺の腕の中で、安心した様に眠ってくれたんだ。本当だよ」
「・・・もしかして私、魘されたりしていた?」
「ああ。悪い夢を見ている様に見えた」
「・・・そう」
ラーラはゆっくりと腕を伸ばして手を開き、バルの胸に指先を触れてそっと押す。
「でも、ごめん、バル。今は放して」
「ダメだ」
「バル、ごめん。ホントに怖いの」
「ダメだ。今放したら、前より俺が怖くなるだろう?」
「そんな事ないから」
「ダメだ」
「絶対ないから、お願い。放して」
「俺はラーラを傷付けないよ」
「うん。分かってる」
「絶対に、ラーラを守る」
「うん。それも信じてるわ」
「そうか。それでも怖いんだね」
「あの・・・ごめん」
「いや、俺の方こそごめん」
バルは腕を退けた。
ラーラは素早く横に一回転してバルから離れ、上半身を起こす。
バルは仰向けになり、片手で顔を覆った。
二人はそのまま動かなかった。
少しして、手で顔を隠したまま、バルが口を開いた。
「もし今夜、またラーラが魘されていたら、抱き締めても良い?」
「え?・・・でも・・・」
「朝には離れているし、夜中にラーラが目を覚ましたら、直ぐに放すから」
「だけど・・・」
バルは手を下ろしてラーラに顔を向けた。
「今も俺が怖い?」
「今は、そうでも」
「俺がこのまま動かなければ、俺に抱き着ける?」
「え?・・・どうだろう?」
「背中からは抱き着けるのだから、俺が腕を動かさなければ、大丈夫なのではない?もちろん、足も頭も動かさないよ」
「・・・少し、試してみても良い?」
「もちろん」
ラーラはバルの傍まで躙り寄る。
「あの、バル?目を閉じていて貰っても良い?」
ラーラの様子を見ていたかったので少し残念に思ったけれど、それよりはラーラに試して貰える方が大事だと思い直して、バルは「ああ」と目を閉じた。
ラーラはバルが目を開けないのを確認しながら、手を伸ばしてバルの腕に触れる。バルは少しも動かない様にと、体の力を抜けるだけ抜いていた。
手で触れている場所を腕から徐々に肩に移して、ラーラはもう少し躙り寄ると、手を更に動かしてバルの胸に置いた。ラーラは手のひらで、バルの心臓の鼓動を感じる。
ラーラは体を折ると、バルの胸に顔をゆっくりと近付けた。そして直前で少し躊躇った後、バルの胸に耳を付けた。
バルの胸に頭を載せたまま、ラーラはバルの胸に当てていた手を反対側の肩に向けて動かして行く。
脚を横座りから崩して伸ばし、頭は胸のまま、ラーラはバルの隣に自分の体を横たえた。
「バル?」
「うん?」
「抱き着くってこんな感じ?」
「昨夜のはもっと積極的だった」
「え?ウソ?」
「本当だよ」
「でも・・・だって・・・」
「今は無理してる?やっぱり怖い?」
「動かないよね?」
「ああ」
「それなら、大丈夫かも知れない」
「そうか。それならラーラが大丈夫な内は、慣れる為にこうしていて欲しい」
「ダメよ!」
ラーラは体を起こした。
「朝の支度が遅くなるじゃない。仕事に遅れちゃうわ」
「今はそんなに忙しくないから、少しくらい遅れても」
「ダメ!商売人がそれではダメよ!」
ラーラがそう言ってベッドから下りるのを感じて、バルは苦笑いと共にフッと息を吐いた。
「それで俺は?もう目を開けても良い?」
「・・・どうしようかな?」
「え?」
「だって、さっきは私がダメだって言っても、聞いてくれなかったし」
「仕返しって事?」
「冗談よ。開けて良いわ」
ラーラはバルを振り向かずにそう言った。
「それじゃあ、朝食の時にまた」
「え?ああ」
ラーラはいつもと違って、バルを待たずに振り向きもせずに、寝室から出て行こうとする。
バルはその事から、自分がやらかしたと思って、ベッドの上で頭を抱えた。
ラーラはなんとなく、バルの顔を見る事も、バルに顔を見られる事も出来なくて、直ぐに寝室を出ると廊下も足早に進む。そして自分の私室に入ってドアを閉めると思い切り息を吸って、大きな溜息を吐いた。




