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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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寝息と涙

ミリが王都に戻る前の話です

 ハクマーバ伯爵領から戻る時、ミリは母親のラーラの事を心配していた。

 ミリからは何度か手紙を送っていたけれど、ミリの方は移動しているので、ラーラやバルからは手紙を送れない。ハクマーバの領主館にミリが寄る事は分かっていても、バルやラーラからのミリ宛ての私信の受け渡し場所になって貰うのは、いくら心配だからと言っても、縁の薄い領地の領主館には頼めなかった。

 ミリが助産院に泊まったりする事に、ラーラも少しずつ慣れては来ていた。しかしそれは同じ王都内で、何かあれば直ぐに駆け付けられる場所だからだ。そして一泊すればミリは家に帰って来る。

 それに引き換え今回のハクマーバ伯爵領への視察は、連続して何日もミリが帰って来ない。

 その間のラーラに付いては、バルもパノも心配をしていた。


 そしてその心配は、杞憂に終わらない。

 ミリを送り出したその日から、ラーラは不安に(さいな)まれて眠る事が出来なかった。

 夜もそして昼も、うつらうつらとはするけれど、直ぐにハッと目を覚ます。

 寝不足の所為で気持ちも悪くなり、食欲もなくした。


 ただしラーラは、ミリを送り出した事は後悔していない。

 バルがミリを嫁に出さないとか、ずっと家にいれば良いとか言っているけれど、それが冗談ではないのなら間違いだとラーラは考えている。それなのでラーラ自身は、やがてミリと離れて暮らす事も考えていた。

 だからこそ今回もミリを送り出したし、ミリを心配しているバルに自分の心配までさせない様にと思っていた。



「やっぱりミリがいないと寂しい?」


 ラーラはいたずらっぽくバルに尋ねる。


「そうだな」

「私がいるのに?」


 眉を上げてわざと驚いた顔と声でラーラが訊くので、バルもわざとおどけた表情を作って見せた。


「俺が普通に話せているのは、ラーラがいてくれるからだよ。ミリがいない寂しさを感じるのも、ラーラがいるからさ」

「なあにそれ?バルの言う事、意味が分からないわよ?」


 呆れた様に呟いてから、ラーラは笑った。



 その様にミリがいなくても、ラーラがいつもより明るく振る舞う事で、邸の雰囲気は保たれていた。

 しかしそれでもラーラの体は、ラーラの言う事をきかない。眠れないし食べられないし顔色も悪ければ、バルが気付かない訳がない。

 だがそれに気付かれない様にと気丈に振る舞うラーラに、バルは知らない振りをするしかなかった。



 弱るラーラを見ていられなくなったバルは、ラーラを少しでも眠らせられないかと考えて、寝酒に誘う。

 冗談を言ったりバルをからかったり楽し()なラーラの、酒を飲むペースが速い事をバルは心配したが、酔うのも早く、さほど飲まない内にラーラはうつらうつらとしだした。


 ラーラをソファからベッドに導いて横にならせ、バルはラーラに上掛けを掛ける。

 酒やグラスを片付けてバルがベッドに戻ると、ラーラは目を閉じていた。


 最近のいつもの通りに、バルはラーラの隣に横になって、片手の甲をラーラの指に()れさせた。

 ラーラはピクンと肩を(すぼ)めると、片目を開けて顔を横に向けてバルの事を確認したら、最近のいつもの通りに手を握る。

 そしていつもとは違って体も横向きにして、ラーラは両手でバルの手を握った。


 今までにない状況にバルの息が止まる。


 これまでもラーラは酔って寝た事はある。ミリが別室で寝始めてバルと二人きりで寝る様になってからもだ。

 しかし手をこんな風に両手で握られた事はなかった。

 何よりラーラが横を向いたので、少しだけれどいつもよりバルとの距離が近い。

 カーテンを(とお)った明かりで、上掛けの隙間からラーラの胸元が見えた。

 バルは真上を向いて、目を閉じる。


 自分の心臓の鼓動が気になって眠れない、とバルは思った。けれど静かな寝室に直ぐにラーラの寝息が聞こえて来て、横目で見るとラーラの穏やかな表情が目に入る。それに安心したバルも、いつの間にか眠ってしまった。



 夜更けに。

 バルはラーラの喘ぎ声で目が醒めた。

 息苦しそうなラーラの様子に、起こすべきかどうかバルは悩む。

 やがて低い呻き声も混じる様になり、バルは小さく「ラーラ」と声を掛けた。


「いや!」


 ラーラが握っていたバルの手は振り払らわれる。上掛けが(めく)れた。


「ラーラ?大丈夫か?」

()めて!」


 バルの声に反応して、ラーラがバルを突き飛ばそうとした。その手をバルは反射的にいなして、思わずラーラの背に腕を回して抱き寄せた。


「ラーラ!俺だ!バルだ!」

「イヤ!止めて!離して!イヤ!」


 バルはラーラから一旦離れて、いつもの距離を取るべきなのかも知れない。

 しかしバルは、ここでラーラを手放せなかった。今、ラーラから離れたら、また昔の、結婚したばかりの距離に戻ってしまう、との考えが頭に浮かんだけれど、それが言い訳なのはバル自身にも分かっていた。バルはただただ、苦しむラーラから体を離したくなかった。


「大丈夫だ!」

「イヤ!助けて!」

「大丈夫だ!ラーラ!」

「助けて!バル!」


 助けられなくてごめん、との言葉が口を()きそうになって、バルは唇を噛んだ。

 違う。

 その言葉は夢の中のラーラも助けられない。


 バルは声を震わせながらも、努めて低くゆっくりとラーラに言葉を掛けた。


「ラーラ。助けに来たよ」

「バル!助けて!」

「もちろんだ。俺がラーラを守るよ」

「バル!バル!」

「ああ。俺はここだよ、ラーラ」

「バル?」

「そうだよ、ラーラ」

「バル」


 ラーラがバルを抱き返す。


「バル・・・」

「ラーラ。待たせたね。もう、大丈夫だよ」

「・・・バル・・・ありがとう」


 ラーラの呼吸が落ち着き、やがて再び寝息を立てる。

 バルは腕の中のラーラの眠りを(さまた)げない様に、声を殺した。

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