献花と埋葬
ハクマーバ伯爵が死去した事を知ったミリは、即座にその後の対応を決める。
馬車は王都に返す。馭者と馬車の護衛達も一緒だ。
自分はハクマーバ伯爵領の領都に向かい、ハクマーバ伯爵の棺か墓前に献花する。連絡員と残りの護衛達と一緒だ。
そしてもう一人の連絡員には馬車より先行して、これらの事を王都に伝えて貰う。
間もなくミリの誕生日で、バルとラーラがミリの誕生祝いの為に、パーティーを開いてくれる事になっていた。このまま王都に帰れば、それに間に合う筈だ。
しかしここで王都に帰る選択は、ミリには取り得なかった。
誕生日は来年もあるし、誕生祝いのパーティーは仕切り直して貰っても良い。お祝い事は融通が出来る物だ。
しかし弔事はそうはいかない。
ハクマーバ伯爵領に入ると、領主の死を悲しむ領民達がいる事が良く分かった。そして献花をするのに最寄りの神殿にするか領都に向かうか、領民達が相談したり、あるいは既に領都に出発したりしている事をミリは知る。
ミリはハクマーバ伯爵領の最寄りのソウサ商会倉庫支店に供花を注文していたが、領民達の様子を見て供花を追加発注をする為に、連絡員を倉庫支店に送った。
領都に着くと、街全体が暗い雰囲気に包まれていた。
それは領主の死を悲しんでいる場合ももちろんあるが、それとは別に領民達の心に、領地の先行きを心配しての陰が差していたからだ。
領主邸を訪ね、ミリは身分を明かす。
コードナ侯爵に貰った紹介状だけではなく、曾祖母デドラ・コードナ、養祖母ピナ・コーハナル、元王女チリン・コーハナルの三人に貰った身分保証状も提示する。
皆からは献花の代理を頼まれた訳ではないが、それらの人々の名を出す事によって、各家からの哀悼の意を表す事をミリは狙った。
コードナ侯爵家にしてもコーハナル侯爵家にしても、ハクマーバ伯爵家とは仲は良くない。もちろんこの様な場でも、王家の代理をミリが名乗るなどは絶対に出来ないし、ハクマーバ伯爵家もその様には取らないだろう。
それでもここまで出向いたミリが名を借りる事で、それぞれの家にはハクマーバ伯爵家から感謝が向けられる筈だ。
前回訪れた時の文官や係官達の態度から、自分が良くは思われていない事を感じ取っていたミリは、今回自分が下げたかも知れない自分が関係する家の評価に付いて、この際に少しでも上げたいと思った。
身分保証状は効果があったのかも知れない。
前回とは異なり、ミリは丁重に扱われた。
そしてミリは献花ではなく、棺へ別れ花を入れる事をお願いされた。
生前のハクマーバ伯爵とミリは、面識がなかった。
それでも今現在での弔問客の中で、ミリが一番身分が高いのに、他の弔問客に別れ花を入れさせてミリには入れさせない事など、ハクマーバ家の家人達には出来なかった。
遺体が腐敗する前に棺は埋葬されてしまう。そして葬儀は後日改めて行われる。
何しろ伯爵本人を除く領主一家は揃って、サニン王子の誕生祝いに出席する為に、王家直轄領に出向いている。誰も帰って来てはいない。まだハクマーバ伯爵死去の連絡も受け取れていないだろう。
その様な状況なので、葬儀がいつになるのかはまだ全く決まっていない。
そしてその様な状況なので、ミリは遺族の代理の様な役まで依頼された。
ハクマーバ伯爵の棺に別れ花を入れる。
初めて見るハクマーバ伯爵の顔は、見覚えがある様にミリには思えた。
ハクマーバ伯爵の顔を見詰めながら記憶を辿ると、ミリの父バルが正装で髪を上げた時になんとなく似ているのだ。
眉や額の形が似て見えるけれど、血筋を辿るとバルの五代前がハクマーバ伯爵と繋がる事をミリは思い出す。もっともこの国の貴族はどこかしらで繋がっていたりするので、バルの五代前がこう言う眉と額をしていたのかは分からなかった。
墓穴に棺を埋葬する時に、ハクマーバ伯爵領の旧臣がミリに近付き、いきなり声を荒げた。
「お前だ!お前の所為だ!お前が我が領に来たから、閣下は亡くなったのだ!」
少し離れた場所で控えていたミリの護衛達が、急いでミリの元に駆け付け、旧臣とミリとの間に立ち塞がった。
ハクマーバ伯爵領の文官の一人が、直ぐに旧臣を羽交い締めにすると、警備兵に命じて旧臣を連れ去らせた。
「コードナ様!申し訳ございません!」
その場にいた領地の文官や伯爵家の家人達が、揃ってミリに頭を下げた。
「彼の者、先々代よりこの地に仕えておりまして、この度の我が領主の急死に酷く衝撃を受けております。だからと言って先程の様な暴言を赦して頂けるとは思えませんが、後日改めまして次期領主より謝罪をさせて頂きますので、この場は何卒、お見逃し下さい」
「お見逃し下さい」
「お願い致します」
頭を下げる面々に、ミリは静かな声で「分かりました」と返す。
「騒ぎにする積もりはありませんので、後の始末はお任せします」
「「「ありがとうございます!」」」
「ただし我が家には、わたくしからも報告は致します」
ミリの言葉に皆が背筋を伸ばしてから、腰を折って「はい」と答えた。
それ以降は護衛がミリの傍から離れなかった。
護衛達は皆、埋葬の妨げになるからとミリに言われ、言われるままにミリから離れた事を心の中で激しく後悔していた。
ミリも護衛達が気に病んでいる事に気付いて、護衛にその様な命令を出した事を後悔していた。
ただ、旧臣に言われた言葉については、ミリは気にしていなかった。
これまでもミリをミリ・コードナだと知らない人々が、ミリの前でミリ・ソウサの悪口を言っている事はあった。
コウグ公爵領では神殿の敬虔な信徒達に、面と向かって悪魔とも死ねとも言われた。
気持ちが良い物ではないが、そう言う事を口にする人は少なからずいるのだ、とミリは知っている。ただしそんな事を口に出しても、損ばかりで何の利益もないと思えるので、ミリには理解は出来ない。仲間同士の結束を高める為に共通の敵を作るのは分かるが、わざわざ不利益を出してまでやる程の事とは、ミリにはどうしても思えなかった。
ただ、ミリに面と向かって言う誰もが感情的になっていたので、損得は考えていないのかも知れない。
それなので、自分はそう言う事を人に言わない様に注意しよう、とミリは心にメモをした。ミリは損はキライなのだ。
墓穴に納められたハクマーバ伯爵の棺に、ミリが最初の土を掛ける。
ハクマーバ伯爵は領民や臣下達に慕われていたのだなと、少し親しみを感じたハクマーバ伯爵の顔を思い出しながら、少しずつ見えなくなっていく棺を見ながら、ミリはそう考えていた。
しかしハクマーバ伯爵に親しみを持ってしまった為に、ミリは損失を出す事になる。
ミリがハクマーバ伯爵領を後にしてから、ハクマーバ伯爵領の領主館に、献花用として寄贈された供花が届いた。
運んで来たのはソウサ商会の馬車だが商会紋は外されていて、花はミリ商会からだとされた。ミリ商会を名乗るようにミリが指示をしたわけではないが、今後復興資材の納品をミリ商会が行うなら、ミリ商会を名乗っておいた方が良いと、ソウサ商会の支店長が気を利かせたのだ。
実際に供花の代金は、ミリ商会が出しているし。
ミリは最初、領主館に供花を売ろうと思っていたのだが、ハクマーバ伯爵への親しみを感じてしまった事や伯爵を慕った領民の事が心に残り、供花の代金はミリ商会が払う事にしたのだ。
その為、今回の行商でのミリ商会の利益はなくなり、赤字になる事になった。ミリの祖父ダン・ソウサの手配しているコッソリ身内価格で供花を仕入れてもだ。
ほんの少しの間、領主館や伯爵邸で時間を過ごした事で、ハクマーバ伯爵家にもハクマーバ伯爵領にもお金に余裕がない事は、ミリには良く分かった。洪水被害はまだ全容が見えておらず、これから復興費用の算出も控えている。伯爵家や伯爵領から供花代を取るにしても、値段交渉や未払金の取り立てを考えると割に合わないとミリには思えた。
だからと言って、献花する領民一人一人から代金を取るのも手間が掛かる。
それならと、弔問客に花を配ったり献花の後始末をしたりはハクマーバ伯爵家に丸投げして任せる事で、ミリは「損切り」をした事にした。供花に関してはこれ以上、手間も経費も一切掛けない事にしたのだ。
ちなみにミリ商会に供花を納品したソウサ商会は、身内価格からでももちろん利益を出していた。




