ハクマーバ伯爵からの共有
保全副隊長が身元は分からなかったとの答を持って、大広間に戻って来た。
ハクマーバ伯爵はその報告を聞いて肯き、また瞑ってから一呼吸で目を開ける。
「情報が行き渡っていない様なので、初めから話そう」
そう言ってハクマーバ伯爵は大広間の面々を見回した。
「過日、コードナ侯爵閣下より書状が届いた。この度の書状より前に届いた物の話だ。それにはミリ・コードナ殿がミリ商会を率いて、我が領を訪ねて来ると記されていた」
ハクマーバ伯爵の言葉で、ミリ・コードナに渋い顔をする者達もいれば、ミリ商会に失笑を漏らす者達もいた。その様子をハクマーバ伯爵は、やはり目を細めて見ている。
「ミリ・コードナ殿の目的の一つは、洪水の被災地の視察だそうだ」
大広間に嘲笑が上がるし、侮蔑の言葉も上がる。
「忙しいところをわざわざ狙って来るなど、嫌がらせに他ならん」
「被害者を見て、憐れもうとでも言うのか?」
「苦しんでおる姿を笑いに来たのかも知れん」
「ガラクタを集めて、他所で売る気なのではないか?」
「被災地泥棒か」
「さすが、下衆共の血を引くだけあるわ」
ハクマーバ伯爵は目を細めたまま待つ。大広間が静まると、ハクマーバ伯爵は声を上げた。
「収税部長。ミリ商会の入出領時の荷物の検査は行ったか?」
「はい。漏れなく」
「明細は分かるか?」
ハクマーバ伯爵の問に、収税副隊長から収税隊長を通して、収税部長に書類が渡される。
渡された書類をパラパラと捲り、収税部長はハクマーバ伯爵に「はい」と肯いて返した。
「ミリ商会は入領時には何を持って来た?」
「主には保存食、水、薬品、その他日用品等です。後日の入領時にも同様です」
「後日?ミリ商会は何度も入出領を繰り返したのか?」
「記録では、ミリ・コードナ殿と一緒に入領した馬車と、遅れて入領した馬車があります。遅れて入領した馬車は商品をそのまま積んで出領していますが、先に入領した馬車は商品は空でした」
「空?帰りに何も仕入れずに出領したのか?」
「はい」
大広間には、売れない上に買えなかった、などと嘲る声が広がる。
「ミリ・コードナ殿の目から見ると、我が領にはガラクタ以下の物しかない様だな」
そのハクマーバ伯爵の言葉に激昂し、ミリを非難する大声を上げる者達がいたが、ハクマーバ伯爵の視線を受けて、声は小さくなって直ぐに止んだ。
「コードナ侯爵閣下の書状には、ミリ・コードナ殿の訪領目的は被災地視察だが、それは被災地復興を援護する為だとあった。援護する為に何が必要とされているのか、当を得た手助けの提案をする為に現地をミリ・コードナ殿に見せて欲しい。そう書かれていた。援護と言うのも我が領に気を遣ってだと私は思ったな。支援ではなく援護の方が、恩に着せられる感が少ない。コウグ公爵閣下からの支援と直接比較されなくて済むのも、私としてもありがたい」
そう言うハクマーバ伯爵に、先代から勤めている旧臣が「閣下」と呼び掛ける。
「閣下はコードナ侯爵やソウサ商会が我が領にした事をお忘れになったのか?」
「忘れてはおらんよ」
「それならなぜ、コードナ侯爵やミリ・ソウサの肩を持つ様な事を仰るのだ?お陰で臣達が困惑しておるではないか」
「私は先代が当時のコーカデス侯爵閣下に反対もせずに率先して、広域事業者特別税を執行した事も、その後の立ち回りに失敗して領内の流通が大きく滞って死人が出た事も忘れていない」
「閣下!まだ当時の事をグズグズ仰るのか?!」
「まだではない。当時の先代の失敗が、未だにこの地の執政の足を引っ張っているではないか」
「当時、ご自分の意見が通らなかったからと言って、先代をお恨みになるのは止めなされ」
「恨んでなどおらんよ。恨みを頭に浮かべるなど、そんな暇はないからな」
「ならなぜ閣下はコードナの肩を持つのだ!」
「肩を持つのではなく、先代がコーカデス家を見捨ててコウグ公爵家に付く判断をした様に、コードナ侯爵閣下とミリ・コードナ殿の力を借りたいと思っておるだけだ」
ハクマーバ伯爵がそう言うと、旧臣は言葉を続けられずにただ唇を噛んだ。
「力を借りたいと言うと反発を持つ者もおるか。私はコードナ侯爵家やソウサ家、あるいはラーラ・コードナ殿の養家のコーハナル侯爵家や、スディオ・コーハナル殿にチリン様を降嫁させた王家の力を利用してでも、ハクマーバ領を昔の様に栄えさせたいし、あるいは今のコードナ侯爵領やコーハナル侯爵領の様に更に発展させたい」
そう言ってハクマーバ伯爵は一同の顔色を見回す。
「色々と手遅れの感はあるが、今、皆と認識を合わせられたのは良かったと考えよう」
反論が上がらなそうな様子を見ると、ハクマーバ伯爵は肩の力を抜いて背凭れに体を預けた。
そしてハクマーバ伯爵は大きく深く息を吸い、ゆっくりと吐き出してから姿勢を正し、大広間の人達に顔を向け、「さて」と言って皆を見回す。
「ミリ・コードナ殿をミリ・ソウサと呼んだり、ラーラ・コードナ殿を悪魔と呼んだ者、あるいはそれに賛同した者達は、自分の進退を考える様に」
ハクマーバ伯爵のその言葉に、大広間は大きくざわついた。




