26 何て言われたのか
これまで通り交際を続けるとの結論が出た、コードナ侯爵邸での話し合いからの帰り道。
ラーラを送る馬車に乗り込むと、バルの機嫌は途端に悪くなった。いや、出さない様に隠していた気持ちが表に出た。
馬車の中にはいつもの様に、コードナ侯爵家の護衛女性とソウサ家のメイドが同乗していたけれど、この二人にはもう色々と見せている。
バルはコードナ侯爵邸では抑えていた不満を表情と態度に表した。
「もしかして、怒ってる?」
「当たり前だろう?ウチから交際中止を言われたら、どうする積もりだったんだ?」
「交際を続けて良いって話になったのだから、良かったじゃない」
「それってもしかして、中止させられる筈がないと知っていたのか?」
「いいえ。中止させられるだろうなって思っていたわ」
「何でだよ?それなら何で、ウチに交際を続けて良いか訊きに来たんだ?」
「貴族絡みだとソウサ家では対応仕切れなくて、コードナ家やコードナ侯爵様に余計な迷惑が掛かるかも知れないからよ。さっきもそう言ったでしょ?」
「分かっているけれど、そうだとしても納得出来ない」
「そうでしょうね。バルと話しても埒が開かないから、コードナ家の皆様に時間を頂いたんだもの」
ラーラをバルが睨む。
「つまり、俺との交際が中止になっても、ラーラは構わなかったって事だよな?」
「私達の交際練習を続ける事より、大切な事ってあるでしょう?コードナ家の面子とかバルの立場とか」
「それはウチが考える事であって、ラーラが心配する事じゃない」
「え?本気で言っているの?」
「もちろん」
「バル。バルは私を心配する事はないの?」
「あるに決まっているだろう?」
「それなら私がバルを心配するのも分かるわよね?お互いなんだし」
「そうだけれど、俺との付き合いを止めても良いなんて、ラーラが思っているとは思わなかった」
「私だって止めたくないけれど、それは信じて貰えないの?」
「いや、それも分かっているけれど」
バルは額に手を当てて目を強く瞑った。
「あーっもう!」
「バル」
「なに?」
低い声をバルは返した。目を眇めてラーラを見る。
「交際練習が終わって、今の様には付き合えなくなっても、バルと私は親友だよね?」
「当たり前だろう?」
「私もそう思ってたから、お互いで良かった。たとえ遣り取り出来なくてもお互いの様子が分からなくても、バルはずっと私の親友よ?」
「いやいや、そんな、別れの挨拶みたいな事、言うなよ」
「分かってる事でも、普段からしっかり口にしておこうかなって思って」
バルは顔から手を離し、座席に背中を凭れ掛けた。目を瞑り頭も背凭れに預けると、はあと息を吐く。
「親友って言葉を便利に使い過ぎじゃないか?」
「そう?親友初心者だから、少しでも慣れようとは思ってるけど」
「もう使い熟しているよ」
バルは体を起こしてラーラを見た。
「なあ?俺って頼りにならないか?」
「え?そんな事ない。頼りになると思うわよ?私もかなり頼りにしてるし」
「それなら噂なんて気にしないで、俺を信じてくれよ」
「うん?噂で悪く言われてるのは私よ?バルが私を信じるんじゃないの?信じてくれてるとは思うけど」
「噂を信じる信じないじゃなくて、ウチの家族を説得するとか、世間を黙らせるとかだよ」
「ああ、そっち。でも今回の噂はどうしても気になるわ。だってバルと私の交際を止めさせる為の噂でしょう?」
「そうなのか?」
「単なる嫌がらせかも知れないけどね。でももし目的があるならそれだし、嫌がらせしたり噂を広めてる人の心の中には、バルと私の交際が気に入らないって気持ちはあると思う」
「そうか。そうだな」
バルは視線を下げて、腿の上の自分の拳を見詰める。
「俺を心配してラーラの噂を教えてくれたり、本当か確認に来たりする友人もいるけれど、中には、いや」
「中には?」
「なんでもない。気にしないでくれ」
「いかがわしい事に自分も混ぜろって?」
「は?なんでそれを?まさかラーラも言われるているのか?」
「兄さんがそう言われる事があるから。兄さん達は平民としては優良物件なので、婚約者がいるのを知ってて言い寄ってくる女性もいるの。それでその女性達自身が兄さんと関係を持っている様な噂を流す事も良くあって、そうすると自分も混ぜろって言って来る勘違い男性もいるんだそうよ」
「そう言うやつがいるのって、貴族も平民も変わらないんだな」
「そうなのね」
「ラーラは大丈夫か?そんな声を掛けられたりしてないか?」
「あ、うん。大丈夫」
「うん?それって声を掛けられていないから大丈夫?それとも声を掛けられているけれど大丈夫?」
「それは、まあ」
「言い淀むって事は、大丈夫じゃないんだな?どこのどいつだ?」
「大丈夫よホントに。メイドが守ってくれるし、護衛が退けてくれるから。家を通して抗議すれば、2度と言われないし」
「貴族は?」
「あ、うん」
「言う奴の名前、教えて」
「あ、全然大丈夫だから。冗談で言ってるだけだろうし。女性に飢えている訳じゃないみたいだから、手を出されたりはしないと思う」
「手を出されてからじゃ遅いだろう?それに飢えてないなんてどうして言えるんだ?」
「花街の常連だったりするし」
「あいつか」
「あ、違う違う」
「俺が誰を思い浮かべたか、分かったんだな?当たりだろう?」
「違うわよ、人違い」
「俺の友人だから、名前を出せないんだな」
「あ、いや、まあ、違うけど」
「ミリ」
「え?なんで?バル!」
「はい、コードナ様」
「ミリ!なに返事しているのよ!バル、ミリはソウサ家の使用人ですから、ご用の場合はわたくしを通して下さいませ」
「君は相手の名前を知っているな?」
「はい。全員の名前を存じております」
「ミリ!」
「全員?何人もいるのか?」
「はい」
「バル。後で紙に書いて私から伝えるから、ミリを虐めないで」
「何を言われたかもだぞ?」
「細かい事は忘れたわ」
「ミリ」
「はい。もちろん覚えております」
「ミ~リ~!もう!・・・分かったわよバル。ちゃんと報告するから」
「これからもだぞ?」
「ええ、分かったわ」
「こう言うのは、お互いの信用に関わると思わないか?」
「そうね。そうかもね」
「これに限らず、俺との事でなくても良いから、貴族関係者に何か言われたら言ってくれ」
「ええ、そうします。その代わり、バルもなんて言われたのか教えて」
「え?」
「少なくとも混ぜろって言われたのよね?誰に何を言われたのか、教えて」
「あ~いや、どうだったかな?細かい事は忘れたけれど」
「そうなのね。それならコードナ侯爵様に伺うわ」
「え?なんで祖父様に?」
「だって侯爵様は私の噂も報告で知っていたんでしょう?バルが言われた事もご存知じゃない?」
「いや、祖父様は知らないから、訊いても無駄だ」
「それならまず、ご存知かどうかだけ伺ってみるね」
「待って、分かった。誰に何を言われたのか、教えるから」
「そう。もしかして侯爵様に訊くのはダメなの?」
「なんか祖父母や両親が言われてた話とかも、ラーラに流れて行きそうだから」
「それならバルも一緒に訊く?私達の話なら、私達は知っておくべきなんじゃない?」
「う~ん、自分達を守る為なら必要か」
「そうか。守りに使えば良いのよね。攻めに使う気になってたけど、炎が広がるかも知れないものね」
「物騒だな。一人で攻め入ったりするなよ?」
「気を付けるわ」
「いや、気を付けるじゃなくて、攻め入らないって言ってくれよ。気を付けても欲しいけれど」
「でもさっき皆さんに伺えば良かったわね。気付いてなかったけど」
「はあ。俺が訊いておくよ」
「信用してるから、ちゃんと教えてね?」
「そう言うって事自体が、信じていないみたいに聞こえるぞ?」
「信じているから」
「ああ、もう、分かったよ」
ラーラに真面目な顔で見詰められて、バルは肩を落としてそう答えた。




