ハクマーバ伯爵の確認
ハクマーバ伯爵領の領主館の大広間に、各部門の部門責任者と現場責任者達が集められていた。皆椅子には座っているが、人数が多いので机は用意されていない。
それらの面々の向く正面に用意された椅子に座ったハクマーバ伯爵が口を開く。
「忙しいところ集まって貰ったのは、ミリ・コードナ殿とミリ商会に付いて確認する為だ。直接関わっていない部署の責任者にも来て貰っているが、共通認識とする為に聞いておいてくれ」
ミリ・コードナの名を耳にして渋い顔を作る者もいたが、ハクマーバ伯爵がそう言って見回すと、全員が肯いた。それを確認して、ハクマーバ伯爵も肯き返し、本題に入る。
「ミリ・コードナ殿はミリ商会を率いて、我が領都に商談に来た筈だが、どうだ?」
「はい。ミリ・ソウサでしたら復興資材を売り付けに参りました」
一人の文官のその答に、ハクマーバ伯爵は目を細めた。
「その商談はどうなった?」
「どうもこうもありません。いきなり商談させろと言って来て、やっぱり止めたと申し出を取り下げ、キャンセルして行きました」
大広間がざわつく。ハクマーバ伯爵は眉間に皺を寄せた。
「商談の用意をして日時を伝えて一旦は了承したのに、キャンセルして来たのか?」
「いいえ。商談の手配中にいきなりキャンセルして来ました」
「商談依頼をして直ぐにか?」
「いいえ。大分待たせてからです」
「待たせた?」
「はい。待たせて焦らして、持って来た資材を捨て値で置いて行かせようとしたのですが、勝手に帰ってしまいました」
大広間のざわつきに嘲笑が混ざる。
「ですが資材を満載で領境を二度も通れば、通行税もそれなりに払ったと考えます」
大広間には嬉しそうな声が上がった。
「待たせたのはお前の案か」
「あ、それは・・・」
文官は言い淀んだ後、「いいえ」と首を左右に振る。
「ベギル様の執事殿に提案されました」
大広間に感心の声が上がり、何人か肯く者もいた。
「ベギルか・・・」
ハクマーバ伯爵はそう呟いて目を閉じ、一呼吸して目を開ける。
「商談を待たされていた間、ミリ殿は何をしていた?」
ハクマーバ伯爵のその問に、文官は「さあ」と答える。
「観光するかハクマーバ料理を楽しむか、していたのではないかと」
「領都でのんびりしていたと言うのだな?」
「待っている間は暇だったでしょうから」
ハクマーバ伯爵は視線を移した。
「ミリ商会が盗賊に襲われた話はどうなった?」
大広間は一瞬静まって、続いてざわつく。小さく嘲笑も漏れた。
刑務部長が答える。
「盗賊はここ最近ですと、一件しか発生しておりません」
「その一件がミリ商会か?」
「いいえ。盗賊が出たのは領都ではありません。それに既に全員逮捕して直ぐに処刑しておりますので、ミリ商会は襲われてなどいないかと」
「あの、それがミリ商会の件だと思われます」
「なに?」
別の文官が声を上げると刑務部長が睨んだ。声を上げた文官が体を硬くする。
「どう言う事だ?話してみろ」
ハクマーバ伯爵に促されて、文官はおずおずと口を開いた。
「ミリ・ソウサが盗賊を捕まえたと連れて来ましたので、刑務部に連れて行く様に命じました」
ハクマーバ伯爵は文官から刑務部長に視線を移す。
「盗賊を逮捕したのは別件か?それとも捕まえて来て貰った件を自分達が逮捕した様に言ったのか?」
「え?あの、どうなんだ?」
刑務部長はハクマーバ伯爵の言葉に、後に控えていた刑務隊長を振り向いて訊く。
「盗賊を誰が捕まえたのかは知りませんが、どこかから連れて来られたのは確かです」
「誰が捕まえたのか分からない?調書はどうした?」
ハクマーバ伯爵は刑務隊長に直接質問する。
「盗賊だとの事だったので、調書は特には」
「自分達では取ってないのか?」
「はい」
ハクマーバ伯爵はもう一度、目を閉じて一呼吸置いた。
「ではミリ商会の提出した調書だけを元に、罪を裁いたのだな?」
「あ、いえ・・・」
「なんだ?構わないから言ってみろ」
「盗賊と一緒に届いた調書は私は見ておりません」
「うん?調書はなかったのか?」
ハクマーバ伯爵が乗り出し気味に尋ねる。
「いえ。あった筈ですが、私は見ておりません」
「それならどうやって罪を決めたのだ?」
「盗賊が捕まった事を部長に報告したら、直ぐに処刑を指示されました」
「処刑?調書も見ずに処刑したのか?」
刑務部長はハクマーバ伯爵に問われて、少し体を後に逸らす。
「いえ。盗賊なので、盗賊はいつも直ぐに処刑ですから」
「それは取り調べして犯人で間違いがなければだろう?」
「それはそうですが、盗賊と聞いたので」
そこまで答えて、刑務部長は後を振り返る。
「なんで取り調べなかったのだ?!」
刑務部長は刑務隊長を怒鳴り付けた。
「それは・・・申し訳けございません」
「待て。頭を上げろ」
頭を下げた刑務隊長にハクマーバ伯爵がそう命じる。
「いつも調書を取らずに刑を決めているのか?」
「いえ。いつもでしたら取り調べをして、調書を取ってから量刑を決めます」
刑務隊長の言葉にハクマーバ伯爵は小さく肯く。
「それが今回はなぜ、調書を取らなかったのだ?」
「それは、その、一度に捕まった人数が多く、収監が難しい事を部長に相談したところ、処刑の指示書を受けまして」
「待て!それでは私が悪いみたいではないか!お前が調書があると言ったから、既に盗賊と判明がしているものだと私は思ったのだ!まさかお前が調書を取ってないとは思わないじゃないか?」
「まあ待て」
刑務部長が刑務隊長に言い募るのをハクマーバ伯爵は止めた。
「取り敢えず、その調書を持って来てくれ」
刑務隊長は「はい」と返事をして、顔色の悪い刑務副隊長に命じる。
「おい。あの時の調書を取って来てくれ」
「いえ、それが・・・」
「どうした?構わないから言ってみろ」
ハクマーバ伯爵の言葉に刑務副隊長はか細い声で「はい」と答える。
「持ち込まれた調書は燃やしたと思います」
「は?・・・それは何故だ?」
ハクマーバ伯爵は静かに尋ねる。
「正規の調書ではないので、盗賊達の身に着けていた物と一緒に整理して、盗賊達の死体と一緒に燃やしたかと」
「自信なさげに言っているが、燃やしたのか?燃やしたかも知れないのか?」
「燃やしたかも知れません」
「分かった。残っていないか、直ぐに確認して来てくれ」
「はい。分かりました」
大広間を出て行く刑務副隊長の後ろ姿を見送りながら、ハクマーバ伯爵は小さく溜め息を吐いた。
大広間の一部の人間は、雲行きが怪しくなっている事を感じ取っていた。




