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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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子供返り

利かん手:非利き手の事だとお考えください

 レントの筋力は日々伸びていた。それは僅かではあったけれど、確かだった。


 普通に立てる様になったレントは、棒を持てる様になった。

 重力や勢いに任せて棒を振るとまだ体の軸がずれるから、ゆっくりと木の棒を取り回すだけではある。

 それでも毎日、剣の替わりの棒と槍の替わりの棒とを振る。ゆっくりと、未来の自分の動きをなぞる様に、それぞれの棒を振った。

 誰にも見られていないから、ワザ名を口にする事もあるけれど、小声だし、直ぐに次の動きでそれを塗り潰した。でもまたしばらくして別のワザ名を呟いたりする。

 ワザ名を言う言わないに関わらず、直ぐに疲れてはしまうのだけれど、休み休みでも全身を使って、レントはそれを続けた。



 庭の草取りも続いていた。

 最初に抜いた草は既に敷石の上で枯れ、毎日レントに踏まれて粉々になっている。敷石の上に残っている部分の方が少ない。

 敷石を辿ると、抜かれた草の枯れ果てていく様が、逆順に追って見えた。


 レントはふと、敷石の置かれている間隔に付いて考えた。

 敷石の上に置かれた草を踏みながら、敷石を辿って歩く。少し歩き(にく)い。それはレントの一歩の幅と、敷石の置かれる間隔が合わないからだ。

 どうやら敷石は大人の一歩、それも男性の一歩に合わせた配置になっていると気付いたレントは、股を広げて大股で、一つの敷石を一度しか踏まない様にして、敷石の上を歩こうとして、直ぐに足が次の敷石に届かなくなった。


 勢いを付ければ行けるかも?

 そう思い付いたレントは、大股ではなく跳ねる様に敷石を飛んで渡ろうとする。しかしどうもうまく出来ない。頭の中にイメージはあるのだけれど、その通りに体が動かない。

 何故ならレントは物心が付いてから、走ったり飛んだりした事がないからだ。

 レントは幼い頃に利き腕を骨折した事があるけれど、その時は走って転んだからだと聞いている。その時は走れた筈だ。

 しかし今は走ろうと思って体を動かしても、どうも思った通りにはならない。


 うまく走れないのは敷石の配置の所為かも知れないとレントは考えて、走れる場所を作る為に敷石の周りの草も抜く事にした。

 邸の玄関前の車寄せとか門までの道とか、離れへと向かう道なら走れるだろうけれど、そう言う場所で走ると祖母セリに見付かって、余計な心配を掛けたり要らない口出しをされたりするだろう。レントはそう思っていたので、誰にも(かえり)みられていないこの庭で、このままこっそりと走る練習をする事にする。



 毎日少しずつ草が抜かれている範囲を広げていっていたレントは、レンガが連なっているのを見付けた。膝より少し上の高さまで積まれている。

 不思議に思ってその周囲の草を抜くと、レンガを境にして地面の高さが違う。高くなっている方はどうやら土質が違う様に思える。

 レンガがどこまで続いているかは分からないけれど、レントはそれが花壇だと目処を付けた。


 レンガの上に片足を乗せてみると、ぐらついたりはしない。

 両足で乗っても大丈夫だ。

 花壇の上も花壇の周りも草だらけだけれど、レンガの上は草が生えていない。

 少し先はもう草に覆われて見通せないけれど、その見えない先にもレンガがあるだろう事は、風に吹かれた草がチラチラとスリットを作ってレントに教えていた。


 レントはレンガの上に一歩、足を出した。

 幅も充分で、確りと歩けそうだ。

 もう一歩。またもう一歩。


 レンガの上を歩くのは、レントには楽しい。

 花壇の周りの低い地面側の草の葉先が、ズボンの中に入り込んでレントの脚に触り、少しくすぐったいのも良い。普段感じない感覚に、イケない事をしている感があって、レントはそれにも僅かな興奮を覚える。

 レントから逃げる様にバッタが飛んで行く。葉先で休んでいた蝶が舞い去る。草の間からトンボが浮き上がる。


 振り返ると、草に囲まれた中、かなりの距離を歩いていた。

 体の疲れも気持ち良い。


 少しハイになっていたレントはレンガの道を戻るのに、走ってみた。

 そして直ぐにレンガの僅かな段差に躓いて足を縺れさせて、花壇側に倒れ込んだ。



 質の違う花壇の土を綺麗には落とせず、使用人に見付かって、レントはセリに心配されたけれど、怪我もしていなかったので何とか誤魔化せた。

 もちろんセリにも使用人達にも、転んだ事をレントは秘密にした。



 離れの裏口には雨()けの屋根が付いている。

 レントが通り掛かるとその屋根で、カンと音がした。


 レントが裏口を振り向いてみても、誰もいないし何もない。

 屋根を見上げながら裏口に近付くと、靴が何かを踏んだ。見ると木の実だ。


 レントは埋もれ掛けた木の実を穿(ほじ)って拾い、辺りを見回した。

 しかし裏口の屋根の上に枝を伸ばしている木はない。そもそもその木の実を()らせる木も見当たらない。

 そうすると鳥が運んでいたのを落としたか、動物が運んで来て忘れていったのか。 


 どちらにしろ先程の音はこれではないかと思って、レントは木の実を放った瞬間に、鳥が落として屋根に当たる事を思い付いた。

 慌てて木の実の行方を追って、レントはもう一度拾う。


 レントは裏口の傍に立ち、その屋根に向けて木の実を投げた。

 しかし木の実は屋根の高さに届かない。何度やっても全然届かない。

 人の能力とはこんなものなのだろうか?

 いや、2階の窓から顔を出した人に、果物を投げ渡す描写を読んだ事がある。あれは創作だったのか?

 そうだ。投げ槍と言う武器がある。あれは離れた位置から敵に向かって投げる筈だ。そうすると訓練次第で木の実も屋根に届くのでは?


 そう考察したレントは、疲れ切るまで何度も木の実を投げた。

 そして疲れ切るのは直ぐだった。


 レントは屋根を見上げながら、だるくなった利き腕をフルフルと振る。

 今日はここまでか、でも最後にもう一度、そう思って利き手に木の実を握り直そうとして、利かない方の手に気付く。

 利かん手で投げたら?


 利き腕を怪我した兵士が、利き腕ではない手に剣を持って戦う話があった。あの兵士は利かん手でも強かった。

 もしかしたら自分の利かん手も強いかも?


 レントは木の実を持ったままの利かん手を後に引いて、力一杯思い切り投げた。

 木の実は上には上がらずに離れの壁に当たって、コンと音を立てる。


「この音ではありませんね」


 狙いと全然違う方向に飛んだ木の実に、レントは恥ずかしさを誤魔化す為に、独り言をそう呟いた。

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