戻って出発
被災現場の手前で野営したミリは、翌朝早く起きると、もう一度昨日進んだ場所まで行ってみた。
流木の山の手前で馬を停める。
「この流木、私が登ったらダメなのよね?」
「ダメです」
馬に同乗している護衛女性に、即座に言われる。昨日より言葉が厳しい。
ミリは馬を降りて、流木の山の傍に立つ。
「ミリ様。ダメです」
「ええ。登りません」
そう言いつつもミリは、流木に手を掛ける。
「ミリ様!危険です!お止め下さい!」
護衛達がミリを止めようと集まって、ミリを流木から引き剥がした。
「見るだけ!少し見るだけだから!」
「なりません!貴族のご令嬢の目に触れて良い物ではありません!」
辺りには昨日と同じ様に、どこからか腐臭が漂って来ている。
「もしかして、私が遺体を探していると思っていますか?」
ミリが顔を上げ、ミリを抱き上げている護衛の顔を見上げると、護衛は蹙めた顔で「違うのですか?」と返した。
「違います。流木の積み上がり方を見ているのです。ですから下ろして下さい」
「積み上がり方?なぜですか?」
「流木を撤去するのなら、一本一本順番に退かしていかなければならないのではないかと、考えたからです」
「あ、はあ」
「ですから下ろして下さい」
ミリにそう言われ、ミリを抱き上げている護衛は、周りの護衛達の顔を見た。言われて辺りを見るのは承知の証拠。周りの護衛が同じ判断で肯いてミリとの距離を少し取ると、ミリを抱いている護衛はミリをふわりと地面に下ろした。
ミリは護衛達に微笑みを向ける。
「ありがとう。流木に体重は掛けない積もりだけれど、自然に崩れるかも知れないから、警戒して置いて下さい」
ミリにそう言われて護衛達は「はっ」と応じた。
周囲に注意を向けさせて置けば、自分の取る行動への警戒は緩むだろうと、ミリは計算してそう言った。
最初はミリも護衛達の動きや視線に注意していたけれど、護衛達は流木全体の様子を確認したり、普通に周囲を警戒したりして、ほとんどその場を動かないミリに対しては、ミリが何をしているのか、それ程時間を置かずにあまり気にしなくなる。
しかしさすがに、流木の組み上げ方を確認する事に夢中になって、もっと良く見ようとしたミリが、流木の間に頭を突っ込もうとしたら、また直ぐに体を流木の山から引き剥がされた。
馬車の待つ野営した場所まで戻る間にも、流木の山を見掛けるとミリは何度か馬を降りて、流木の積み上がり方を確認した。護衛達からは流木に触る事を禁じられたので、立ったり座ったり角度を変えて、ただ見るだけだったけれど。
高く積まれた流木には、退かされた流木を人が積み上げた物もある。
ミリは通行を妨げない位置にある、洪水で出来てそのまま放置されているであろう流木の山までわざわざ向かって、その積み上がり方を確認した。
寄り道しながらもミリが戻る道に、今日の捜索に向かう領兵達が集団で歩いて来る。
流木の傍にいるミリ達に気付くと、一瞬視線を向けたけれど、領兵達は足を少し早めてその先に進んで行った。
これまでも親族や知人の安否を確認する為に、この辺りまで来る人達がいた。ミリ達もそうなのだろうと領兵達は考えたのだ。
そうだとすると下手に近付けば、捜索の進捗状況や特定の個人を見なかったかなどと尋ねられ、そうなると相手が納得する答をなかなか与えられずに、しばらく付き纏われる事になる。
たとえ朝でも精神的な疲れが取れていない領兵達は、遺族かも知れない人達との終わりの分からない会話を避けたかった。
昨夜の野営をしていた場所までミリ達が戻ると、その場に残っていた馭者達は撤収作業を終えていた。いつでも出発出来る状態だ。
ミリは皆を集めて、今後に付いての考えを説明をする。
「私は洪水の被害のあった場所に付いて、上流側から見たいと思っています」
ハクマーバ伯爵領で起きた洪水で、通行が不能になった街道の先は、コウグ公爵領に続いている。
上流側から進むとするなら、コウグ公爵領から回り込む必要があった。
「コウグ公爵領に行くのですか?」
護衛の言葉にミリは「はい」と肯く。
そこへ馭者が、発言する為に手を上げた。
「あの、コウグ公爵領に行くには幾通りかの道があります」
「ええ、知っています。地図は覚えているわ」
「ここから行くのに一番近く思える道は、お薦め出来ませんが、知っていますか?」
「え?町に戻って円状の街道をしばらく進むと、また街道同士が交差するので、そこからコウグ公爵領の方向に向かう積もりなのだけれど?」
「その道は多分、かなり荒れていますよ」
「そうなの?でもこの道が通れない以上、ハクマーバ伯爵領とコウグ公爵領を行き来するには、普通はその道を使うのではない?」
「使わない事もなくはありませんけれど、途中で引き返す判断をミリ様ならするかも知れませんね」
「え?そんなレベル?道が荒れていると思った理由、教えてくれる?」
「ええ。コウグ公爵領とハクマーバ伯爵領とで広域事業者特別税が掛けられた時、ここもそちらの道も、領境に収税所が作られたんですよ」
「ええ、そうよね」
「こちらの街道はコウグ公爵領の領都とハクマーバ伯爵領の領都を結ぶ最短最速の街道なので、通行量も多かったのですが、別の道の方は地元の人間が行き来するのに使うくらいだったんです」
「そうなの?」
「ええ。それで通る度に収税所で身元確認されたり、身に覚えのない嫌疑を掛けられたりするものですから、地元民達が通るのを面倒臭がって、今ではすっかり街道に人通りがなくなっていた筈です。役人達もこちらの街道から隣のコウグ公爵領を通って、そちらの収税所と行き来しているとの話を耳にした事があります」
「それほど?でも身元確認や嫌疑を掛けられるのは、こちらの街道の収税所でも同じなのではないの?」
「こちらは交通量が多いので、役人も忙しいから、無駄な事はしませんでしたけれど、あちらは元々が暇なので」
「なるほど。役人が暇潰しに通行人を構ったのね」
「ええ」
「それで通る人がいなくなったので、道が荒れても放置されたと言う事ね?」
「ええ、そうです」
肯く馭者に肯き返すと、ミリは皆に結論を告げる。
「このままハクマーバ伯爵領にいても、私に出来る事はなさそうです。ですのでコウグ公爵領に向かいます。ハクマーバ伯爵領の領都に戻り、ハクマーバ伯爵領との商談の予約を取り消して、ソウサ商会の倉庫支店経由でコウグ公爵領に入りましょう。ただし商談予約の回答が既に来ていたら、そこでもう一度予定を考え直します」
ミリの言葉に皆が肯いた。
ミリは円状の街道には連絡員を進ませ、商品を積んで町に向かっている馬車に行き会わせて、馬車を引き返させる様に依頼した。
追加した馬車はキャンセルする。その分の商品は返品だ。コウグ公爵領側から被災地の様子を見たら、そのまま王都に戻る事になるので、馬車を返しに来られない。追加馬車のレンタル料や商品の返品手数料などが掛かったのに、その分の売上はないから損失になるが、仕方なかった。
領都に戻ると、会談の予定はまだ何も決まっていないとの回答だった。ミリは会談の取り止めを申請して、領都を去る。
ハクマーバ伯爵領の最寄りのソウサ商会倉庫支店で、ミリは既に先に着いていた馬車と合流した。
ミリはここまでの経緯とこれからの予定を示した手紙を王都の人々に書いて、ソウサ商会に配達してもらう様に依頼する。
キャンセルした追加馬車のレンタル料と商品の返品手数料などを加えた費用を元に、ミリは新しい料金表も作った。
そしてミリ達一行は、商品を満載した馬車と共に、コウグ公爵領に向けて出発した。




