流木の山
町にいる領兵達に確認すると、この先の村には村人がいないと言う。
ミリは在庫が空になった馬車には円状の街道を使わせて、ハクマーバ伯爵領の最寄りのソウサ商会の倉庫支店に向かわせる事にした。
支店からは前に追加を依頼した馬車も既に、商品を積んでこの町に向かって運んで来ているはずだ。
ミリが町で売るのは他の商人の商売を邪魔する事になる。
それなので行商が来なくなったと言う、領都から町までの街道にある村の方で、ミリは行商を行う事にした。
ただし行商自体は、ソウサ商会から借りている馭者任せだ。
ミリ自身は、自分達の水や食料だけを積んだ馬車を用意させて、その馬車と馭者と護衛とミリとと、絞った人数で被災地を目指した。
被災地に向けて町から街道を辿ると、領都から町に来るまでとは違い、道は馬で進み易くなっていた。
これは被災地と町との間のこの道で、調査と捜索を担当しているハクマーバ伯爵領の領兵が、馬車を使って送り迎えされているからだ。
町の次の村は捜索の拠点とされ、領兵達の宿泊地にもなっている。
宿屋だけではなく民家も借り上げられて、領兵達が使っていた。村の規模は大きいが、それでも民家に領兵を収め切れる事は出来ずに、天幕の下で寝泊まりしている兵士もいた。
民家を使っているのは上位の兵で、天幕は下位の兵なのは仕方ないのかも知れない。
その様な状態なので、村にはミリ達が泊まるスペースがない。
食料や日用品が配給されている領兵達に売れる物もない為、ミリ達一行はその先を目指して村を後にした。
進んで行くと、何台もの馬車が停められている場所があった。そしてその先は道が荒れ、馬車では入って行けなくなっている。
道端には流木が積み重なっている。
ミリは馭者には野営出来そうな場所を探して貰い、自分は騎馬で先に進む事にした。
馬に同乗している護衛女性に手綱を渡し、ミリは周囲の様子を見ながら先へと進む。
腐敗臭がした。
馬を降りて臭いを辿ると、流木が綺麗に退かされた場所に、何頭かの動物の死骸が腐っていた。
臭いに気付いた領兵達が、流木を退かして確認したら動物だったので、そのまま放置をしたのだろう。
もしかしたら人の遺体もあって、そちらは移されたのかも知れない。
馬で道の先に更に進むと、流木が退けられて動物の死骸が放置されている場所を何ヶ所も通り過ぎた。
周囲の流木の山は、進むにつれて高くなって行く。
そして馬では先に進めなくなった。
領兵達の足跡は、人の背より高い流木の山に続いている。流木の上に領兵に踏まれた跡が残り、その跡は流木の山を乗り越えて、その向こう側にまで続いていた。
「ミリ様。これ以上進むのはお止め下さい」
同乗の護衛女性にそう言われ、ミリは肯く。
周囲には腐敗臭が漂っている。それが道を遮る流木の山の向こうから流れて来ているのか、流木の山の中から流れて来ているのか、ミリには分からなかった。
「これは、ハクマーバ伯爵が資材を求めるのは、かなり先になりそうです。少なくとも今ではない」
ミリの言葉に護衛女性も「そうですね」と、流木の山を見ながら返した。
道を引き返すと、馭者が野営場所を見付けていて、馭者と馬車に付いていた護衛とで既に、野営の準備を進めていた。
ミリもいつもの様に、スープを煮込むのを手伝った。
スープを煮込みながらふと、嗅いだ腐敗臭や放置されていた動物の死骸を思い出し、喉から苦酸っぱい物が上る。
ミリはそれを唾と一緒に飲み込んだ。そして目を閉じて気持ちを落ち着かせる。
落ち着いて大丈夫になったと思えたミリは、目を開けるとスープを掻き回す手が止まっているのに気付いた。慌てて掻き混ぜ始めた。
周りを見回すと、奥まで同行した護衛達には、特に動揺はない様にミリには思えた。
コードナ侯爵家とコーハナル侯爵家とソウサ家とバルが選んだ護衛達だ。若く見える人もいるけれど、きっとみんな様々な経験を積んで来ているのだろうな、とミリは思った。
その夜、馬車の簡易ベッドに横になりながら、ミリはなかなか寝付けなかった。
動物の死骸を見て気持ちが揺れた自分は、医者には向かなかったかも知れないと、ミリは考えた。もしかしたら助産師も難しいのかも知れない。
自分が怯んだ所為で、怪我人や赤ちゃんやお母さんが死んでしまうかも知れない。そう考えるとミリはとても怖くなった。
また大人の背よりも高く積み上がった流木の山からも、ミリは恐怖を感じた事を思い出す。
曾祖母のデドラの問いに答えた自分の洪水対策は、効果の無い無意味な案だった様な気がして、もしどこかでそれを実施していたらと思うと、ミリは更に怖くなる。
その所為で死人が出たら、何百人となっていたかも知れない。
「眠れませんか?」
ミリの隣で不寝番をしている護衛女性にそう声を掛けられ、ミリはビックリしてしまった。
「申し訳ありません。私の声でミリ様を起こしましたか?」
「いいえ。考え事をしていて、少し驚いただけです」
護衛女性の存在を忘れるくらい思考に集中していたので、ミリはとても驚いていたのだけれど、そこは少しは取り繕う。
「ミリ様?よろしければ手を握らせて頂けませんか?」
「手を?でも護衛の方の手を塞ぐのはいけないのでは?」
「事情があれば別です」
そう言って護衛女性は手袋を外し、手を差し出した。
ミリがその手を両手で挟むと、護衛女性も握り返した。
「この時間の私の仕事は、眠っていらっしゃるミリ様を見守る事です。ですのでミリ様には是非、眠って頂かなければなりません」
そう言われてミリは、少ししてから微笑んだ。馬車の中が暗いから表情は良く分からないけれど、もしかしたら護衛女性もミリに微笑みを向けていたのかも知れない。
「私には歳の離れた妹がいるのですけれど、眠れない時には手を握ってあげると、直ぐに寝付いていました。ミリ様にも効果があれば、私の仕事が助かります」
ゆっくりと低い声でそう言う護衛女性の手は温かく、ミリはチョロくも直ぐに眠ってしまった。




