三つ目の村
三つ目の村は、それまでの二つとは大きく異なった。
ミリ達が三つ目の村に到着した時には、村の入り口に人集りが出来ていた。
「隊商の方達ですな?皆さんを待っておりました」
そう言って嬉しげに笑顔を見せるのは、この三つ目の村の村長だった。村長の周りの村人達も、嬉しそうだ。
「早速で申し訳ないが、お願いがあります。商品を買わせて頂けないだろうか?」
村長を先頭にした村人達の圧に押された所為か、先頭の護衛の乗った馬が鼻息を荒く放った。
ミリ達が最初に二つ目の村に着いた時に、その場にこの三つ目の村の村人がいた。その村人はミリ達一行が三つ目の村にも来る事を聞いて、夜通し歩いてこの村に帰って来ていた。
しかし一日経ってもミリ達が来ない。ミリ達は領都に戻っていたからだ。
ミリ達が来ると村に伝えた村人は責任を感じ、もう一度二つ目の村を訪れた。
そこで村人が盗賊として捕まった事と、ミリ達は盗賊を領主に引き渡したら再び戻って来て、三つ目の村も通るであろう事を聞き、また村に戻って皆に話して、村長も一緒にこうして待っていたと言う。
村人達に値段表を見せると、「安い!」との喜びの声が上がる。
販売準備を馭者達に任せ、ミリは村長の話を聞いた。
「行商人が街道を通って来なくなってから、必要な物を領都や隣の村まで買いに行っています。しかし領都は往復六日、隣町でも往復二日掛かってしまう」
「馬は使わないのですか?」
「洪水被害対策に使うからと、徴収されました」
「徴収?タダでですか?」
「借用だと言っていましたが、借用書も書かずに持ち去られましたから、戻っては来ないかも知れません」
「それは、ハクマーバ閣下の命令ですか?」
「領主様のご子息のベギル様の名で、貸し出しを迫られました」
「では、ハクマーバ閣下もご存知なのですね?」
「え?いや、どうでしょう?その辺りはワシには分かりません」
ミリの常識では、領民の財産を領主が奪うのは有り得ない。
「この村からは税を納めているのですよね?」
「それはもちろん」
「それなのに追加徴収されたのですか」
「近隣の村を助ける為だと言われたら、指示通りに供出せざるを得ない。そうでなければこの村に何かあった時に、助けて貰えないかも知れない」
「そんな・・・」
「村人達にはそう伝えて我慢して貰っていますが、まあ、みんな納得はしてませんな」
ミリはなんと返せば良いか、思い付かなかった。自分は通りすがりだし、ここでハクマーバ伯爵を非難したとしても、責任云々は別にして、何も変えられないとミリは思う。
「ミリ殿」
村長は馬車に付けられた紋章を指差した。
「ワシは学がないので、掲げられている紋章がどちらのかは分からんのですが、ミリ殿はもしかして貴族のお嬢様なんでしょうか?」
お嬢様かと言われると、ミリは直ぐには肯けなかったけれど。
「私はミリ・コードナと言います」
「コードナ?コードナ侯爵様の所縁の方ですか?」
「はい」
「・・・もしかして、お母様はラーラ様?」
「ええ、そうです」
「・・・そうですか・・・」
村長はミリから視線を外し、少し先の地面を見る。
少し間を開けて、村長が言葉を続けた。
「ワシは若い頃、コーハナル侯爵領を訪ねた事があります」
そう言うと村長は視線をまたミリに向けた。
「ミリ様はコーハナル侯爵様とも縁がおありではなかったですか?」
「はい。先代のコーハナル侯爵が母の養父です」
ミリの応えに村長は小さく肯くと、また視線を外して少し先の地面を見る。
「ワシが訪ねた当時のコーハナル侯爵領は、それは厳しい所でした」
「厳しい?」
コーハナル侯爵領で飢饉や天災が発生した記録は、ここ何十年ない。流行病はあったけれど、それはこのハクマーバ伯爵領も一緒だった筈だ。
この村長、見た目よりずっと歳を取っているのかな?とミリは思った。
「ええ。とにかく規律に厳しくて、領民達は何とも思ってない様でしたけれど、ヨソ者には凄く暮らしにくい土地でした」
「そうなのですか」
「それが今や、人が増えて景気も良くて、若いモン達の憧れの地の一つなんですから、ワシからすると不思議でなりません」
なんて返せば良いか分からず、ミリは「そうなのですね」と相槌を打つだけだった。
「コーハナル侯爵領からこの村に帰って来た時は、やはりここが一番だと思っておったんですがね」
ますますミリは返す事が出来ず、肯く事も躊躇った。
「ワシが村長になってからです。この村の景気が悪くなって行ったのは」
村長が溜め息を吐く。
「本当は責任を取って辞めるべきなんですが、村を少しでも上向かせてから後任に譲ろうなんて、欲を張ったんですかね。辞め時が現れないまま、今日まで来てしまいました」
村長が顔を上げて、販売を開始した馬車の周りで喜びの声を上げる村人達の様子を眺めた。
「でも、ミリ様に来て頂いたお陰で、本当に久し振りに、皆の喜ぶ顔が見えましたよ」
村長はミリを向いて、深く深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
やはりミリは何も返せなかった。視線を落としたのが小さく肯いた様に見えただけだ。
ミリの周りにはガンガンと攻めてくる年配者しかいない。
それなのでこの村長の様な、愚痴と自虐を搦めて話を進める老人相手には、ミリは話の主導権をうまく掴めなかった。
村長の話が一段落したところで直ぐに、販売を続ける馬車を一台だけ残して、ミリ達一行は四つ目の村に向けて出発した。




