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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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売買の交渉

「坊っちゃん!」


 食堂主人が村長宅の使用人だと言っていた男が、倒れた村長孫に声を掛ける。

 使用人はずっと小走りを続けているけれど、そのスピードはどんどん落ちていた。どうやらかなり年輩の様だ。最後には使用人の足が前に出ず、明らかに歩くより遅くなっていた。

 村長孫の元にたどり着くと、老使用人はすっかりと息を切らし、腰を曲げて両膝に両手を突き、ハァヒュゥハァヒュゥと喉を鳴らすばかりだった。


 その隣で、村長孫は無言で立ち上がった。

 怒りで言葉が出なかったのもあるが、恥ずかしさでなかった事にしたい気持ちもある。

 ミリは村長孫の様子から推し量って、このままそっとしといてあげるのが良いのだろうな、とは思ったけれど敢えて声を掛けた。


「大丈夫ですか?」

「くっ!」

「派手に転びましたけれど、どこか悪い所があるのですか?」

「ぐぐっ!」

「あ!もしかして、転んだ振りですか?」


 礼節も持たずに居丈高に命令する村長孫に、ミリは腹を立てていた。村長孫が傍にいるお陰で、護衛達が休憩を取れないのも気に障る。この村までの道が荒れていた事に対するストレスもあり、その分は八つ当たりだ。

 しかし村長孫の様子を見て、少し煽りすぎたかな?とミリは反省した。でも護衛達も馭者達も、ミリの言葉に溜飲を下げている。あるいは、もっと言ったれ、と思っていた。


「ふざけるな!」


 村長孫が怒鳴ると、護衛達はまた剣の柄に手を掛け、少し腰を落とした。


「こいつが今、俺様の事を突き飛ばしたじゃないか!」


 と村長孫は、村長孫の手を払ったのとは別の護衛を指差す。転ぶ際に回転したので、方向がズレたらしい。

 指差された護衛も周りの護衛達も、今度は対象がミリではないので、村長孫の手を払ったりはしなかった。


「彼女はあなたを突き飛ばしてはいませんよ」


 村長孫の手を払ったのは別人だ。そちらも手を払っただけで、突き飛ばしてはいないけれど。


「嘘吐くな!」


 村長孫がミリに詰め寄ろうとすると、護衛が鞘に入れたまま剣を腰から抜いて、村長孫に向けた。

 村長孫も老使用人も武器は持っていなそうなので、護衛達も今の時点では抜剣してはいない。ただしミリの傍に控える護衛達は変わらずに、いつでも抜ける様に剣の柄に手を掛けたままだ。


「お前!俺様に剣を向けたな?!」


 鞘を向けた護衛に村長孫は噛み付く勢いで言った。


「お前!俺様が誰だか分かってるのか?!」


 護衛もミリも言葉を返さないので、老使用人の呼吸だけが聞こえる。いや、後ろから食堂主人の笑い声も漏れ聞こえている。


「俺様はこの村の村長の孫だぞ!俺様の家は、領主様に直々にお誉めの言葉を頂いた事もある、由緒正しい家なんだぞ!」


 家の由緒で言えば、ミリもかなり由緒正しいけれど、父バルとは血が繋がっていないから、こんなところでコードナ侯爵家を持ち出すのは憚れる。ソウサ家は純平民でも歴史はあるけれど、村長孫に張り合うためにソウサ家を持ち出すのもミリは嫌に思った。

 張り合うと言うのは村長孫と同じレベルに立つと言う事だ。そう気付くと、先程の村長孫を煽った事も大人気なく思えて、ミリは急に恥ずかしくなった。


 そのミリの己を恥ずかしがる様子を見て、村長孫はどうもミリが驚いた風には見えない事に、多少怯んだ。

 これまで商人風情にはいつも頭を下げさせて来たのに、なんだコイツは?と村長孫は思って不安になる。ミリに異質を感じたのだ。


 一方で息を整える事の出来た老使用人は、村長孫の言葉の強さに乗っかった。


「その通りだ!ありがたく思って荷物を全部置いて行け!」


 強盗かな?と老使用人の言葉に驚いたけれど、二人の風体を見て、それはないとミリは判断した。


「全品、お買い上げと言う事ですか?」

「その通りだ!」


 ミリは老使用人に向けて肯いて、予め用意していた価格表を取り出した。そこに現在の在庫数を買いて、合計金額を示す。

 本来は被災地に届ける積もりの食料や薬品だが、ハクマーバ伯爵領の傍のソウサ商会の支店まで戻って、改めて入荷して来れば良い。それに食堂主人の話からすると、この先の村々でも物資が不足している模様なので、馬車を増やして商品の量を増やした方が良い、とミリは考えた。


「金額はこの様になります」

「え?この単価、安くないか?」

「坊っちゃん!」


 村長孫の言葉に老使用人が慌てる。


「うほんうほん!まあ、一つ一つを取れば、安いとは言えなくもない」

「領都で買うより安いじゃないか?」


 村長孫は良く言えば、裏表のない性格なのかも知れない。


「坊っちゃん」


 老使用人は村長孫の袖を引きながら、今度は小声で呼び掛けた。


「なんだよ?」

「価格交渉はワシに任せて下さい。儲けを出して坊っちゃんの小遣いにしますから」


 小声の割には周りに聞こえていた。老使用人は声の通りが良いらしい。


「だから先に邸に帰ってて貰えますか?後でこいつらを連れてぎますから」

「そうか?分かった。任したからな?」


 村長孫はそう言って、来た道を戻った。

 振り向いた村長孫の背中と尻には、泥が付いて汚れている。その虚勢を込めた様な歩き方の後ろ姿は、見る者に寂しさを感じさせた。


 ミリを睨んでその姿を見ていない老使用人は、気を取り直した様に話し始める。


「うほん!だがお前達もここで売り切れば、運ぶ手間もなくて経費が浮くはずだな?よし分かった。値段はこちらが決めてやるから、取り敢えず全部置いて行け」

「時間の無駄なので、価格交渉はなしです。この値段からは一切値引きはしません」

「何を言ってる!精々1割が良いところだろうが!」

「1割でも引きません。一切負けません」

「いや!1割負けろと言ったんじゃない!1割の値段で置いて行けと言ってるんだ」


 ミリは価格表を老使用人の手から取り戻した。


「お引き取り下さい」

「あ?いや?なら2割。2割でどうだ?1割は現金で払ってやる」

「10割現金でのみ受け付けます」

「バカだな。現金なんて持ち歩いたら、盗賊に襲われるだけだ。悪い事は言わない。現金は1割だけにしておけ」


 ミリは相手にする気を全く失くした。

 そして街道の先に目を向ける。


「なら2割3分。これ以上は負からんぞ?ここで断れば儲けがふいになるぞ?」


 街道には村にやって来る一頭の馬が見えた。


「なら村長の感謝状を付けてやる。それならどうだ?滅多に手に入らない貴重な物だぞ?どうだ?なんだったらワシも感謝状を書いてやっても良いぞ?」


 馬には先程ミリが、この先の様子を見る為に送り出した護衛が乗っていた。


「お疲れ様です。どうでしたか?」

「この先しばらく行くと、川沿いに馬で下りられる場所があります。傍には馬車を停められるスペースもありました」

「分かりました。ありがとうございます」


 先見した護衛に礼を言うと、ミリは周囲の面々を見回した。


「では、この場での休憩は切り上げて、そちらで休みましょう」


 皆の「はっ」との声に紛れて、老使用人の「待て!待つんだ!」の声がミリの耳に入ったけれど、ミリはそれには構わずに食堂主人を向いた。


「いつも来ていると言う隊商に付いて、何か分かったら帰りにお知らせしますね?」

「それはありがたいけれど、その時には俺はこの店を畳んでるかも知れないから、()いてなければ素通りしてくれて構わないから」


 ミリはそうなったら少し寂しい感じがして、それを顔に出したけれど、言葉はただ「分かりました」とだけ返した。


 護衛に手伝って貰って、ミリは馬に跨がる。


「いや!待て!待ってくれ!」


 出発しようとするミリに老使用人が縋ろうとして、護衛に剣を向けられた。


「待ってくれ!分かった!この村の負けだ!」


 勝負をしている積もりはミリにはなかったけれど、負けたと言うなら売らない事もない。でも村の負け?


「だがこの先の村には売らないでくれ!な?頼む!」


 ミリが運んで来た商品の全量は、この村だけだと多過ぎる。つまりこの老使用人は、商品を買い占めて、他の村に転売しようとしたのだ。

 ミリは別に転売されても構わない。構わないからこの先の村が、この村に売りつけるのもまた、構わなかった。



 と言う事でミリ達は、最初の村を後にした。

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