被災地に向かい
ハクマーバ伯爵領の領都から被災地に向かうミリは、領都から出たら直ぐに道が荒れている事に驚いた。
馬車の車輪で作られた轍は残っているけれど、それ以外は草で覆われている。大きな街道の筈で、馬車がすれ違って行き来出来る道幅はあるけれど、2車線とも同じ様な状態だ。
馬の脚が取られ、ミリの乗る馬も手綱は護衛女性に渡す事になった。いざという時がこんな所で訪れた事になる。
予定より少し遅れながら、休憩予定の村に着いた。
村は領都から徒歩で一日の距離なので、徒歩で街道を進む人の為の宿も提供する食堂もある。
村に入ると、ミリ達一行の前に、一人の若い男が立ち塞がった。
「お前ら!商人だな?」
男の粗野な雰囲気に、護衛達は警戒を強める。
「話があるから、代表者は村長の家まで付いて来い!」
そう言うと男は、ミリ達の動きを見もせずに、ドンドンと村の中を進んで行く。
数人の護衛の視線を集めたミリは、微笑みを返した。
「予定通りに休憩しましょう」
ミリはそう皆に声を掛けてから、護衛の一人を呼び寄せて、道の先を馬で確認しに行って貰う。
ミリは残った護衛と馭者達を連れて、予め位置を調べてあった宿屋兼食堂まで行き、休憩中に食べる為の皆の分の茶菓子を頼もうとした。もちろん、確認に行った護衛の分もだ。
しかし食堂の主人は、ミリの注文を断る。
「お茶やお菓子どころか、食事も水も出せないんだ。今は素泊まりだけ受けてんだよ。でも、あんた達は、この村に泊まってかないんだろう?」
食堂主人の済まなそうな顔を見ると、どうやらミリが子供だからと見くびって、そう言っている訳ではなさそうだ。
ミリは大勢の護衛と一緒なので、さっきの若い男の様に、見くびる方が珍しいだろう。
「食べ物が不足しているのですか?」
ミリの質問に店員は、「不足しているも何も」と渋い顔をする。
「この先で洪水があったのは知ってんだろう?」
「ええ」
「あれからずっと川の水は濁ったままだし、いつも村に来てた隊商も戻って来ないんだ」
「水も出せないって、井戸はないのですか?」
「領都周辺の井戸は何年も前に水位が下がっちまって、川から水が汲める地域の井戸は埋められたんだ。領都の井戸の水位を守る為にね」
ミリはその話を知らなかった。
川の水が頼れないのは分かっていたので、馬車で水は運んで来ている。しかし井戸を頼れない村がある事は、ミリは想定していなかった。
「そうしたら、ご自分達の飲み水などはどうしているのですか?」
「川の水の上澄みを取って、それを沸騰させてから飲んでる。それなんで川が濁ってる今は、お客に出すのは怖いし、自分達の分しか作ってないんだ」
確かに飲むのは躊躇うかな、とミリは思って小さく肯いた。
「いつもの隊商の方は、良くて足止めに遭ってるか、悪くて被害に遭ったか、最悪水に流されちまったか」
「戻って来ていないのは確かなんですね?」
「ああ。この先の村にも戻って来てないって話だからな。生きててくれりゃあ良いけど」
「そうですね」
「なにせあいつらが来てくれないから、王都まで自分達で買い付けに行かなきゃなんないかんな」
命の心配じゃなさそうなのが少し引っ掛かるけれど、食堂主人と隊商商人達との人間関係も分からないので、ミリは一旦気にしない事にする。
「領都までは馬でも往復で一日掛かりますものね。宿を開いていたら、中々一日は掛けられないですよね」
「まあ、ウチは客もないから、今のところ買うもんもないんだけどな。だからあんた達に泊まられると、実は困るんだ」
そう言って食堂主人は苦笑した。ミリも良い返しが浮かばず、取り敢えず苦笑を返す。
そこへさっきの若い男が走って来た。
「お前ら!なんでこんな所でグズグズしてんだ!さっさと来い!」
護衛達にそう怒鳴る男を見て、ミリは食堂主人に尋ねる。
「あれはどなたですか?」
「この村の村長の孫だ。その後を追い掛けて来てんのは村長ん家の使用人だな。なんかあったのかい?」
「村に入ったら村長の所に来いと言われたのですけれど、本当に必要があるなら向こうから来るだろうと思って、放って来ました」
「いや、お嬢ちゃん?おっかない事するな?もしかしてお嬢ちゃん、後ろに凄い人でも付いているのかい?こんな立派な騎士様達に囲まれてるし」
そう言ってから食堂主人は「お嬢ちゃんだよな?」と、口には出さずに心の中で問う。ミリは乗馬服を着ているので、お坊ちゃんもギリギリありの姿に食堂主人には見えた。
「村長さんを領都に呼びつけられるくらいには」
ミリの答に食堂主人は、馬車や馬装や護衛達の服装に揃いの紋章が付いているのを見て、これはヤバいのかも知れないと思う。目の前の女の子が貴族の可能性を食堂主人は考えた。そう言えば、領主であるハクマーバ伯爵の孫に女の子がいるけれど、もう少し年下の筈だし、まさか違うよな?紋章も違う気がするし、違うよな?でも領都に呼びつけるって言ったし。
のんきに構えていたミリは、食堂主人が急に緊張したのを感じて、村長の孫をこの場で無視し続けると、食堂に迷惑が掛かる可能性に気付く。
護衛達の「この男、どうします?」の視線も少し痛くなって来たので、ミリは村長の孫だと言う男の前に立った。
「御用があるのなら、ここで伺います」
だんまりの護衛達の間から抜け出て来た女の子にそう言われ、村長孫は顔を蹙めた。
「なんだお前?」
「この商隊の責任者です」
「はあ?お前が?ふざけてんのか?」
「御用は何でしょうか?」
「おい!ホントにコイツが責任者なのか?」
村長孫がミリを指差して護衛に向けて尋ねるけれど、護衛はそれには答えずに、ミリを指差した村長孫の腕を払った。するとどうしたのか、村長孫は脚をクロスにして回転して、その場に倒れる。
村長孫の意図が分からず、護衛達は村長孫から一歩下がり、ミリの前も固めて、皆が剣の柄に手を掛ける。
どうも村長孫は、姿勢が悪くて体のバランスが悪い上に体は硬くて足腰は弱く、腕を払われたスピードに付いて行けずに衝撃を逸らせなくて、単に転んだだけの様だった。
それを察した食堂主人は、吹き出さない様に口を押さえる。けれどミリの正体を考えた事による緊張が緩んだ事もあって、笑い声はその手から漏れた。




