行商の目的と素案
バルの父ガダ・コードナ侯爵がミリに話し掛ける。
「ミリ」
「はい、お祖父様」
「コーカデス家が爵位を落としてから、ハクマーバ伯爵家はコーカデス家とは距離を置いている」
「はい」
「ハクマーバ家に残る事を選んだチェチェ殿も、実家とは縁が切れた状態だ」
「はい」
「しかしだからと言って、ハクマーバ伯爵家はコードナ家やコーハナル侯爵家に近付いた訳ではない」
「はい」
「そしてコーカデス家から離れてから、今度は公爵家の配下に入ったが、新参なので色々と軽んじられている」
「はい」
「それも分かっているなら良いが、つまりミリは、ハクマーバ伯爵領の財政には余裕がない事も分かっているんだな?」
「はい」
「復興が進んでいないだけではなく、ハクマーバ伯爵は被災地を切り捨てる可能性もある。そうなればミリの商談は、確実に纏まらないぞ?」
「はい、お祖父様」
「そうなったら、確実に赤字になるのではないのか?」
「その様な状況でしたら領民に移住を提案しようと考えておりますので、その場合は紹介などの手数料で利益を出します」
ガダは「そうか」とだけ返した。ラーラの祖母フェリ・ソウサが小さく「ハッ」と息を吐き、ラーラの父ダン・ソウサが「なるほどね」と小さく肯く。
ラーラの三兄ヤール・ソウサが声を上げた。
「さすが!さすが俺のミリだ!」
「ヤール義兄さん?ヤール義兄さんのミリではありませんよ?」
バルが眉間に皺を寄せて、ヤールを睨む。
そんな二人の様子を無視して、フェリがミリに訊いた。
「て事はミリ?復興資材は持ってかないんだね?」
「うん。いきなり持ち込まれても向こうも迷惑だろうし、そんな事をしたらまともに値段交渉が出来ないでしょ?」
「まあそうだね」
「それに向こうはまだ道の復旧も出来ていないから、被害全体の把握が終わっていないし」
「道の復旧は手伝わないのかい?」
「状況把握が進んでいないところに手を貸しても、見通しは立たないし色々とこちらから持ち出さなければならないし、現場を見せられて情に訴えられて、値引きやタダでの提供を迫られるのもイヤだから」
「そんなもんかい」
「うん。だから資材を売るのも契約だけ取って、代金引換の分割納入にして、踏み倒しリスクを最小限にしようと思ってる」
「そもそも資材を買い付ける資金はどうすんだい?ソウサ商会に借りようってのかい?」
「ううん。契約が取れれば利益を出せるのは確実だから、契約してから投資を募るよ」
「へ~。自分じゃ元手は掛けないって事かい」
「ハクマーバ伯爵領の行き来の費用は自分で出すよ?」
「そうかい。まあ、そんだけ考えてんなら、やってみな」
「うん」
ミリの商才を理解している面々は、ミリの発言に満足の笑みを浮かべた。
ミリは商売に向いていそうだとだけ感じていた面々は、ミリとソウサ家の人達の様子に苦笑を浮かべた。バルもラーラもパノもこちらだ。
そして残りの面々は、驚きを顔に浮かべている。
目を見開いて、パノの弟嫁チリン・コーハナルがミリに話し掛ける。
「あの、ミリちゃん?」
「はい、チリン姉様」
「今の話、以前から考えていたの?」
「以前からと言うか、いつも考えていますけれど?」
「いつも?」
「はい。どこになら何が売れるかとか、誰になら何を買って貰えるかとか、逆に買えるのは何かとか、何かの情報を知る度に考えます」
「え~と、あの、ミリちゃんは商人にはならないって言っていたのではなかったかしら?」
「はい。父が私には仕事をさせないと申していますので」
「バルさん?」
チリンはバルを一睨みする。
「はい、チリン様」
「ミリちゃんを商人にはさせないのですか?」
「それは、まあ・・・」
さすがに元王女に睨まれながらだと、バルの返事も鈍った。
「チリン姉様?私は商人になりたい訳ではありませんので」
「え?でもいつも商売の事を考えているのでしょう?」
「ええ、はい。いつもと言うか、何かしらの情報を知った時にですけれど」
「それなのに、商いをするのは好きではないの?」
「好きですけれど、好きなだけでは商売は出来ませんから」
「え?でも、ハクマーバ伯爵領で行商をするのでしょう?」
「はい。ですがハクマーバ伯爵領に行くメインの目的は、私の経験を増やす為なので、赤字にならなければ良いだけですし、今後継続して取引をする事にもなりませんから」
「それはそうなのかも知れないけれど」
「私がミリ・コードナとして赴く積もりなのも、ソウサ商会として取引をしたなら、取引を続ける事を求められた際に、責任を取れないからなのです」
「それは、ソウサ商会が普通は貴族を相手にはしないからと言う事?」
「それも含みますけれど、ソウサ商会は広域事業者特別税の件で、ハクマーバ伯爵領から撤退しています。私の経験を積む為だけの商取引で、ソウサ商会が戻って来ると思われると、後で領民達はガッカリすると思います。それに対して何らかの責任を持つ事は、私には出来ません」
ミリの話に「そうなのね」と返すチリンの隣で、チリンの夫スディオ・コーハナルも「なるほど」と肯いた。
チリンとの話が落ち着いたのを見計らって、ガダがまたミリに話し掛けた。
「ミリ」
「はい、お祖父様」
「ミリ・コードナが個人で訪ねて行っても、ハクマーバ伯爵には相手にされないかも知れない」
「はい」
「それはどう対処するのだ?」
「ハクマーバ伯爵家に要件を伝えて、話し合いの場を持って貰う積もりです」
「それは、場が設けられるとしても、かなり待たされると思うぞ?」
「はい」
「その間はどうするのだ?」
「要件を伝えるのは出発前に行いますけれど、現地で待たされている間は、移住を希望する人々を探します」
ガダは小さく息を吐く。
「それなら、コードナ侯爵家のミリとして向かいなさい」
「お祖父様?よろしいのですか?」
「移住者を募るのはハクマーバ伯爵へのプレッシャーの為もあるのだろうが、実際に活動するならコードナ侯爵家の名があった方がやり易いだろう」
「それはそうですけれど、よろしいのでしょうか?」
「ミリ。君は歴としたコードナ侯爵家の人間だ。なのでそうすべきだ」
「はい、分かりました。ありがとうございます、お祖父様」
ガダに頭を下げるミリを見て、ミリの行商にソウサ商会の後ろ盾がない事を心配した人々も、少しだけ安心をする。
ガダ自身も、コードナ侯爵家が行商の後ろ盾に立つ事をミリが受け容れた事に、安堵の息を漏らした。




