行商に視察に医師に助産師
「ミリを結婚させたくないですし、ずっと傍に置いて置きたいと言うのは本音ですけれど、俺も現状をなんとかしたいとは思っているんです」
バルはラーラの祖母フェリに向けて、声に力を込めて伝えた。
「まあ、離れて暮らすのが上手くないのは分かったよ」
そのフェリの返しに、ミリは「あれ?」と思う。
いつもの曾お祖母ちゃんならもっとお父様を攻める筈だけれど、そう言えばお父様と血が繋がっていないことも曾お祖母ちゃんからは口にしてなかったし。どう言う事だろう?とミリは考えた。
「それで?バルは何か手があるのかい?」
「それが思い付いていれば、実行しているのですけれど」
「なんだい?偉くなって何人もの人を使う様になったら、やらずに口だけになったのかい?」
あ、やっぱりいつもの曾お祖母ちゃんか、とミリは少し安心した。フェリの事を心配したと言うよりも、フェリが何かを狙っているかも知れない事をミリは警戒していたのだ。
それでもコードナ侯爵家の皆がいる前なのだから、もう少し言い方に気を付けて欲しいとミリは思う。
「先程スディオが言った、ミリをコードナ侯爵領に送り出すとか、日帰りではない行商に向かわせるとかは良いとは思うのですが」
「え?お父様?行商って、護衛一人で良いの?」
「そんな訳がないだろう」「それはダメよ」「それはダメだな」「何を言っているのです」
バルに質問したミリに、周囲から否定の声が集まる。
ミリからすると、大勢の護衛を引き連れての長期の行商は、費用が掛かり過ぎて赤字になるので魅力が無い。
一時的にでも喜んでしまったので、その分ミリはがっかりした。
しょんぼりするミリの様子に少し心を痛めながらも、バルは話を進める。
「医師の見習いの話も、ミリが興味あるならやらせたいのですが、何年も帰って来ないなら、やはり噂の元になりますし」
「その件はパノから聞きましたけれど」
パノの祖母ピナが口を挟む。
「貴族を相手にしている医師なら、弟子は住み込みではありませんよ?」
「え?そうなのですか?」
「ええ。王族や貴族の診察もするならば、誤診は許されませんよね?」
「ええ。もちろんです」
ピナの質問にバルが肯くけれど、平民にも誤診しないで欲しいとミリは思う。
「それなので経験を積む為に、普段は平民の診察もしています。そして診察精度を上げる為に、診断情報の共有もしています。平民専用の医師は情報を隠す為に弟子を住み込みにさせるそうですけれど、情報をオープンにしている為、従って弟子も住み込みの必要はないとの事です」
「そうなのですね」
「ミリが興味を持っているのなら、紹介しますよ?」
ピナはそう言ってミリを見る。
「ありがとうございます、お養祖母様。少し考えてから返事をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いません」
「もしミリが興味を持つのなら、助産師も紹介出来ますよ?」
ピナとミリの遣り取りを受けて、バルの母リルデがそう言った言葉に、ミリが小首を傾げた。
「お祖母様?助産師ですか?」
「ええ、そうです。ピナ様?医師は男性ばかりです。ミリには助産師の方がよろしいのではありませんか?」
「そうですけれど、ミリなら初めての女性医師にもなれるのではありませんか?」
「ええ。なれると思います。しかし男性ばかりの場で学ばせるのは、ミリには辛いのではないでしょうか?」
「そうですか?ミリが幼い内なら、男性達もミリに気を配ってくれると思うのですけれど」
「なるほど。幼い内から学ぶのなら、確かにピナ様の仰る通りかも知れませんね」
「けれど助産師も確かに良いですね」
「ええ。王族を診るなら医師も助産師も、貴族の出である必要があります。しかし貴族の女性で助産師になろうと言う方は、中々いないと聞きます」
「そうですね。ミリ?」
「はい、お養祖母様」
「医師でも助産師でも紹介出来ますから、将来ならなくても良いので、もし興味があるなら仰いね?」
「はい。ありがとうございます」
ミリは医師に興味を持っていたけれど、助産師にも心が動く。
話を聞いて元王女チリン・コーハナルは、助産師だと流産や死産の責任を取らされないだろうかと思えたけれど、本当に助産師になるならミリちゃんはそれもちゃんと考慮に入れるわよね、と考える事にした。そもそも医師も、病気が良くならなかったり死亡したりすれば責任を問われる事はあるし、とチリンは独りで納得する。
「ミリちゃんが医師や助産師に付いて学ぶのは良いのですけれど、それはバルさんとの関係の対策にはならないのですね?」
チリンの発言に、皆が肯く。
「そう言えば、ダンさん?」
「なんでしょうか?チリン様?」
「泊まり掛けの行商や、コードナ侯爵領の視察で、ミリちゃんが帰って来たら状況が元に戻るのは、なぜなのでしょうか?噂の件があるから、そう仰っただけですか?」
「いいえ。ミリが帰って来たら、会えなかった時間の分、バルさんはミリにベッタリになるのではないかと思えます」
「それは自分の事じゃないか」
フェリの言葉に「そうだけど」とダンは苦笑した。
「ミリ様。私もそうだから分かるのです。そうなると、直ぐに元通りになるか、あるいはもっとミリと離れ難く思うか、ですね」
「慣れる事はないのですか?」
「慣れる為には年単位で離れている事が必要ではないかと思います」
「そんなにですか?」
「そんなにです」
ラーラの次兄ワールと三兄ヤールは、ダンの言葉に先程から何度も肯いている。けれどもフェリは否定する様に、小さく「ハッ」と息を吐いた。




