案と意図
パノの弟スディオ・コーハナルが「皆さん」と発言する。
「このままではいつまでも話が平行線で、結論を出せないのではありませんか?」
「そうよね。ミリちゃんは納得させられそうにないし、バルさんも納得しないだろうし」
スディオの妻チリン・コーハナルが小首を傾げた。
スディオはチリンの言葉に肯くと、ミリの祖父ダン・ソウサに尋ねる。
「ダン殿は、この話し合いのゴールをどこに想定しているのだろうか?」
「そうね。ミリちゃんを隠して終わりには、出来なそうよね?」
スディオと続けたチリンの言葉を受け、ダンは苦笑を見せた。
「皆様の意見を受けて、少なくともミリは納得するだろうと考えていました。ミリが納得するならバルさんの事も、ミリも一緒になら説得出来るかと見込んだのです」
「甘いね」
ミリの曾祖母フェリ・ソウサが、ダンの想定を否定する。その言葉にダンは、苦笑したまま肯いた。
「そうだね。ミリがここまで頑固だとは思わなかった。計算違いだったよ」
「当たり前だよ。誰の娘だと思ってんだい」
「え?私?」
フェリの言葉にラーラが返す。
「ミリが頑固なのは私の所為じゃないわよ?」
「なに言ってんだい。ラーラだって頑固だろうが」
「それを言ったらお祖母ちゃんだって父さんだって、ソウサのみんなは頑固じゃないの」
「いいや。バルとラーラが頑固者だから、娘のミリも頑固なのさ」
「それは、でも・・・」
フェリがバルをミリの親として言及したので、ラーラは反論する気が萎んだ。ここはフェリの言い勝ちだ。
「私から提案があるのですが」
スディオは参加者を見回して、そう伝えた。
皆の視線を集めて、スディオは言葉を続けた。
「取り敢えず、数日だけでも、ミリをどこかに泊まらせるのはどうでしょう?」
「どこかって?当てはあるの?」
そう訊くチリンにスディオが肯く。
「我が家とかコードナ侯爵邸やソウサ邸の様な、ミリが普段行き来しているところではない方が良いとは思う。経験を積む事を考えるなら、その方が良いだろう?」
「そうね。お兄様ならミリちゃんを預かってくれると思うわよ?ミリちゃんを気に入っていたし。ねえ、ミリちゃん?」
ミリは直ぐには何も反応を返せなかった。
チリンの言うお兄様はソロン王太子だ。王家の邸に泊まりに行くなんて、そんな。
「確かにソロン王太子殿下のところなら、濃い経験が出来るに違いないね。けれどそれは、コードナ侯爵家や我が家で積む経験の、延長線上になるよね?目新しい経験は、それ程ないのではないかな?」
「う~ん、それもそうね」
「それなので私は、泊まり込みでの行商や、コードナ侯爵領の視察などが良いのではないかと思うのです」
スディオの皆に向けたその言葉に、チリンは「そうね」と返した。
「ミリちゃんは私達と一緒に、コーハナル侯爵領に行ってみたいと言ってくれていたし」
「ああ、そうだったね。しかしコーハナル領にいるのは今は父上だけだけれど、コードナ侯爵領ならジゴ君達もいるだろう?一緒に遊んだりも出来るんじゃないか?」
遊びと聞いてミリは、ジゴや他の従弟達が木登りや鬼ごっこをしたりするとは思えず、一緒に何をするのか思い付かない。
ケーキ作りかな、ともミリは思ったけれど、ミリはそれ程興味を持っていないし、スイーツにうるさいコードナ男のジゴ達が、ケーキ作りを遊びで済ますとも思えなかった。
「スディオ様、チリン様。それですと、効果が薄いかも知れません。ミリが戻って来たら、元に戻ってしまう可能性があります」
ダンの言葉にチリンとスディオが、同じ様に小首を傾げる。
「その可能性はありますけれど、何もしないのよりは良いのではないでしょうか?」
「それに、ミリに経験させる事が目的なのでは?それなら意味はあると思うが?」
「それは、そうなのですけれど・・・」
ダンの返しは歯切れが悪かった。
ミリの祖母ユーレも伯父のワールとヤールも、困った様な表情を浮かべている。
フェリが小さく息を吐き、「仕方ないね」と呟いて皆に告げた。
「平民の間で、聞き苦しい噂が上がっております。我がソウサ家では、それが広まる事を危惧しているのです」
「フェリ殿。その噂とは?」
バルの父ガダが尋ねた。
「結婚前のラーラに流された様な類の噂が、ミリに付いて流されています」
「え?ミリに?」
「ミリちゃんにですか?」
スディオとチリンは驚きの声を上げるけれど、他の面々は渋い表情を浮かべる。
「正確には、バルさんとミリにですね」
フェリが答を口にする前に、ダンがそう答える。
「やはりあの噂の事か」
ガダが表情の通りの苦々しげな声でそう言い、他の渋い顔の面々も小さく息を吐いた。
「え?ミリも知っているの?」
パノの母ナンテが、分かっていそうなミリの顔を見て驚く。
「はい、ナンテ養伯母様」
ミリはナンテに向けて肯いて見せた。そのナンテにスディオが尋ねる。
「母上?どの様な噂なのです?」
「お義母様?教えて下さい」
チリンもナンテに応える事を求めた。
言い淀むナンテの様子を見て、ミリはやはり自分が言うべきだと判断する。
「スディオ兄様、チリン姉様。上がっているのは、お父様がわたくしをお母様の代わりにしていると言う噂です」
「え?ミリちゃん?」
「あ~、え~と、ミリ?それは大人達が言い淀んでいるけれど、そう言う意味なのかい?」
「はい、スディオ兄様」
「え?ミリちゃんは、その意味を・・・理解していると言う事よね?」
「はい、チリン姉様」
スディオもチリンも他の面々と同じ様な、渋い表情を見せる。
「それなので、バルさんとミリの関係に付いて、なんとかしたいと言うのもあって、ソウサ家ではミリをバルさんから引き離すと言う話が出たのです」
ダンの言葉に、何人もが溜め息を吐いた。




