噛み砕いて
「曾お祖母ちゃん。私がお母様に感謝するの、おかしい訳はないでしょ?」
ミリは曾祖母フェリに意見した。
「お母様が産んでくれなかったら、私はここにいないのよ?」
フェリは「ふん」と鼻を鳴らす。
「それを言うなら、コードナ侯爵家の皆様が反対したり、コーハナル侯爵家の皆様が助けてくれなかったら、あんたはここにいないんだよ」
「そうかも知れないけど」
「そうかもじゃなくて、そうなのさ」
ミリはフェリが何を言いたいのか、良く掴めなかった。
「曾お祖母ちゃん」
「なんだい?」
「私がコードナ侯爵家の皆様やコーハナル侯爵家の皆様に感謝するのはどうなの?それもおかしい?」
「おかしかないよ」
「だったらお母様に感謝するのだって、おかしかないでしょ?」
ミリはフェリの口調に少し釣られた。
「あんたはデドラ様達やピナ様達にも、ちゃんと感謝してんのかい?」
「当たり前じゃない」
教える内容はもうちょっと手加減して欲しいけれど、とミリは思いながらもそう答えた。
「なんの感謝だい?」
「え?なんのって、高度な教育を授けて頂いてるからだよ」
「それはさっき、ダンが言ったからじゃないのかい?」
「確かにお祖父ちゃんも言ってたけれど、だからと言って私も同じ様に思っていても良いでしょう?」
「あんたは頭も回るし口も回るから、言ってる事が軽いんだよ」
「え?何よそれ?非道いじゃない!」
フェリが微妙に話を逸らした事に、ミリは乗ってしまった。
「良いかい?感謝ってのは与えられた事が分かって初めてするもんだ」
「え?どう言う事?」
「ミリは物心付く前から、デドラ様にもピナ様にも他の皆様にも教えて頂いていて、それが当たり前になってるだろう?」
「当たり前って訳じゃないよ」
「でも、あんたに取っては日常じゃないか」
「それは、そうだけれど」
「本当の感謝は、ミリが誰かに教えを授けようとして、その難しさに気付いて初めて産まれんのさ」
「違うよ、曾お祖母ちゃん。教えて頂いた事が身に付いている事が感じられた時だって、ちゃんと感謝してるってば」
フェリは「ハン」と息を吐く。
「それは躾けられた感謝だろ?」
「え?どう言う意味?」
「何かを頂いたら、ありがとうって言うだろう?言わないかい?」
「それは言うけれど」
「ミリはそう躾けられたからこそ、ありがとうって言うのさ。それと同じだよ」
「なにそれ?心が籠もってないって言ってるの?」
「何言ってんのさ?ミリはありがとうって時に、心を籠めてないのかい?」
「いや、籠めている積もりだけど」
「躾けられた感謝だって、ちゃんと感謝しなけりゃダメだよ」
「ちゃんと感謝してるし、心を籠めてるってば」
「なら良いさ。文句はないよ」
フェリに論点をスルスルとずらされて、ミリは何が言いたいのか見失っていた。
何か違うのは分かるけれど。
ミリはここまでのフェリとの会話を思い出し、振り返って心の中で検証した。
「曾お祖母ちゃん」
「なんだい」
「私は誰かに教えた事もないし、もちろん子供を産んだ事も育てた事もないから、本当の感謝を知らないって、曾お祖母ちゃんは言いたいのね?」
そう纏められると、フェリは肯けない。
「そう言う訳じゃないけどね」
そう言ってフェリは逃げ道を作る。
「それとも私の心は、本物の感謝を産み出せないって言ってるの?」
「そんなこたぁ言ってないよ」
「じゃあ何を言ってるの?」
「何をって、今さんざん言ったろ?」
「曾お祖母ちゃん」
「なんだい」
「私に理解させる気がないの?」
「何言ってんだい。あんたの経験が足りないから、私の言ってる事が分かんないんだよ」
「違うよ」
「違わないね」
「違うよ。私は今ここでしている会話からだって経験を積んでいるよ」
「だからなんだい」
「曾お祖母ちゃんは私に話を伝える気はあるの?ないの?」
「伝える気はあるけど、あんたが分かってないんだろ」
「違うよ。伝える気があってこれなら、曾お祖母ちゃんの伝え方が悪いんだ」
「はあ?何言ってんだい」
「だってお祖父ちゃんの言葉に対して、難しく言うなって言って置きながら、曾お祖母ちゃんは私に理解出来ない事を前提として、噛み砕いて説明しようともしてないじゃない」
「そんなこたぁないよ」
「あるよ。だって曾お祖母ちゃんは言いたがりぃだし」
「はあ?なんだって?」
「根拠とか、繋がりとかない言葉を言ってるだけでしょ?」
「バカな事、言ってんじゃないよ」
「それなら私に分かる様に言ってよ」
「まだ子供のミリには分かんないんだよ」
「ほら、やっぱり、言いたがりぃだ」
「あんたが大人になったら説明してやるさ」
「私が大人になったら、大人なのに分かんないのかい、って言うよ、曾お祖母ちゃんは」
「そんなこたぁ分かんないだろ?」
「曾お祖母ちゃん」
「なんだい?」
「私の理解力はデドラ曾お祖母様が鍛えてくれたんだよ」
フェリは、肯定も否定も疑問も、言葉を返せなかった。
「曾お祖母様の授業を卒業した私に、曾お祖母ちゃんの言っている事が理解出来ない訳はないんだよ」
デドラは珍しく眉根を寄せた。
チェックメイトされたフェリは、言葉を返せない事が降参を表していた。




