どうしたら分かる
「曾お祖母様」
ミリの呼び掛けに、バルの祖母デドラは「なんですか?」と返した。
「貴族家の子息や令嬢の婚姻は、家の都合によって決まるのではありませんか?」
「ええ。その通りです」
「それならばわたくしがお父様の言う通りに、結婚するのもしないのも、正しい事だと思います」
「いいえ」
「え?違うのですか?」
「ええ、違います」
「どこがですか?」
「ミリには分かる筈です。考えてご覧なさい」
ミリは考えるに当たっての手掛かりを持っていなかった。
自分は平民になるけれど、お父様は貴族なのだから、父親の言う事をきくのは当然で正しい筈。そう考えるのがいけないの?
お父様は私の事を思っていてくれる筈。そう考えるのは合っている?私の為を思って、色々と考えてくれている筈。それが違う?
直ぐに何も答の出せないミリの様子を見て、デドラは参加者に向かって語り掛けた。
「ミリにはこの問題を考えさせて、確りと自分で答を出させたいと思うのですけれど、いかがですか?」
参加者の多くが賛成を表して肯く。
「バル」
「なんですか?祖母様?」
「あなたもミリを自分の思い通りにしたい訳ではありませんよね?」
「普段のミリは俺の思い通りになんかなりませんよ」
「ちゃんと答えなさい。思い通りにしたいのですか?したい訳ではありませんか?」
「思い通りにしたい訳ではありませんよ。でも、ミリにはこうして欲しい、と言う要望は持っていますよ?」
「わたくしもバルがミリの幸せを願っているのは疑ってはいません」
「そんなの、当たり前じゃないですか」
バルの答にデドラは肯いた。
「そうですね。その為には、先程のミリへの質問に付いて、ミリ自身が考えて答を出すべきだとわたくしは思うのですけれど、バルはどう思いますか?」
「どうも何も・・・」
バルは言い淀む。
「バル?もしかしてあなたも分かっていませんね?」
「何がですか?」
「バルの言う通りにミリが結婚したりしなかったりする事が、正しくないと言う事です」
「俺は正しいと思ってます」
「いいえ」
「俺が思っているんですから、俺に取っては正しいでしょう?」
「いいえ。正しいか正しくないかの方ではありません。そうではなくて、バルも正しいとは思っていないのではありませんか?」
「え?思っていますよ。正しいです」
「いいえ。やはりバルは思っていませんね。バルも疑問を感じているのではありませんか?」
「祖母様。それは誘導でしょう?その手には乗りませんよ」
「誘導になるかも知れませんけれど、その意図で言っているのではありません。バルが疑問を抱えている、自分でも納得出来ていない部分がある、とわたくしが思うのは、この場に参加するバルの態度を見て感じるのです」
「俺の態度は至って普通ですよ」
「そうですね。だからです。バルは自分が感じている疑問の答に付いて、この話し合いで見付けようとしていますよね?」
そう言われるとバルは、そんな気がしてしまう。
確かに自分でも、自分の言う結婚させないとの言葉通りにミリが結婚しないと言う事に、違和感がなくもなかった。
そしてそれを感じる様になったのは、貿易商人パサンドからの縁談をミリが受けると言った事が切っ掛けになっている。念の為にとミリの意思を確認したら、ミリは躊躇わずに結婚を受け容れていた。その理由が、バルが認める結婚相手だから、と言うのは少なくない衝撃をバルに与えていた。
「どうやらバルにも考える時間が必要そうですね」
デドラのその言葉に、知らずに下がっていた視線をバルが上げると、デドラと目が合った。
デドラは小さく肯いてから、フェリとダンを向いた。
「フェリさん、ダンさん。せっかくこの様な場を設けて頂きましたけれど、この場で本人達に結論を出させるのは難しいのではありませんか?」
「今のままですと、そうですね」
ダンがデドラの言葉に肯く。
それに対してフェリは首を左右に振った。
「デドラ様?二人には結論が出せないのではないですか?」
「どうでしょう?時間があれば、出せるとわたくしは思うのですけれど?」
「一発で正解に辿り着くと思いますか?」
「そうですね。一度ではないかも知れないですね」
「その度にこうやって集まりますか?それよりは、答が出せそうな状況を周囲が用意するのが早いと思いますよ?」
「なるほど。その為の手段が、バルとミリを別れて生活させる事なのですね?」
「はい。ラーラもミリから引き離しますけれどね」
「お祖母ちゃん。また勝手な事を言わないでよ」
口を挟んだラーラをフェリは睨む。
「あんたもしゃんとする必要があんだよ、ラーラ。あんたがしゃんとしないから、バルが余計な苦労をしてるし、ミリが被害を受けてるんだからね?」
「え?バルの苦労は分かるけど、ミリの被害?」
「バルに苦労を掛けてるのが分かってんのに、その為体かい?」
「でも、バルは我慢してくれてるし」
「そう言う事を言ってんじゃないよ。甘ったれの末っ子が」
フェリの言葉にドキリとする末っ子が、ラーラ以外にもこの場にいた。
「末っ子は関係無いじゃない」
「バルは良いんだよ。本人が望んでラーラを選んだんだ」
「え?じゃあ良いじゃない?」
「そんな事を言うから甘ったれだって言ってんだけど、でもバルは良い。問題はミリだ。ミリがラーラを親に選んだ訳じゃない」
「そんなの、当たり前じゃない。分かってるよ」
「いいや、分かってないね。分かってないから、ミリに余計な役割を押し付けてんだろう?」
「そんな事ないもん。ミリだって、産んでくれてありがとうって、言ってくれてんだよ?」
「はあ?子供が親に、産んでくれてありがとうだ?」
フェリは目を大きく見開いて、その顔をデドラとパノの祖母ピナに向けた。
「デドラ様、ピナ様。貴族の子供はそんな事を親に言う様に、教育されるんですか?」
「いいえ、私は教えていませんよ?」
ピナはそう言ってデドラに視線を送る。
「そうですね。その様な事を教えてはいませんし、他家でもその様な事を教育する話は聞いた事がありません」
デドラの言葉に肯きながら、ピナはフェリに視線を戻した。
二人に向けて肯いてから、フェリはラーラに向き直った。
「ラーラ。そんな言葉は普通、子供は親に言わないんだよ。そう言う気持ちになるんだって、自分が子供を持って初めて感じるもんなんだ。それをミリに言わせてるのだって、あんたがそんだけミリに甘えて、余計な立ち回りを強いてるって証拠だよ」
ラーラは驚きで反論が出なかった。
フェリの言葉にデドラもピナも賛成している表情なのが、ラーラには理解出来ない。
娘に産んだ事を感謝されて、何がいけないのだろう?とラーラは思うけれど、そこから思考が進まない。
ミリも、バルの言う通りに結婚するのが正しくない理由を考えるのを止めて、ラーラへの感謝を告げた事がなぜ、役割や立ち回りの話になっているのか、その疑問に心を取られた。




