納得しない
「ミリ」
「・・・はい、曾お祖母様」
ミリはバルの祖母デドラと視線を合わせた。
流れ的にミリは正解を出せそうにないけれど、間違っている答でもデドラは納得すれば許してくれる。逆に言うと、デドラを納得させられなければ、ミリには逃げ道がなかった。
「フェリさんやダンさんが何を問題としているのか、理解していると言っていましたよね?」
「・・・はい。理解しています」
「それではそれを説明して下さい」
「はい・・・」
ミリは一つ大きく呼吸した。
「わたくしがお父様の言う通りに結婚をしなかったり、仕事に就かなかったりする事で、わたくしの将来の途が狭まっていると想定される事が、直接の問題とされています。そしてその背景として、わたくしがお父様の言いなりになっているのではないか、との懸念を持たれている事が上げられます」
「そうですね。それで?それだけですか?」
「それで?・・・他にも何かあるのでしょうか?」
「わたくしにはミリが、バル以外の誰かの言いなりになったりしないかと、それも心配に感じていますよ?」
「・・・誰かとは?」
「今はいないのでしょうけれど、やがてはミリの前に現れるかも知れない誰かです」
そんな居もしない人の出現を心配されても、とミリは困惑した。いつものデドラの攻め方とは少し違う。
「先ほどミリは、ラーラよりバルの言う事をきく理由として、養育費の負担を上げましたね?」
「・・・はい」
「バルの言葉をそのまま実行する理由として、金銭的理由を挙げるのは不適切だとわたくしは思います。ミリはそうは考えていないのですね?」
「わたくしとお父様との関係は、金銭だけを理由にするには足りないと、わたくしも考えています」
「そうすると、他に何が必要ですか?」
そう問われたら、ミリが思い浮かべられる答は、一つしか無かった。
「教え導いて頂いている内容などでしょうか」
「バルからは何を導きとして、ミリは受け取ったのですか?」
「それは・・・色々です」
こんな返しでデドラが納得する訳はない事をミリは心底分かっている。でも今はこれしか出て来ない。
「バルから受け取ったものと言うのは、ピナ・コーハナル夫人やフェリ・ソウサさん、あるいはわたくしから授けたものより、重みのあるものですか?」
「それは、どちらがどう、とは言えません」
「では、濃さはどうですか?バルから受け取ったものの方が、わたくし達から受け取ったものより濃いのでしょうか?」
「それも、どちらとは」
「同じくらいだと?」
「強いていうなら、そうではないかと」
「そうですか」
「・・・はい」
「濃さが同じなら、関わった時間に比例しますね?」
ミリはまた自分の失敗を悟る。
「ピナ・コーハナル夫人はバルよりも、ミリと過ごす時間が長いのではありませんか?」
「それは・・・はい」
バルとは毎日朝晩会っているけれど、ピナとはおよそ五日毎に半日以上一緒にいる。バルと一緒に寝ている時間を入れても良いなら、バルの方が長いと言えるけれど、つい最近、バルとラーラとは別の部屋でミリは寝る様になったから、今はそれも足す事は出来ない。
「ピナ・コーハナル夫人とバルの言う事なら、ミリはピナ・コーハナル夫人の言葉をきくと言う事ですね?」
「いえ、そうとは言い切れません」
「それはなぜですか?」
「それは・・・お父様はわたくしのお父様ですし」
「そうですね」
あ、ヤバい、とミリは思った。
「ガダ」
「はい、母上」
デドラの呼び掛けにバルの父ガダが返す。
「ミリの結婚をバルの意見を理由に挙げずに、ミリが決められる様に、バルに命じさせなさい」
「はい。バル、聞いた通りだ。お前の父親として命じる。ミリが結婚するかどうか、ミリがバルの意見を理由とせずに決められる様にする様に」
「そんなの、俺がミリに命じられる訳ないだろう?」
バルの答にガダは苦笑をした。
デドラは「そうですね」と肯いた。
「ミリ」
「・・・はい、曾お祖母様」
「バルは父親であるガダの言葉に逆らいましたよ?」
デドラがそう言う前から、バルは苦い顔をしていた。
「・・・はい」
「これを見本とするなら、あなたがバルの言葉を無批判にきく必要もないと思いますけれど、どう考えますか?」
「無批判の積もりはありません」
「そうですか?あなたはバルの言葉の所為にして、自分では判断する事を止めているのではありませんか?」
「そんな事は・・・でも・・・」
「ですが、バルが結婚するなと言えば、結婚をしないのですよね?」
「・・・はい」
「バルが結婚をしろと言えば、誰とでも結婚をするのですよね?」
「誰とでもと言うか、お父様の選んだ方とだけです」
「そうですね。ですがそこに、ミリの考えは含まれていますか?」
「お父様の選んだ方と結婚をすると言うのは、わたくしの判断です」
「責任は?」
「責任?」
「もしその結婚が幸せなものでは無かった時、その責任をバルに取らせるのですか?」
「責任なんて・・・ですけれど・・・」
「ミリ」
「・・・はい、曾お祖母様」
「わたくしがミリに授けた教育の目的の一つには、自分の事は自分で責任を取れる様になって貰える様になる事がありました」
デドラはそこで言葉を一度切ったけれど、ミリは言葉を返せなかった。
「ミリがわたくしの授業を卒業したのは、既にミリがそれも適えているとわたくしは思っているからです」
「・・・はい」
「ミリ」
「はい、曾お祖母様」
「バルの言う事をきくと言う事が、あなたが責任を放棄する為だとは、わたくしも思ってはいません」
「・・・はい」
「しかし、結果としては、そうなってしまう事は分かりますね?」
「・・・はい」
「それでは改めて質問です」
ミリの喉が鳴った。
「ミリの結婚に付いて責任をバルに押し付けない為には、どうしたら良いと思いますか?」
そう言って、デドラはミリを見詰めた。




