23 悪い噂
バルが加わったので席を変える事になり、リリはテーブルの長端に、コードナ侯爵と向かい合って座る。リリの左右には女性が座り、バルとは少し離された。
お茶を淹れ直して落ち着いた所で、バルの祖母デドラがラーラに話を促す。
「バルには思い当たる節がある様ですけれど、先ずはソウサさんの話を最後まで聞きましょう。ソウサさん、お願いします」
「はい。有難う御座います。わたくしが皆様にお伺いしたいのは、バル様とわたくしの交際練習をこのまま続けても良いのかどうかに付いてで御座います」
「良いかも何も」
「黙っていられないなら退室させるわよ?」
すかさずバルの母リルデの声が、バルに向かって飛んだ。
「あ、いや。ラーラ、ゴメン。続けて」
「はい。最近わたくしに関しての悪い噂が流れております。それはバル様以外にも複数の男性と交際していて、その方達とはふしだらな関係を持っていると言うものです。子供を堕ろした事があるとか、父親が分からない隠し子がいると言うものもあります」
「え?子供?」
「バル?」
「あ、はい」
「噂の報告は目にしたが、ソウサ殿の歳で隠し子はあり得んだろう」
「お義父様?」
「退席させますよ?」
コードナ侯爵に対して、リルデとデドラの声が向けられる。
「あ、いや、すまん。ソウサ殿、続けてくれ」
「はい。続けると申しましても残りはそれ程でも御座いません。それらの噂ですが、否定する為の証拠を我がソウサ家は持っておりません。その上、バル様とわたくしの関係までふしだらなものと疑う噂も立ち始めました。それがなくてもバル様の評判に傷が付きますし、このままですとコードナ家にも御迷惑をお掛けしてしまいます。ですのでバル様とわたくしの交際練習は終えるべきとも考えられるのですが、コードナ家の皆様の御意向を伺わせて下さい」
「そんな必要はないって言ってるだろう?」
「バルは黙っていなさい」
「そうですね。バルは口を挟まない様に」
「いや、口を挟むも挟まないもなくて、俺はラーラとの交際を止める積もりはないって。そんな根も葉もない噂に振り回されて交際を止めるなんて馬鹿げている。納得いかない」
「それは皆分かっています」
「バル、邪魔だから出て行きなさい」
「いや、分かっているなら」
「バル」
「あなた、バルを追い出して」
「いや、待てって、リルデ。バルも、母上も」
リルデの冷たい声にひやりとしながら、バルの父ガダが腕を広げながら皆の顔を見回して言った。
コードナ侯爵がガダの言葉に肯く。
「そうだぞバル。お前が思う事は皆分かっているし、ソウサ殿も分かった上で言っている。お前は話を聞くべきだ」
「そうだぞバル。後から結論だけ聞いても納得出来ないと思うぞ。残念ながらバルには決定権がないのだから、口を出さずに聞いていろ」
「いや違うだろう?そもそも俺とラーラは交際のルールを約束通りに守っているのだから、家の意見を尋ねるのはおかしいじゃないか。婚約とは違うんだし」
「そうはならないだろう?」
「なんで?友人としての節度ある付き合いだ。約束を破ってない以上、家として反対するなんて出来ない筈じゃないか」
「友人関係だって家から口を挟むに決まっているだろう?たまたまお前も兄姉達も、今まで友人に問題がなかっただけだ」
「なんだよそれ?ラーラには問題があるみたいじゃないか」
「落ち着け。そうは言ってないだろう?」
「それにソウサ殿との交際に反対なら、お前の婚約を調えれば良いだけだ」
「そうそう。どちらかに婚約者が出来たら、交際を止める約束だったよな?」
「え?交際を止めさせる為に婚約をさせるのか?」
「そうだ」
「そんなの、おかしい!逆じゃないか!」
「おかしくても何でも、二人の交際にコードナ家としてリスクがあるなら、そうせざるを得ない」
「いいからバル、話を聞くんだ。部屋から追い出されずに聞いた方がお前の、いや二人の為だ」
バルは口を強く結び、両手も握り締めた。
その様子を見てホッと息を吐いたガダが、ラーラに顔を向ける。
「ソウサ家の意向として交際を取り止めたいのだね?」
「あなた」「ガダ」
リルデとデドラの溜め息混じりの声が重なる。
「え?何?ソウサさん、違うのか?」
「ソウサ家としては、バル様と私の交際練習を続けても止めても、どちらでも構いません」
「いや、でも、バルと交際しているから、ソウサさんに悪い噂が立っているのだろう?」
「この程度の噂は日常茶飯事ですので」
「しかしソウサさんの縁談に影響したりしないのかい?」
縁談との言葉に、応接室内の空気がソワッと揺れる。
「御心配頂き有難う御座います。ですが幸いな事に、根拠の無い噂を鵜呑みにする様な方は、わたくしのお相手に選ばずとも済みそうです。ただしわたくしが選り好み出来るのも、ソウサ家に余裕がある限りではありますが」
「その噂が商売に影響したりしないのかい?」
「はい。噂を信じて真実を見ない様な相手からは、ソウサ商会には打撃を与える事は出来ません。ソウサ商会が投資に失敗したとか犯罪に手を染めたとかして、その事実が噂として流れない限り問題は御座いませんので」
「そうなのか」
「はい。ただし噂を放置している訳では御座いません。当然今回のわたくしの噂も出所を調べて対処しようとしてはいるのですが、貴族様の影が見えて、ソウサ家ではまだ追い切れておりません」
「貴族が絡んでいるのか?」
「はい。どなたかはまだ分かりませんが、間違いはないそうです。それですのでコードナ家の皆様に影響を及ぼす話かと考えて、御意向を伺いに参りました」
「なるほど」
「相手の目的がコードナ家にあるかも知れないと、ソウサ殿は考えたのだな」
「それはソウサさんの考え?それとも父君の?」
「あなた」「ガダ」
「え?」
「わたくしが皆様にお時間を頂いた事は伝えて御座いますので、家族も同じ考えを持っている筈で御座います」
「あ、うん。そうか」
ガダの返事にラーラは微笑みを返した。
ガダがラーラを見くびっている様子に、デドラとリルデは小さく溜め息を漏らす。
バルの握った拳には、話を聞くうちに段々と力が入っていった。




