話し合いが必要
使用人が、新たな来客を告げる。
「え?父さんも?」
ラーラは困惑を混ざった声を出したけれど、客を応接室に通す様に使用人に指示をした。
「お祖母ちゃん?父さんもミリの件なの?」
「知らないよ。でもまあ、そうだろうね」
「もう、なんなのよ?」
「取り敢えず、お義父さんを待たせられないから、行こう」
バルの言葉にラーラは「そうね」と肯いた。
パノは同席するか一瞬だけ迷ったけれど、邪魔になったら退席すれば良いかと考えて、バルとラーラに続く。
ミリはフェリがまた手を差し出して来たので、少し躊躇った後、結局手を繋いで、みんなの後に付いて行った。
応接室に入ると、ミリの祖父ダンと伯父ヤールがいた。
二人はラーラ達の入室に気付くと、揃って立ち上がって礼を取った。
「おはようございます、パノ様」
「ご無沙汰しております、パノ様」
ダンとヤールの言葉にラーラとバルは脇に避けて、パノを前に出す。
「おはようございます、ダンさん。久し振りですね、ヤールさん」
パノがにこやかに挨拶を返すと、その後からフェリが声を掛けた。
「なんだい。ヤールも連れて来たんかい」
「いいや。勝手に付いて来たんだよ」
そう返すダンに、ヤールは「勝手ってなんだよ?」と文句を言う。それを流してダンはラーラとミリを向いた。
「ラーラは久し振りだね。ミリ、おはよう」
「そうね。久し振り、父さん」
「お祖父ちゃん、おはよう」
「俺もいるぞ、ミリ?ラーラも」
「うん。ヤール伯父さん、おはよう」
「ああ、おはよう、ミリ。今日も可愛いな」
「ありがとう、ヤール伯父さん」
ミリは褒められた礼をスッと言えた。
それにヤールは満足そうに肯く。
「うんうん。ラーラも負けずに可愛いぞ」
「おはよう、ヤール兄さん。私にもありがとうね」
相変わらず調子の良いヤールの言葉に、ラーラは小さく息を吐いた。
バルが皆を促して、テーブルを囲んで席に着く。
「それで皆さん揃って、ミリの事ですよね?」
「いいえ、バルさん」
ダンが首を振る。
「私は母を回収に来ただけです」
「回収たぁなんだい?」
「え?父さん?話し合いに来たんじゃないのか?」
「母さんもヤールも、この場で話し合って決まる事なんてないだろう?」
「え?なんでさ?」
「何言ってんだい。話し合いなんて不要さ。ミリを連れて帰れば良いだけだから」
「え?祖母さん?連れ帰るって、なんの話だよ?」
「ヤール。分かんないんだったら黙ってな」
「そうだね。ヤールは付いて来なくて良かったな」
「祖母さんも父さんも、なんでよ?」
「父さん?」
話が進まなそうなので、ラーラが口を挟む。
「お祖母ちゃんを連れ帰るって、ミリの事で来たんじゃないの?」
「そうだよな?ラーラ?俺はその積もりだぞ?」
「ヤール兄さんがそうなのは分かってるわ。お祖母ちゃんもそうみたいだし。でも父さんは違うの?」
「この場で話しても平行線になるだろう?」
「え?何が?」
「ミリの将来に関する話だよ。バルさんは、ミリには仕事も結婚もさせないって主張を変えないだろうし」
「それは」
そこまで言ってラーラがバルを振り返ると、バルが肯いた。
「変えませんよ」
「それなのに母さんがミリを連れだしたら、誘拐扱いになるかも知れないだろう?」
「なんで誘拐なんだい」
フェリが不服の声を上げる。
「曾孫の将来の為に、居場所を作ってやろうってんじゃないか」
「だからって、親に無断でやったら誘拐だろ?」
「ちゃんとラーラに断って、連れてく積もりだったさ」
「ミリをどこに連れて行くのか、お祖母ちゃんは内緒だって言ってたじゃない?」
「そりゃそうさ。連れ戻されない為にはそうするしかないだろう?」
「祖母さん、それじゃあやっぱり、誘拐だぞ?」
「何言ってんだい。ヤールだって、おんなじ様な事をしようとしてたろに」
「俺はミリの医者への弟子入りを手助けしようとしただけで、ミリを攫ったり隠したりは考えてないよ」
「医者へ弟子入りしたら、結局は家を出る事になるじゃないか」
「そりゃあそうだけど」
「え?医者への弟子入りって、そうなのですか?」
フェリとヤールの遣り取りに、パノが口を挟んだ。
「ええ、そうですよ」
「医者って、門外不出の技術や知識がありますからね。弟子になったら住み込みが当たり前で、普通は実家にもあまり帰れないですけれどね」
「そうなのですか」
「ええ」
「それはつまり、ヤール。私がやろうとしてる事と、あんたがミリを医者にしようとしてる事は、結果は一緒だって事だろう?」
「結果が一緒だからって、誘拐と一緒にするなよ。乱暴な祖母さんだな」
「ミリが帰ろうとした時に帰れないなんて、私が隠すよりよっぽど乱暴じゃないか」
「そこは、なんとか、便宜を計って貰えば」
「そんな事したら、贔屓だなんだって、他の弟子からミリが嫌がらせを受けるよ」
「だから、それもちゃんと気を配れば良いんだよ」
「なんだい?ヤールもミリに付き合って、医者の弟子になるのに付いてく気かい?」
「いや、そうじゃないけどさ」
「じゃあ、口出すんじゃないよ」
「え?いや、なんでだよ?」
フェリは「ふん」とだけヤールに応えた。
話が区切れたと見て、ダンが口を開く。
「私はこの話はこの場では決まらないと思いますので、改めて話し合いの席を設けたいと思うのです」
「何言ってんだい、まどろっこしいよ」
「何言ってんのは母さんだ。ミリが大切なら、ちゃんと周囲と合意を取るべきだろう」
「ふん」
「あの、合意と言うのは?」
またパノが口を挟む。
「ミリをバルさんと離して暮らさせる事ですね」
「え?父さん?」
「お義父さんまで、何を言っているのです?」
「バルさん、ラーラ。私も基本的には母さんやヤールと同じスタンスですよ。このままミリをバルさんの傍に置いて置くのは、ミリの為にはマイナスだと思っています」
「え?なぜそんな意見になるのです?」
「まあ、それに付いては話し合いの場で、明らかにしましょうか」
ダンはそう言って、微笑みを浮かべた。
「何をのんきな」
フェリはそう言って、また鼻を鳴らした。
ヤールは眉を顰める。
「明らかにするも何も、ないんじゃないか?」
「話し合って場とは、コードナ家とソウサ家のですか?」
パノのその言葉にダンは肯いた。
「それとコーハナル侯爵家の皆様にも、ミリの教育をして頂いていますので、参加して頂ければと思っています」
「え?そうしたらコードナ侯爵家も?」
ラーラの言葉にもダンは肯いた。
「もちろんだよ」
ダンの言葉にフェリは「わざわざ大袈裟にして」と不満な口調で呟いた。
バルは「実家にも?」と怪訝な表情を浮かべ、困った顔のラーラと顔を見合わせた。
何か言いたいけれど、言葉の出て来ないパノも困惑をしていた。
ヤールは「話し合っても、誘拐が結論にはなんないだろ?」と、呆れた声で言った。
ミリはこの場で自分の意見を挟めていない事で、その話し合いでも自分の意見が出せるのか、とても心配していた。だって、ミリの将来に影響する話し合いに、なる筈なのだから。




