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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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現れない真実の愛の存在

 バルを見送ったラーラが戻って来て、パノも座っているソファのミリの隣に腰を下ろしたので、三人は他国の言語の勉強の用意をしてあったテーブルには戻らずに、なんとなくソファでお喋りを続けてしまった。


 話が途切れたところで、ラーラが小さく息を()いたのにパノは気付いた。


「どうしたの?って訊くまでもないか。さっきのバルとの話?」


 ミリもいる所でどうかとは思ったけれど、その辺の判断はラーラに任せるものとして、パノは話題に出すだけ出した。

 ラーラに言いたい事があるのなら言うだろうし、ミリに聞かせたくないのなら場を改めるだろう。パノはラーラに対して、いつもこの様な感じの接し方だ。


「そうね」


 見上げてくるミリの頭に手で触れながら、ラーラは低い声でパノに返した。


「バルが禁止した事をミリが選ばないって、違和感を持つのは私が平民育ちだからなのかな?」

「う~ん、どうかしらね」

「やっぱり貴族育ちだと、親の言う通りにするのは当たり前なのよね?」

「建前上はそうよね」

「建前上?」

「ええ。でも心で納得しているかどうかは別よ?」

「納得していないって、それはそうでしょう?でも、心で納得出来なくても、親の言う通りの選択をするのよね?」

「親が譲らない事はね」

「え?譲る譲らないがあるの?」

「それはあるわよ。子供の結婚なんかは家同士の関係が絡むから、譲る筈がないわ。子供が、真実の愛に目覚めた、なんて言い出したら、引っ(ぱた)いてでも閉じ込めてでも目を覚まさせると思うわよ?」

「え?バルの場合は?」

「あなた達の場合は特別よ」


 パノはそう言って肩を竦めてみせた後、ラーラの訝しげな顔を見て苦笑を浮かべた。


「納得出来ていなさそうだけれど、コードナ侯爵家の皆さんが、特にデドラ様とリルデさんがラーラの事を気に入っていたそうだからね。バルもちゃんと前もって、当時のコードナ侯爵のゴバ様に相談していたって言うし」

「そうね・・・そのお陰なのね」


 ラーラは結婚が決まった時の流れを思い出して、小さく肯いた。


「それに、あなた達が切っ掛けになった交際練習と言うのも、子供が思いも寄らない相手を連れて来る事への防衛策にもなっているのよ。だから貴族の間でも、あれほど流行ったのよね」

「そうなの?」

「ええ。実際に、交際練習を行っていた子息令嬢の中には、真実の愛を見付けた人はいなかったし」

「え?そうなの?パノ姉様?」


 ミリが驚いて口を挟む。


「そうよ。ほとんどの子息令嬢が、交際練習相手の中からお互いに相性の良い相手を見付けて、婚約して結婚して行ったわ」

「普通の縁談ではそうはならないの?」

「貴族の場合は普通なら、婚約してからお付き合いが始まるからね。学院で話した事でもあれば、相手の事を知っていたりはするけれど、その程度ね。パーティで見掛けても、婚約者でもない年頃の異性と言葉を交わす事は先ずないわ。それで婚約してから付き合ってみて、何か違うと思っても、そのまま結婚するしかないのよ」

「婚約解消とかはしないのね?」


 ミリのその言葉にラーラは体を硬くする。パノが子爵家跡取りと婚約寸前まで行っていた事がラーラには思い出されて、どうやってパノを傷付けずにミリを止めて話を逸らすかをラーラは考える。

 それに気付いているパノは、腕を伸ばしてラーラの二の腕に触れ、ラーラに微笑みを向けてから、ミリに答えた。


「普通はしないわ。だから婚約を解消したら、普通じゃない事があったんだなって思われる。そうすると、跡取りなら次の縁談を調えられるけれど、跡取り以外は子息でも令嬢でも縁談は来なくなるのよ」

「え?ご令嬢だけではなく、ご子息でも?」

「子息でも。キズモノと言う訳よね。跡取りも条件は悪くなるから、少なくとも婚約解消をして、得をする人は・・・いないと思ったけれど、その人に敵対する人達は得をするわね。相対的に」

「真実の愛を見付けた人は?そう言う人も、やっぱり得ではないの?」

「自分の家も婚約者の家も評判を下げさせる事が分かっているのに、それでも婚約を解消して真実の愛を取る人に対して、ミリは信用出来る?」

「え~と、商売相手としてなら、無理だけれど」

「それはどうして?」

「価値観が違うから。信用取引なんてまず出来ないわ」

「そうよね。突然裏切るかも知れないものね」

「うん。それに納品物が本物かとか、支払われた現金や手形が本物かとか、常に確認しなければならないもの」

「お金も疑うの?」

「そこまで心配する必要がないのかも知れないけれど、信じられないってそう言う事だと思うし」


 ミリの取ろうとしている容赦のない対応に、パノは少し驚いた。


「ラーラ?商人としてはこう言うものなの?」

「どうだろう?私もミリも商人としては同じ教育を受けている筈だから、これが普通なのか、それともソウサ家だけこうなのか、ちょっと分からないわ」

「でも、ラーラに取って、ミリの答は普通なのね?」

「ええ。常識的よね」


 先程のミリの答が商売を前提にしている事を含めて、ミリの根はやはり商人なんだな、とパノは改めて思った。

 コードナ侯爵家とコーハナル侯爵家に出向いて教育を受けても、ラーラと一緒に暮らしている事で既に、商人としての教育がミリの日々の生活に埋め込まれているのかも?とパノは考えてみたものの、自分もミリが生まれる前からラーラと一緒に暮らしているのに、一向に商人の心構えの様なものを掴めていない事に、パノはなぜか分からない焦燥感を持った。

 貴族の一員としてのアイデンティティが揺れているのは気にしていないパノだけれど、平民にも染まらないままなのは居場所を持てない様で少し困る。


 直ぐ隣で小さく肯きながら「そうか」と呟くミリを見る。

 貴族としての高い水準の教育を受けて高い水準の教養を身に着けながら、貴族にならないと言っているミリは、もしかしたらパノの立ち位置の見本になるのかも知れない。

 バルがミリを結婚させないとも言っているし、そう言う意味でもミリの生き方は自分の手本となるかも。

 問題は手本とするにはミリが大分(だいぶ)年下なのよね、とパノは小さくまた苦笑を零した。


「なにがそうかなの?」

「真実の愛を見付けるなら、婚約前が良いって事よね?」


 なぞなぞの答が分かった時の様な、嬉しそうな顔をミリはパノに見せた。

 パノはミリに「そうね」と返す。


「交際練習を通して結ばれた人達は、お相手がそうなる筈の人だったかもね」

「筈の人?そうなる筈だったと言う事は、真実の愛は見付からなかったって言う事?」

「そうね。これは個人的なイメージだけれど、真実の愛を見出すのは、劇的なシチュエーションだと思うのよ」

「うん。本などでは、そうよね」

「そうよね。その為には障害が立ち塞がる必要があって、それを乗り越えられてこそ、真実の愛って感じになるでしょう?」

「ええ。その通りだわ」

「だから、交際練習を通してお互いに好意を育んだ相手とは、家族も反対しないし、周囲も祝福してくれるから、小さな障害しか現れなくて、盛り上がりを比べると今ひとつになるのよ」

「その方が良いけれど、物語としてはメリハリが弱くなるのね?」

「そう。だから他の人と婚約していたら真実の愛となったかも知れないけれど、真実の愛の相手と婚約していたら、これが真実の愛だ!なんて叫んだりするチャンスはなさそうでしょう?」

「つまり、真実の愛とは気付かないで結婚するって事?」

「ええ、そう」

「そうか」


 ミリが真剣に考える姿をパノもラーラもほのぼのとして見守った。


「恋愛小説に載る様な話や噂で広がる様な話は知っているけれど、そう言うのから外れる恋愛って、私は情報を持っていないと言う事なのね。それに付いては考えていなかったな」

「普通の事って、小説の題材にしても、売れなそうだものね」

「うん。普通の事は噂にもならないし」

「普通の部分は省かれて、噂って広がるものね」

「確かにそうだわ。普通の部分もわざわざ噂していたら、特殊な部分が際立たなくて、インパクトがなくなるわよね」


 ミリは、小説や論文などから知識を得ていた自分は、普通の事や常識に付いてはあまり知らない可能性がある事に思い至った。そしてどうしたらその不足部分の知識を集める事が出来るか、考え始めていた。


 そうして思考を巡らすミリを面白そうにパノは眺めた。

 ラーラはまたミリがとんでもない事を言い出さすかも知れないと、後でバルにも危機感の共有をして置こうと思った。

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