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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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禁止と望みの順番

「取り敢えずソウサ商会に戻って、医者の見学は断ってくる。続きは今晩、帰ってから話そう」


 不機嫌な声でそう言うバルをラーラが止める。


「待ってバル。まず話し合いましょうよ?」

「何を?」


 ラーラに対しての返しが、バルはかなりぶっきらぼうになっていた。


「色々だけれど」

「色々って?俺、仕事もあるから、ノンビリとは話をしていられないのだけれど?」

「それなら尚更、冷静になってからソウサ商会に向かわないとダメよ」

「別に、冷静だよ」

「いいえ。冷静ではないわよ。少なくとも普段通りのバルとは言えないわ」


 話をしている二人をよそに、パノはテーブルを回ってミリの隣に立ち、ミリの手を引いて椅子から立ち上がらせると、そのままソファまで連れて行って二人で座り、ミリの腰を抱き寄せて、胸に頭を預けさせた。

 ミリが体の力を抜いてパノに凭れ掛かる様になると、パノは先にブランケットを用意すれば良かったと思った。ミリの力の抜き具合からすると、このまま眠ってしまうかも知れなく思える。



「まずバルに言って置くけれど、私はミリが望む事を叶えてあげたいって思っているの」

「それは俺もだよ」


 すかさず返すバルの言葉に、ラーラは少し驚いた。


「でも、結婚させない、仕事もさせないって言っていたじゃない」

「それはミリも望んでいないじゃないか」

「違うわよ」

「違わないだろう?」

「違うわ。ミリはバルが禁止するから、結婚も仕事もしないって言ったのよ」

「同じじゃないか」

「違うってば。ミリは望む望まないに関係なく、バルが禁止するからしないって言ってるの」

「ラーラ。順番を間違ってるんじゃないか?」

「え?何が?」

「ミリは俺が禁止するものを(はな)から自分で選ばない。ミリが望む望まないを決めているのはその後だ。結婚も仕事もミリの望む望まないの選択肢には、そもそも上がっていないだろう?」

「だからそれが問題なんじゃないの」

「どこが問題なんだよ」


 ラーラとバルの遣り取りを聞いて、パノは「やれやれ」と思う。

 この二人はこんな基本的な食い違いさえ、普段からそのまま放置しているのかと、パノはかなり呆れた。

 ラーラとバルがミリと一緒にいると、どうしてもミリ中心になって、お互いをミリの先にしか見ていなかったのかも知れない、とパノは考えた。もしそれが食い違いの理由だとしても、呆れるのには変わりないけれど。

 取り敢えず、二人とは別に寝ることにしたミリの判断は正しかったな、とパノは思う。そのお陰で二人の会話は増えた筈だ。今、これまで放置されていた基本的な食い違いが表面化しているのも、もしかしたらそのお陰かも知れない。



「ミリ?」

「なに?パノ姉様?」


 ミリが上目遣いにパノを見上げる。


「取り敢えず、ミリがここにいなくても、お父様とお母様の話は進む様だから、退室する?」

「ううん」


 ミリは小さく弱く、首を左右に振った。


「二人が喧嘩しているみたいで、見ていたくないのではない?」

「でも、私の事だし」

「ふふ。違うわよ?」

「え?」

「あれはね、ミリの事を言い合っている様に見えて、ただじゃれ合っているのよ」

「え?そうなの?」

「そう。子犬とか子猫とかがじゃれ合っている事ってあるでしょう?」

「うん」

「あんなふうにお互いに絡み合って、相手の事を理解するの。それを大人になった人間がやると、あんな感じになるのよ」

「パノ?」

「人を犬や猫に喩えるのは、()めてくれないか?」

「あら?聞こえていた?」


 ラーラとバルが、パノとミリを見て口を挟んで来た。


「ミリが心配そうにしていたから、心配はないって教えていたのよ」

「ミリ、大丈夫だからね?」

「はい、お母様」

「だけど、だからって犬猫はないだろう?」

「分かったわ。良いからそちらはそちらで続けて」


 そう言ってパノは動物を追い払う時の様に、箒で掃き出す様に手を払い振った。


「ね?ミリ?心配いらなそうでしょう?だから二人を心配して遣り取りを見続ける積もりなら、その必要はないから。見ているとどうしても心配してしまうだろうから、見ないのも手よ?」

「ええ、分かったわ、パノ姉様。ありがとう。でも私は、このまま見ている」

「そう?それなら良いけれどね」


 そう言葉を交わすと、パノとミリはラーラとバルの事を見詰める。


 パノとミリの遣り取りを聞いた後に二人に見詰められて、バルは溜息を吐いた。


「はあ。取り敢えず、続きは帰って来てからにしよう」

「待って、バル。話はまだ終わっていないじゃない」

「俺は気が削がれて、今は続ける気になれないのだけれど」

「でも大事な事よ。ミリはバルが禁止したら、それに付いては自分では考えないみたいじゃない」

「・・・それで?」

「それでって、それっておかしいでしょう?」

「そうか?」

「え?おかしいわよ。人の判断に頼って、自分の判断の対象外にするなんて」

「でも、例えば、盗みや殺人はやってはいけない事だよな?」

「え?当たり前じゃない」

「それはなぜ?」

「え?なぜって、だって、法律で禁止されているし」

「なぜ法律で禁止されているんだ?」

「それは、いけない事だから」

「な?法律で決まっているからとか、いけないとされている事だからとか、人の下した判断に頼っている事は普通にあるし、それはおかしい事ではないよ」

「待って!私がバルと話したいのは、そう言う事じゃないの」

「じゃあ、どう言う事だ?」

「ううん。その、上手く言えないのだけれど、違うのよ」


 バルはまた溜め息を吐いた。


「ラーラには少し、考えを整理する時間が必要なのではないか?」

「それは、分かっているのだけれど」


 バルは手の甲を上にして、手をラーラに差し出した。


「取り敢えず、俺は仕事に行ってくるよ。今日は早目に帰って来るから、それから話そう」


 ラーラは手を差し出すバルに普段の雰囲気を感じ、これなら良いかと判断した。

 バルの手の甲をラーラは握る。


「分かったわ。私も考えを整理しておく」

「よろしく」


 バルとラーラの様子を見て、やれやれいつも通りに戻ったか、とパノは思った。


「玄関まで送るね」

「ああ、ありがとう」

「行ってらっしゃい」


 座ったままそう言ったパノの横で、ミリはソファから立ち上がる。


「お父様、行ってらっしゃいませ」


 少し上擦ったミリの言葉に、バルは振り向いて微笑みながら手を振った。


「行って来ます」


 バルとラーラが手を繋いだまま部屋を出て行くと、ミリはスッとソファに腰を下ろした。

 そのミリの様子にパノは違和感を持つ。


 バルとラーラはいつも通りに戻って見えたけれど、ミリはどこか普段と違う様に、パノには思えた。

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