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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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魚を食べよう

 レントの祖父リートと祖母セリの間には、貴族の常識としての共通認識があるのは、その教育を受けて来たレントにも分かる。

 しかし、コーカデス領はこれまでの常識が通じなくなって来ているし、無理が出ている事をレントは知っていた。


「昔のコーカデス領では畜産も行われていたので、乳製品も流通していました」


 貧困の為、家畜は売られたり食べられたりして、畜産をやっていた領民も、領地に残っている者は、今は耕種農業だけを行っている。

 牛や山羊も飼われなくなったので、今のコーカデス領では乳製品の生産も行われていない。


「確かに今は、肉は狩猟で取れた猪や鹿だが、乳製品が関係あるのか?」

「はい。乳製品には骨を作る材料が含まれているそうです」

「肉だけではダメなの?」

「大人なら肉だけでも充分らしいのですが、子供が成長するには足らない様です」

「そんな・・・」

「わたくしは歳下の子供たちより体が小さかったのですが、それも骨の材料が足りなかった所為なのかも知れません」


 レントが小柄な事には、セリもリートも気付いていた。

 レントの父スルトが幼い頃に着ていた服をレントに着せると、少なくとも一歳分くらいスルトが小さい時の服が、レントにはちょうど良い。

 しかしそれが、コーカデス領で乳製品が流通していない所為だなどとは、リートもセリも思ってもみなかった。

 スルトは王都で育ったのだけれど、確かに子供の頃に乳製品は普通に与えていた。不足する事などなかった。

 コーカデス領で乳製品が流通しなくなったのだって、酒のつまみにチーズが滅多に付かなくなった事を寂しく思いながらも、リートもセリも受け入れてしまっていた。


「そして乳製品以外でそれを補う食べ物は、卵か魚なのです」

「本当なの?」

「確かに、卵も流通しなくなったな」


 スルトには卵を材料とした料理や菓子も与えていた事が、リートとセリには思い出された。


「はい。ですのでコーカデス領で手に入れられる食材で、わたくしが摂るべきなのは、魚と言う事になります」

「そんな、他にないの?」

「はい」

「卵は?野鳥の卵が手に入る事があるでしょう?」

「野鳥の卵でも、代わりにはなります」

「そうなの?それなら卵になさい。卵なら貴族が口にする食べ物なのだから」

「しかし、たまに卵を食べるのでは、わたくしの成長には足りません。わたくしには毎日、栄養が必要なのです」

「それなら毎日卵を採りに行かせれば良いわ」

「お祖母様。野鳥の卵は採れる時期が決まっています」

「そうなの?」

「そうだな」


 セリの疑問に、リートがレントの意見を肯定して頷いた。


「このままですと、わたくしは大人になった時に、女性達より背が低い事になります」


 レントは断言した。もちろん確たる根拠は持っていない。


 そのレントの言葉に、セリは声を失った。女性でも背の高さには幅があるけれど、その一番低い女性より背の低いレントの姿を想像したのだ。

 男性の背の高さは女性から見たら重要なチェックポイントだ。男性の平均より少し低いくらいなら、家柄や財産で埋め合わせる事は出来るが、女性より低いとなると、なかなか挽回が難しい。

 アピールポイントが足りない時に頼れるのは人柄になるが、レントの人柄は女性受けするだろうか?とセリは考えたけれど、直ぐには答が出せなかった。直ぐに答を出せないのが、セリの正直な答だとも言えなくもない。


 リートは思春期に、自分より背の高い男には劣等感、そして低い男には優越感を抱いた事を思い出した。

 それが女性より背が低いなんて事になったら、陰でも色々と言われるだろうが、このままコーカデス領の経営が改善しなければ、正面切っても言われるだろう。

 その時に年頃の男として、レントの心にどれだけ大きな傷を作るか、リートは想像しただけで背筋が寒くなった。


「もちろん魚を食べなくても、わたくしの身長は伸びるかも知れません」

「え?ええ、そうよね?」

「そして魚を食べても、わたくしの身長が伸びない可能性もあります」

「え?そうなの?」

「こればかりは、やってみなければわかりませんから」

「そう・・・そうよね」

「しかし背がこのまま伸びなかったとしても、出来る事をやらずに後悔に苛まれる日々を送る未来を迎えるなんて、わたくしには我慢出来ません」


 強い瞳でそう言い切るレントに、セリは何も言えなくなった。

 一方リートは、背筋の寒気から逃れる為に、レントが魚を食べるのも仕方がないと思い始めていた。


「ですのでお祖父様、お祖母様。わたくしが魚を食べる事には、目を瞑って下さい」


 そう言って頭を下げるレントに、セリがなんとか切り札を切る。


「でもそれは、スルトが許さないわ」


 顔を上げたレントは微笑みをセリに向けた。


「父上には既に許可を頂いています」


 そう言ってレントはスルトからの手紙をセリに見せた。

 レントは予め、スルトに魚を食べる許可を貰っていたのだ。


 リートは小さく息を吐きながら、セリの肩に手を置いた。

 レントの勝利が確定した瞬間である。


 この後、小魚の干物を食べるのに、頭から丸かじりするとのレントの説明で、そんな食べ方は貴族として許せないと、また一悶着起きるのだけれど。

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