22 ラーラの申し出
ラーラがコードナ家を訪れると、想定外にバルが出迎えてくれた。
「今日は騎士団の訓練の見学に行くのではなかったのでしょうか?」
「ラーラが来るって聞いたから。見学はいつでも出来るし」
こっそりと囁く様にラーラが尋ねると、いつも通りに明るくバルが答える。この場でソウサさんと呼ばれない事にラーラは落ち着かない。
「いつも通りにしていただけないでしょうか、コードナ様?」
「いつも通りだろう?」
「ですのでいつも通りに御願い致します」
「ラーラ、バルと呼び捨てで呼び合っている事は使用人達は知っているし、家族にもとっくに報告が行っているぞ?」
「それは存じておりますが、けじめは必要なのではないでしょうか?」
「親友と言う、とても親しい友人としてのけじめは付けていると思うけれど?」
「そうですか。分かりました。しかし侯爵閣下に斬首されたくは御座いませんので、わたくしはわたくしのけじめに則って対応させて頂きます」
「祖父様もそんな事をするタイプじゃないし、どうもラーラの事を気に入ってそうだけれど?」
「有難く存じますが、増長は身を滅ぼしますので」
「もう、ラーラは硬いよな」
「コードナ様とのプライベートで対等な友人関係が、わたくしにとってはイレギュラーなのです」
「まあラーラにとって俺が特別だって事なら許すけれどね」
「御容赦頂き有難き幸せに御座います」
小声でそんな遣り取りをして、二人でクスクスと笑い合う。
そこにバルの祖母デドラが声を掛けた。
「ソウサさん、良くいらっしゃいました。歓迎します」
「本日はお忙しいところ、お時間を頂き有り難う御座います。侯爵夫人様」
デドラを振り向いて、ラーラは礼を取って頭を下げた。
「え?ラーラが頼んだの?喚び出されたんじゃなくて?」
「そうですね。それなのに声を掛けられてもいないあなたがソウサさんを出迎えるとは、なんたる事ですか。バルは自分の部屋に戻りなさい」
「え?でも祖母様?ラーラは俺の友人だよ?」
「そうですね。でも、だから何だと言うのですか?ソウサさん、わたくしの夫がバルに話してしまったのです。申し訳ありません」
侯爵夫人に頭を下げられてラーラは内心慌てたが、デドラの足下に近付いて、ラーラはそこに跪いた。
「お気遣いを頂き、有り難う御座います。しかし全く構いませんので、お顔をお上げ下さい」
そう言ってデドラの顔をラーラは下から見上げる。
「あなたがそう言うと、わたくしが夫を叱れなくなるではありませんか」
「そうなさって頂ける事をわたくしは望みますので、嬉しく存じます」
「そうですか。分かりました。ソウサさんの気遣いに免じ、今回は夫を赦す事にさせて頂きます」
そう言ってデドラはラーラの手を掬い、ラーラを立ち上がらせる。
「その代わり、男性を甘やかせるとろくな結果にはならない事に付いて、ソウサさんと話をさせて頂きたいので、今日とは別に改めてその機会を作って頂けますか?」
デドラの言葉が耳に入ったバルは、少し怯む。
不穏なテーマに、ラーラは何とか笑顔を取り繕った。
「ええ、はい。よろしく御願い致します」
「夫も息子も少し遅れるとの連絡がありました」
バルの「父上も?」との疑問の声を無視して、デドラは続ける。
「申し訳ないですけれど二人が来るまでは、3人でお話しを致しましょう」
「はい。畏まりました」
デドラはラーラの手を握ったまま数歩歩いた所で立ち止まり、バルを振り返った。
「何故付いて来るのです?あなたは部屋に戻りなさい」
「え?今、祖母様も3人でって言ったじゃないか?」
「あと一人はリルデさんです」
「え?母上も?一体何の話を?」
「話が済んだら知らせます。さあソウサさん、参りましょう」
そう言うとデドラはラーラを連れて廊下を進む。ラーラが振り返ると、バルが少し情けない顔をしてラーラを見ていた。
ラーラとデドラとバルの母リルデと、遅れて加わったコードナ侯爵が世間話をしている応接室に、バルの父ガダが入室して来たが、ガダはバルを伴っていた。
「遅れて申し訳ない」
「何故バルが一緒なのです」
ガダにデドラが掛けた言葉は冷たく響く。
母親の声に叱責の音色を聞き取って、子供の頃からの積み重ねがガダの動きを抑える。付いて来たバルが応接室内に入り切れない位置で、ガダは足を止めた。
そのガダを庇う様に、コードナ侯爵が言う。
「ソウサ殿の話はバルにも関係があるのだろう?それならバルにも聞かせるべきではないか?」
「その通り。私もバルがどう思うか、聞くべきだと思う」
バルの腕を引っ張って室内に入れながらガダもそう言ったが、バルを自分の前に立たせたのは、デドラからの攻撃を防ぐ盾にしている様に見えなくもない。
コードナ侯爵とガダを順番に見ながら、リルデが言う。
「お義父様もあなたも、バルに聞かせたくないからバルのいない時をソウサさんは望んだのではありませんか」
コードナ侯爵もガダも「それはそうだが」「いやしかし」等と、口にした反論の為の言葉は呟く様で勢いなく、その後が続かない。
静な声でラーラが口を挟む。
「皆様。わたくしがバル様のいない時に皆様のお時間を頂ける様に御願い致しましたのは、バル様とわたくしが議論を始めますと多くの時間が必要になるからで御座います。ですので本日はコードナ家の皆様の御意向をお伺いするだけに止め、皆様とも議論が必要になる様でしたら改めてお時間を頂戴してもよろしければ、バル様に参加して頂いても構いません。バル様もそれでよろしいですか?」
「やはり、あの件なんだな?」
「はい」
「あの件とは?」
「俺とラーラの交際に付いてです」
「それはそうだろう?」
「他の話題でソウサ殿から相談があるとは思えん」
「ラーラは根も葉もない噂を気にしているんですよ」
「そうなのか?」
「あの噂の事か?」
「お義父様もあなたもバルも、少し静かに」
「そうですね。ソウサさん。バルだけではなくて、夫も息子もいない方がよろしいと思うけれど、いかがですか?」
「いいえ。是非侯爵様にもガダ様にも、意見を聞かせて頂きたいと存じます」
「そうですか」
「ソウサさんがそう言うのなら、参加させましょうか」
「あなた、ガダ、バル。先ずはソウサさんの話を伺いましょう」
「言いたい事があっても、ソウサさんの話が済むまでは我慢なさって下さい」
女性達の仕切りに男性達は肯いた。




