レントの封筒
国王と王妃との昼餐会からの帰りの馬車で、元王女チリン・コーハナルはミリに向かって頭を下げた。
「ミリちゃん、ごめんなさい」
それを受けたミリは目を見開き、固まった。
王家を出たとは言え、王位継承権を持つチリンに頭を下げられるとは、ミリは思ってもいなかった。
ミリがなんの反応も出来ない内に、チリンは顔を上げる。まだ固まっているミリを見て、チリンは苦笑した。
「国王陛下も王妃陛下も、ミリちゃんをほとんど無視していたでしょう?」
「いえ、あの、予定になかった相手との会食ですから、会話が弾まないのも仕方がありません」
「そう言うものではないわ。主催者なのですから、ゲストを饗さないと」
今日の昼餐会は元々、チリンと夫のスディオ・コーハナルが参加する事になっていた。国王も王妃もその積りでいた。
しかし本日、チリンに同伴して来たのはミリだった。
ミリと王族との昼餐会に反対する勢力が王宮に存在する為、中々実現させられなくて、チリンが奇策を講じたのだ。
「それでも国王陛下も王妃陛下も、私に話し掛けてはくれましたし」
「話し掛けたって、何歳になったのかと身長はいくつなのかだけでしょう?」
「そうですけれど、私向けの話題を用意してはいらっしゃらなかったでしょうし、私も話題を全然提供出来ませんでしたから」
「私が会話を回さなければだったのよね」
そう言ってチリンは溜息を吐く。
「国王陛下はともかく、王妃陛下は私に子供が出来ない事を話題にする積りだったでしょうし、スディオと二人で来ていたら、そればかり言われていたと思うわ。昼間から」
「サニン殿下が可愛いと仰っていましたね」
「孫は可愛いらしいものね。ミリちゃんの前で直接的な話が出来ないから、遠回しに私が子供を産む事を催促したのよね。ソロン王太子殿下が早く二人目を儲けて下されば良いのよ。そうすれば国王陛下も王妃陛下もそちらに意識が向くだろうし、私とスディオは王都を離れて、コーハナル領に向かえるのだから」
それは少し寂しい、とミリは思った。
そうなったら滅多にチリンとスディオには会えなくなる。
「その時はミリちゃんも一緒に行く?」
ミリの表情を読んだチリンがそう問い掛けた。
「是非!あ、でも・・・」
「でも?なあに?」
「その・・・お二人のお邪魔になるかと」
「子供が何を言っているの?私もスディオもミリちゃんの事は妹と思っているのだから、一緒に行けるならスディオも喜ぶわ。もちろん私もよ?」
そう言って微笑むチリンに、ミリも微笑みを返した。
「ありがとう、チリン姉様」
チリンに送って貰ってミリが家に帰ると、ミリの父バルと母ラーラが出迎えた。
「チリン様。本日はミリの為にありがとうございました」
「ありがとうございました」
バルとラーラが揃ってチリンに頭を下げた。
「いいえ。私の方こそミリちゃんに付き合って貰ったお陰で、国王陛下と王妃陛下から余計な事を言われずに済みましたので」
チリンの返事にバルもラーラも苦笑を浮かべるけれど、言葉は返せなかった。下手な事を口にすれば不敬に当たる。元王女であり国王王妃夫妻の娘のチリンに、同調するのは危険だ。
チリンにお茶を勧めるが、チリンはスディオが待っているからこのまま帰ると言う。
それなのでチリンには、バルお勧めのお菓子を土産に持たせて帰らせた。
居室でお茶を飲みながら、昼餐会に付いてミリがバルとラーラに報告をする。
しかし、ミリにはあまり話す事がなく、報告自体は直ぐに終わった。
まだ飲み終わらないお茶に口を付けていると、バルがミリに一通の手紙を渡した。
差出人はレントだ。
既に封印の割られている封筒を開き、ミリは中の手紙を取り出す。
その時に1枚の葉が一緒に封筒から出て、テーブルの上にひらりと落ちた。
ミリはその葉を摘んで見る。間違えて入り込んだのかな?
手紙には、レントが無事にコーカデス領に着いた事と、お菓子が美味しかった事、会話が楽しかった事が書かれていた。
ミリはもう一度、葉を摘む。
「なんだろう?」
その呟きにラーラが反応する。
「便箋の2枚目に、その葉の説明があるわよ」
便箋を捲ると、2枚目に確かに文字が書かれている。それも、1枚目より文字数が多い。
ミリは本文と追伸のアンバランスさにおかしさが込み上げて来て、フッと笑いを漏らした。
「防虫防カビの効果があるのですね」
「押し葉にしても、効果はあるのかしら?」
「どうでしょう?お母様はこの草をご存知ですか?」
「ええ。でも私が知っているのは、その草を燻した煙で虫除けにする方法ね。カビの防止になるのは知らないわ」
「試してみましょうか」
「わざわざ?止めて起きなさいよ。カビだらけになったらどうするの?」
嫌そうなラーラの表情を見て、ミリは小さな声で「そうですね」と返した。
自室に戻ってからミリは、レントからの手紙の封筒を見ていた。封筒はどうも手作りの様だ。
コーカデス領では市販の封筒が手に入らないのだろうか?
そんな事を考えながら、ミリは封筒がどの様な作りになっているのか、分解してみる事にした。
そして、封筒の内袋を取り出すとそこに、「気付きましたか?」と書かれていた。
もしこれが、家族のチェックを潜り抜けて、ミリとの秘密の連絡を狙っているのだとすると、大変危険だ。
でもミリはその、レントとの秘密の遣り取りに、とても興味を惹かれた。
ミリは返信として、自分も自作の封筒を使った。ただし内袋には何も書いてはいない。
その手紙と一緒に、市販のレターセットと日持ちのするお菓子も送る。
これで次にレントが、ミリの送った封筒ではなくて自作の封筒を使って来て、内袋にまたメッセージが書いてあったのなら、レントはミリとの秘密の連絡を狙っていると言う事だ。
ミリはレントからの返信を楽しみにした。




