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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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勝利への一歩

 祖父リート、祖母セリ、父スルトの様子に、レントは(あと)一歩(いっぽ)だと考える。もちろんニヤけたりしない様に、顔には出さない。


 レントは上半身を起こしながら、掛け布団を(めく)った。

 腰に1枚だけ巻いていた布も布団と一緒に捲れ、レントは裸の全身を現した。

 アバラも腰骨も浮いて見えるし、腕同様に足も細い。

 腰布が取れたのは想定外だったけれど、まあ良いか、とレントは流した。


 ベッド脇に座り、天蓋の柱に掴まりながら、レントは立ち上がった。

 柱を手放すと、一歩足を出すより早く、レントの体が傾く。


「レント!」


 リートが手を伸ばすけれど、足は出ない。代わりにセリが駆け寄ってしゃがみ込みながら、倒れ込むレントを腕に抱き止めた。


「レント!大丈夫?!」

「申し訳ありません、お祖母様」


 セリの腕の中から、レントは見上げて微笑む。

 二人の脇に遅れたリートが片膝を突いた。


「ほら、ベッドにお戻り」


 そう言ってリートがレントを抱き上げようと腕を差し出すと、レントはリートの前腕に手を載せて、首を左右に振る。

 そしてリートの顔を見上げ、ドアの所に立つスルトに顔を向け、次にセリの顔を見上げる。

 セリを見詰めながら、レントは微笑んだ。


「どうやら室内の移動にも、(こと)()く様です」

「レント、大丈夫よ」

「わたくしのこの体を見ても、お祖母様はまだ、わたくしが治ると仰るのですね?」


 セリは咄嗟に言葉が出なかったが、代わりにリートがレントの背中に手を当てながら、「大丈夫だ」と大きく頷いた。


「良い医者を必ず連れて来る。だから心配するな」


 レントはリートを振り返って、小さく首を左右に振る。


「お祖父様。わたくしに必要なのは医者ではありません」

「いや」

「いいえ」


 レントがリートの言葉を強く早い口調で遮った。


「わたくしの足はこれ程細くはありませんでした」

「それは病気が治れば直ぐにでも」

「いいえ。お祖父様?お祖父様は体を鍛えると筋肉が付くことをご存知でしょうか?」

「筋肉が?当たり前ではないか」

「そうですよね?馬上槍の名手と呼ばれたお祖父様の腕の筋肉は、生まれ付きですか?それとも以前わたくしに話して下さった通り、(たゆ)まぬ訓練の賜物ですか?」

「もちろん訓練によるものだ」

「リート!」


 レントの誘導に易々と乗るリートをセリは睨む。


「いや、だが、セリ。この筋肉はそうなのだ」


 セリに向けたリートの言葉に、レントは頷いた。


「わたくしのこの脚は、お祖父様の腕の逆です。ベッドで寝てばかりいたので、筋肉が落ちたのです」

「いや、それだけで筋肉が落ちる筈はない」

「お祖父様の腕も、昔はもっと太かったのでしょう?」

「それはそうだが、これだって何年も掛かって筋肉量が落ちたのだ」

「それはお祖父様が普段の生活にも、腕を使っているからです」


 レントは根拠を持ってはいなかったけれど、断言をする。


「それに比べてわたくしは、立つどころか、脚を動かす事がほとんどありませんでした」


 実際には栄養の不足により、脂肪だけではなく筋肉も分解されてエネルギー源に使われた為、リートの体は細っていた。

 ただ、動かさない事で、脚の筋肉が優先して分解されたのは、事実だった。


「さすがに誰かに背負われたり、担架で運ばれたりしなければ移動出来ない生活は、わたくしは避けたいのです」


 そこでレントはまたセリを見る。


「わたくしがコーカデス家の跡取りでなくなれば、剣の練習で誤って死のうが、馬から落ちて死のうが、構いませんよね?」

「レント・・・違うの・・・違うのよ」

「いいえ、お祖母様。想像して見て下さい。骸骨の様な姿の動かない子供と、ふっくら健康で活発に動ける子供。お祖母様はどちらが貴族家の跡取りに相応しいと思いますか?」

「それは、でも・・・」

「やはり、大切なのは血筋ですか?」

「それはそうです。当たり前ではないの」

「ではお祖母様は、どちらの子を愛せますか?」

「え?」


 言葉を詰まらせたセリに、レントは微笑みを向ける。それは勝利の手掛かりを感じた喜びから来る笑みだった。


「レント。そこまでにしなさい」


 リートがスッとレントを抱き上げた。


「お前が剣を習うのも、乗馬を習うのも、ダンスを習うのも、確かにお前のお祖母様が禁止を言い出した事だ。しかし最終的に禁止を決定したのは、コーカデス家の当主であるお前の父だ」


 リートはそう言いながら、レントをベッドに下ろす。


「だからそんな風に、お祖母様を追い詰めるな」


 そう言ってリートはレントの頭を撫でた。


 レント的には、祖父リートも祖母セリと同程度の責任があると思っていた。しかしリートに対してはリート本人を攻めるより、セリを責めた方が効き目があるとレントは考えていた。どうやらやはり、レントの読み通りの様だ。


 セリに対しては、レントがダンス中に倒れた時に、レントの叔母リリをセリが責めた事にレントは不満を感じていた。リリはレントの作戦に巻き込まれただけだ。それなのにセリはリリを傷付ける言葉を投げ付けていた。

 その時にリリを庇わずセリを(たしな)めなかったリートも、レントから見たらセリと同じだ。

 ただしレントもあの時に、リリを庇えてはいなかった。苦しくて言葉を出せなかったからだ。そしてそれをレントは後悔している。


 取り敢えず、二人に感じていた鬱憤が少しは解消出来ていたので、レントはリートの言葉に素直に「はい」と頷いた。


 そしてレントはベッドの上から、視線をドアの傍に立ったままのスルトに向ける。



 これで運動が解禁される筈だとレントは考えた。

 跡継ぎから(はず)れれば、剣も乗馬もダンスも禁止し続ける理由がなくなる。

 跡継ぎに残すとしても、この体を見て、このまま次期当主が務まるとは思わないだろう。そして体を鍛える方向の結論を出すに違いない。

 そう考えると、クスリにマイナスイメージを付けてくれたコーカデス家の主治医に対して、レントは少し感謝を感じた。あれのお陰で、医師やクスリで解決する選択が採られ(にく)くなっている。クスリの所為で苦しんだ甲斐があって良かった。


 もしかしたら、スルトはこのままの方針を取り続けるかも知れない。確かにそれも無いとは言えない。

 そうなったら根比(こんくら)べだ。

 幸い、食欲がないので、食べないのには我慢はいらない。ベッドに寝っ転がったまま、勉強するのにも大分慣れた。

 考える時間もたくさんあるし、現状のまま変化が起こせなくても、何か次の作戦を思いつくだろう。


 今の状況に満足して、この後の展開にも前向きな気持ちになっているレントは、自然な笑みをスルトに向けた。

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