跡継ぎに必要
レントは顔を上げ、祖父リート、祖母セリ、父スルトを見る。
「お祖父様。お祖母様。父上。わたくしは寝た切りでも、執務の手伝いが出来ると思います」
「レント・・・」
リートは眉間に皺を寄せ、レントの名を呼ぶだけで言い淀んだ。
セリが首を左右に振りながら、レントの言葉の前提を否定する。
「あなたは治ります。だから寝たきりなんて言わないで」
「ですが、わたくしが治ると言ったのは、あの医者なのですよね?」
レントは主治医を「あの医者」呼ばわりした。
「他の医者を探しますから」
「そうだとも。もっと信用できる医者を王都から連れて来る。スルト、構わんな?」
「え?医者に何かあったのですか?」
話の見えないスルトに訊かれ、リートが答える。
「あのヤブが出した薬で、レントが酷い目にあったのだ」
「そうですよ。レントが上げたり下したり、大変だったのだから」
レントを診ていたコーカデス家の主治医は、レントの体調が戻らない為、効き目の強い薬を処方した。それを弱っていたレントの体が、受け付けられなかったのだ。確かにヤブ医者と評価されても、仕方のない状況だった。
「でもね、レント。必ずあなたは治りますから、跡を継がないなんて言わないで」
「お祖母様?お祖母様の仰る治るとは、わたくしがどんな状況になる事を想定していらっしゃるのですか?」
「それは、元通りに、元気に立って歩いて、幸せに暮らせる事ですよ」
「ダンスは習わないのですよね?」
「え?ええ、もちろん。もうダンスを踊ってはなりません」
「そうするとわたくしは、体を動かすのが邸の中の移動だけになります。今の状態からですと健康は望めませんが、ただ生きていれば良いのですね?」
「何を言っているの!」
「良い医者を探してやるから心配するな」
「お祖父様。どうせ探して頂くのなら医者よりは、健康な跡継ぎの方がよろしいかと思います」
「私の実家を頼るなんてダメよ!」
「え?」
脈絡の分からないセリの発言に、スルトは眉を顰めた。
「母上の実家を頼るとは、なんの事ですか?」
「なんでもありません。レントが以前、その様な事を言っていただけです」
「お祖母様の実家を頼らないのでしたら、父上が再婚なさるのでも良いと思います」
リートとセリは言葉が出ない。そして内心ではレントの言う通りだと思っていた。
「父上?付き合っていらっしゃる方と、結婚なさったりはなさらないのですから?」
「え?何故レントが彼女達の事を知っているんだ?」
スルトに外に女性がいてもおかしくはないと、レントは考えていた。それなので、いてもいなくてもどちらでも通じる様な、訊き方をしたのだ。
しかしまさか複数人の女性がいるとは、レントは思っていなかった。
そして、リートもセリもスルトに女性がいるだろうとは思っていたし、二人はスルトの相手が複数でもそれほど驚かなかった。
「その方達に跡継ぎを産んで頂けば、よろしいのではありませんか?」
「・・・彼女達には子供を産ませない」
その答えでレントは、スルトの相手の女性が平民なのだと確信する。もっとも相手が貴族女性なら、婚約話が出ている筈だ。それにそもそも貴族女性が相手なら、複数人と付き合う様な、トラブルしか招かない危険を犯す筈もない。
でもそれなら自分に都合が良い、とレントは考える。
つまりスルトに取ってレントは、唯一の子供でいられる。少なくとも今日のところは、それを前提として話を組み立てて良いのだ。
「もしわたくしに跡を継がせるのなら、その為にはわたくしが健康にならなければならないと思います」
「もちろんよ。直ぐに良くなるわよ」
「いえ。領主となるのでしたら、邸内を歩ければそれで充分とはなりません。父上の様な、領地内の視察はどうするのですか?」
スルトが女性と付き合っている話が出た直後なので、視察先に女性を囲う事をレントが言っているのかとリートもセリもスルトも思い、三人は直ぐに言葉が出なかった。
「わたくしは馬車にも乗れませんので、代わりの人に各地に行って貰う事になるのでしょうか?それでしたらその人を領主とするのでも、良いのではありませんか?」
続いたレントのその言葉で三人共、自分の誤解を悟る。
スルトが眉根を寄せて、レントに尋ねた。
「馬車に乗れないとはどういう事だ?」
「王都でコードナ様の馬車に同乗させて頂きましたが、乗っているのがとても辛かったのです。長い距離は乗れそうにありません」
「コードナ家の馬車が?」
「コードナと言っても侯爵家のではなく、バルの馬車だろう?」
「そうだとは思いますが、乗せていただいた馬車は、とても立派な物でした」
「王宮に乗り付けたのですよね?バルの馬車だとしても、お金を掛けているのではない?」
「それに王都ですので、路面は整備されているのだと聞きました。それでもわたくしの体では、揺れに耐える事が出来ませんでした」
「え?レント?まさかその馬車の中で粗相なんてしなかったわよね?」
「はい。コードナ様と別れるまで、無様な姿を見せてはいません」
レントは馬車から馬に乗り換えて、風に当たったら気分の悪さが治まった。
「いや、だが、レント?王都には騎馬で往復したのだよな?」
スルトが眉間の皺を深くしてレントに訊く。
「はい」
「それはどうやったのだ?馬車より揺れるし、体力も使うだろう?」
「わたくしの乗馬は見様見真似です。ですのでわたくしには堪えられても、馬には負担を掛ける乗り方だそうです。ただわたくしの体重が軽いので、馬が何とか耐えてくれた様でした」
リートが「だが」と口を開く。
「旅立ちを見送った時は、ちゃんとしていたではないか?良い姿勢で乗っていたぞ?」
「礼儀作法のお陰で、上半身の姿勢は長時間保つ事が出来ます」
「それはつまり、騎馬なら領地も回れると言う事か?」
「今のまま、体重が軽ければ可能な筈です」
口を閉じている三人をレントは見回した。
「コーカデスの領主になる人にはじっくりと領地を見て回って貰って、私は領都で執務の補佐をするのが、我が領の将来に取っては理想的ではないでしょうか?」
レントの言葉に三人は、言葉が出ないままだった。




