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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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ダイエット作戦

 痩せ細ったレントの姿を見た父スルトの心には、様々な思いが浮かぶ。その中で最も鮮烈だったのは、気持ちが悪い、だった。

 それは、スルトをレントの寝室まで連れて来たのに、スルトの後ろに立ったままレントに近寄らないレントの祖父リートと祖母セリに付いても、自分と同じ様に感じている様にスルトには思えた。

 そもそもこのレントを前に、二人は自分に何をさせる積りなのだろうか?スルトにはその見当が付かない。


 そしてスルトの頭には、跡取りである事を辞退すると記して来た、レントの手紙が思い浮かんだ。

 レントに継がせないとするなら、誰に継がせるか?


 レントの手がゆっくりと持ち上がる。よく見るとレントは目を薄っすらと開けていた。

 まだ生きてはいるのだよな?スルトの頭にそう浮かぶ。でも、もうすぐにでも、事切れそうだ。

 つまり、両親は自分に、息子の死に目に立ち会わせようとしていると言う事か?スルトはそう考えた。


「え?父上?」


 耳に入ったその声が誰のものなのか、スルトは直ぐには分からなかった。

 レントから聞こえた様に感じたけれど、そのしっかりとした声の調子は、目の前のレントの見た目とは合わなかった。


「どうしましたか?」


 しかし今度ははっきりと、レントの唇が動いて言葉が出た様に、スルトには見えた。

 あれ?見た目より元気なのだろうか?


「レント?」

「はい、父上」


 やはり見た目を裏切るしっかりとした口調をレントはしていた。


「ご無沙汰しております。何か御用でしょうか?」

「いや、別に」

「別にではないでしょう?」


 スルトの後ろから、セリが声を掛ける。


「レントの様子を見て、言う事はないの?」

「言う事と言っても、そうですね。しばらく見ない内に大分痩せた様だなとは思いますが」

「それだけ?!」

「落ち着け、セリ」


 スルトの服の背中を掴んで()するセリをリートが止める。


「スルト。レントは気付いたら痩せていたのだ」


 リートがスルトにする説明は、あまり現状理解の役には立ちそうにない。


「医者が言うには、命には別状がないとの事だが、そうは見えんだろう?」

「そうですね」


 スルトにもレントが死にそうには見えた。しかし声はそうでもない、とはスルトは思ってはいたけれど、口に出さない。


 その三人の様子を見て、レントは口を開いた。


「こんな姿になってしまいましたので、コーカデス家の跡継ぎ候補からはわたくしを外して頂けますか?」

「なんでそんな事を言うの?!」


 セリは「そんな事」の方を問題にしているのに、レントは「なんで」の方に答える。


「わたくしを跡継ぎにと考えていらっしゃるお祖父様とお祖母様と父上の三人が揃っていらっしゃるので、決断を下して頂くチャンスかと考えて、言い出してみました」

「馬鹿な事を言うのではない!」


 背中から聞こえたリートの怒鳴り声に、スルトはビクリとした。しかしリートに怒鳴られたレント本人の方は、しらっとしている。


「そうですよ!レントは健康になる事だけを考えれば良いのです」

「どうやってでしょう?」

「え?・・・どうって、それは・・・」

「いっぱい食べていっぱい寝て、体調を取り戻すのだ」

「そうよ。そうですよ」

「今もたくさん寝てはいるのですけれど」


 そう言ってレントは苦笑した。


 実はレントは最初、ここまで調子を崩してはいなかった。ベッドで数日過ごす事になり、食欲が落ちたのがきっかけだった。

 その時に、このまま少しでも痩せたらみんなが心配して、自分を甘やかして我儘を叶えて貰えるのではないか、とレントは考えたのだ。

 そこでダイエット作戦の開始である。


 それなのに、スルトはレントに会わないまま、視察に出掛けてしまった。

 コーカデス家の最終的な決定権を持つ当主であるスルトが不在となった為、レントは作戦を中止するべきか迷う。

 しかし、顔も見ずに出掛けた父親に対して少しヘソを曲げていたのもあって、レントはダイエットを続ける事にした。


 そして一向に良くならないレントに対して、コーカデス家の主治医は、体内の毒素の所為で食欲がわかないのだと診断し、薬を処方したのだ。

 この薬の所為で、レントはますます食欲を落とした。


 飲まず食わずでは死んでしまう事は、当然レントも分かっている。

 それなので、何とか果実を口にしたし、意識して水分も摂っていた。

 栄養は偏ってはいたけれど、一日中ベッドにいる分には、何とか事足りていた。



 レントと二人との遣り取りを見聞きしたスルトは、やはりレントが見た目より元気そうだと思う。

 レントの見た目には驚いたけれど、医師は問題ないと言っているのだし、自分の両親が孫可愛さに騒いでいるだけだ、との結論をスルトは出した。


「それならもっと食べるんだな」


 スルトはそうレントに言うと、自分の両親を振り向く。


「レントは大丈夫そうですので、私は執務に戻ります」

「なんですって?レントのこの姿を見て、良く大丈夫なんて言えるわね?!」

「いや、ですが父上も今、食べて寝れば治ると仰っていたではありませんか?」

「そんなの!レント本人の前で、本当の事を言う訳にはいかないじゃないの?!」

「セリ!」


 セリの言葉とそれを咎めるリートの表情を見て、もしかしたらやはり深刻な事態なのだろうかとスルトは思う。


「その話は向こうでしよう」

「いいえ、お祖父様。是非わたくしの前でなさって下さい」


 二人と退室しようとするリートに、レントが声を掛けた。


「医者はわたくしの事をなんと言っていたのですか?」

「それは・・・」

「直ぐに良くなると言っていたわ」


 言い淀んだリートの代わりにセリが、先程口走った内容とは合わない言葉を告げる。


「そうですか」


 レントは静かに返して視線を下げた。

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