レントのダンスと体力レベル
レントのダンスの授業はいつも、レントの叔母リリの暮らす離れで行われていたが、レントの体力確認は本邸の広間で行われる事になった。
結果として、レントの体力不足はレントの自己申告通りではあったのだけれど、祖父リートと祖母セリの想像を色々と越えていた。
まずリートとセリが驚いたのは、リズムはリリが手拍子と所々でカウントを取り、メロディはリリがスキャットで表現している事だ。
「タンタララ〜、タンタララ〜、1、2、3、少し遅いです、1、2、3、タンタララ〜、遅れています、1、2、3」
楽器の演奏者がいないのだから当然こうするよりは他にないのだけれど、リートとセリはそれすら考えていなかった。
自分達がダンスを習った時には、普段の練習でも数人の演奏者が曲を奏でていた。リリやレントの父スルトに習わせた時も同じだ。
「ずっとこうだったのかしら?」
「そうかもな。演奏者を解雇したのがいつ頃だったか、分かるか?」
「気付いたらいなかったけれど、結構前よね?」
「レントがダンスを習い始めるより前だったかな?」
「そうだったかも」
リートとセリは、踊るレントに目を向ける。
そしてレントのダンスはとても酷かった。
三拍子の曲では、12拍で11の動作しか行えていない。リズムの裏を取ったり表に戻ったりするけれど、それは偏にレントの動きが硬いからだと思われた。
体を動かす事自体にレントは慣れていない。瞬発力もないから、少しタイミングがズレたら追いつけない。それなのに記憶は良いから、ズレたまま踊れてしまう。
不思議な事にリリがテンポを落としても、レントのダンスは同じ様にズレていった。
そして曲の途中でレントは倒れた。
「レント!」
「え?レント?!大丈夫?!」
セリが慌ててレントに駆け寄る。一拍遅れてリートもレントに近寄った。
レントは二人の声にも動きにも、反応を返さない。
レントは足が絡まったとかではなく、力尽きていたのだ。
いつもならとっくに座り込んでいたけれど、それをやるとリートとセリに演技かと思われるかも知れない。そう考えてレントは、いつもより無理をする事にしていた。
しかしただ無理をしても、体が知らせる危険信号は無視出来ない。
そこでレントは王宮の広間で、王族や貴族の見つめる中、たった一組で踊っている自分達の姿を想像する事にしていた。本番同様の緊張感を持つ事で、自分を追い込もうとしたのだ。
その時の相手に思い浮かんだのは、ミリ・コードナだ。
想像した場所が、ミリと出会ったサニン王子の茶会で使った会場だったから、ミリが浮かんだのかも知れない。同じ年頃の女の子はミリしか知らなかったから、仕方がないのかも知れない。
けれどミリが頭に浮かんだからレントは、場所に王宮の広間を想像したのかも知れなかった。
想像のミリとのダンスは思わず楽しくて、レントは知らずに気付かず限界を越えていた。
倒れて動かないレントを見て、リートは大慌てだったが、セリは半狂乱になった。
「レント!レントしっかり!」
「お母様、落ち着いて」
「レント!」
「お母様、揺らしたらなりません。お父様、お母様をお願いします」
「あ、ああ」
リリは医師を呼ぶように使用人に指示をして、レントに抱きついて揺さぶるセリを引き剥がし、リートにセリを抑えて置いて貰う。
セリがリリを罵倒する。
「リリ!お前はレントになんて事をするの?!レントはこのコーカデスの跡取りなのよ?!お前なんかと違って大切な体なのよ?!そんな大事な事も分からないの?!」
「リリ?レントは大丈夫か?」
リートはセリに抱き着いて抑え込みながらリリに尋ねるけれど、それに対してリリは応えない。
リリはレントを床に仰向けに寝かせて呼吸や心拍を確認し、体温の上昇に気付くと手でレントの顔を扇ぎながら、ハンカチで汗を拭った。
「リリ!レントに何かあったら、お前を許しませんよ!」
リリはセリのその言葉にも、何の反応も返さなかった。
医師の見立てではただの疲労で、レントの命に別状はない。
しかしセリは、レントのダンス練習を禁止する事を声高に宣言した。
そしてレントは丸一日、自力ではベッドから出られなかった。それは全身の疲労と激しい筋肉痛の所為だった。
レントの父スルトは領内視察から数日振りに邸に戻ると、レントが倒れた報告を受けて驚いた。
倒れた翌日には自力でベッドから出られていたけれど、今もレントは日中もベッドで過ごしている。だが命には別状がないとの説明を受けて、スルトはレントの顔を見るのを後回しにする。
取り敢えずスルトは、領主としての政務を熟す事を優先した。
レントからは直ぐにスルトの下に、話をしたいので時間を作って欲しいとの連絡が来た。
それに対してスルトは、時間を確保するのは難しいと返す。
すると同じ邸にいるのにレントから、スルトに手紙が送られて来た。
スルトはミリとの件を書いて寄越した前回のレントの手紙を思い出して、今回の手紙を読む気にはどうしてもなれず、封を開けるのを後回しにする。
リートとセリはそれぞれスルトの執務室に押し掛けて来て、セリはレントのダンス練習を禁止させた事を言い、リートはレントに体力を付けさせる為に何とかしなければならないと言う。
二人の主張が異なるので、スルトはレントに関しての検討をすると、かなりの時間が掛かりそうだと考えた。そしてレントに関する事は、なにもかも後回しにする判断を下す。
レントからの手紙をスルトが思い出したのは、また視察に出る為に資料を纏めていた時だ。
正確には思い出したのではなくて、資料の山の下からレントの手紙を見つけたのではあった。




