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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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双葉の香り

「お兄様?そんな何年も先の事を言われても、ミリちゃんだって答えられませんよ」


 少し他の事に意識を取られていた為にミリの返事が遅れたけれど、元王女チリン・コーハナルが代わりにソロン王太子に返した。


「だが、受けて貰えるかはともかく、選択肢の一つとして意識して貰うには、早目のアプローチは有効だろう?」

「そうなのかも知れませんけれど、それにしたって、ねぇ?ミリちゃん?」

「はい。王太子殿下に将来のわたくしを高く評価をして頂くのは、光栄の至りではございますが、サニン殿下の側近を務められる程の有能な大人に、わたくしがなれるとは、限りませんので」

「ハタチ過ぎればタダの人って?」

「はい」


 と反射で答えたけれど、ミリは少し慌てる。

 しかしミリが訂正する前に、チリンが口を出す。


「お兄様?それはどういう意味?」

「これは他国の諺だよ」

「あの、申し訳ございませんが、訂正させて頂きたく存じます」

「どうしたの?ミリちゃん?」

「その諺は、幼い時には優秀でも、大人になったら特に優秀でもなくなると言う意味なのですけれど、それを肯定すると、今の自分は優秀だと暗に認めている事になります。その意図はございませんでした」

「謙遜するのは良いけれど、ミリちゃんは優秀よ?」


 謙遜ではなく、ミリは自分ではそう思っている。

 最近は周囲が意識してミリを褒める様にしているけれど、ミリにはそれがどうしてもお世辞に聞こえてしまう事が多い。

 それなので、ミリの自己肯定感は低いままで、あまり改善されていない。


「それにミリ殿の言葉は、私の(くだ)したミリ殿への評価が、誤っているとの指摘になるよ?」


 ソロン王太子の言葉に、ミリは立ち上がって頭を下る。


「申し訳ございません!」

「お兄様!ミリちゃん、大丈夫よ?ソロン王太子殿下は笑っていらっしゃるから、冗談だから、顔を上げて見て御覧なさい」

「ミリ殿、ごめん。悪かったね?大丈夫だから、ほら、座って」


 二人に勧められて、ミリは座り直した。


「でもね、ミリちゃん?ソロン王太子殿下は笑っていても、本気の時があるから要注意よ?」


 それはそうかと思い、ミリは頷こうとして、思い留まった。

 ここで頷いたら、ソロン王太子を警戒すると言っている意味になる。


「それは私に限らないだろう?」

「それもそうですけれどね」


 取り敢えず、ミリは応えなくて済ませられた。


「それでねミリ殿?私のミリ殿への評価を表すなら、センダンはフタバより(かんば)し、なんだよ」


 ミリは、この言葉をどう受け取って良いのか、悩んだ。


「お兄様?それも諺なの?」

「そう、他国のね」

「どういう意味なのですか?」

「ミリ殿。チリンに説明して上げて貰えるかな?」


 ミリはソロン王太子の表情を見て、「はい」と答える。


「香木に使われるセンダンと言う木が他国にはございます。この諺の国では、その木は種から芽が出た時から良い香りを放つとされております。そこから、優れた実績を持つ人に対して、幼い頃からずっと優秀であった事を讃える時に使われる言葉になりました」

「そうなのね」

「はい。今の場合は、まだ何も実績のないわたくしに対して使う事で、ソロン王太子殿下がわたくしのこれからの成長に付いて、期待して下さっている事の意味になるかと考えます」

「その通りだよ、ミリ殿。そして期待以上の解答だ」


 ソロン王太子は笑みを浮かべ、楽しそうな声で言った。


「ミリ殿は他国に付いても色々学んでいるとは聞いていたけれど、本当なんだね。それに私の意図の解釈も見事だ」


 これは褒められてはいる言葉だ。


「お褒め頂きまして、恐縮にございます」

「ミリ殿にサニンを手伝って貰えるなら、こんなに心強い事はないよ」

「その様なお言葉を頂き、恐縮の極みにございます」


 ソロン王太子はミリの様子を見て、満足そうに頷いた。


「チリン」

「はい、お兄様」

「コーハナル侯爵に貸して頂く文官は、ミリ殿が良いな」


 いくらなんでもお世辞が過ぎる、とミリは思う。


「何を仰っているの?ミリちゃんはまだ子供なのだから、ダメです」

「もし不足があっても、王宮で働きながら学べば良いよ」

「違いますよ。まだ子供なのだから勉強以外にも、色々と経験したり遊んだりしなければなりません。働くのはその後です」

「ふっ。そうか」

「そうですよ。それにミリちゃんはコードナ侯爵家のご令嬢です。コーハナル家が勝手な事は出来ません」

「それはそうだね」


 ソロン王太子とチリンの会話を聞きながら、ミリはホッとしていた。

 最近になって授業時間は減ったけれど、やる事はかなり増えている。三家に残された資料を読み()かなくてはならない。

 それなのに、王宮に出仕させられたら堪らない。

 多分、近場に行商する時間も奪われる事になるだろう。


 取り敢えず今日はこのまま帰れそうだと思いながら、先程の諺に付いてミリは考える。


 あの諺がある国のセンダンは、香木になるセンダンとは違うと、船員達からミリは聞いている。同じ名前だけれど別種だそうで、諺の国のセンダンには特に香りはないらしい。

 そして香木に使われる方のセンダンでは、双葉には香りがしないそうだ。

 ソロン王太子はミリに対して、香りがないと言った訳ではなさそうなので、諺の解釈は合っていた筈だとミリは思う。

 船員からは同じ意味で、「小さくても鮫は鮫」との諺をミリは教わっていた。子ザメは人を襲う事はないけれど、噛まれたらやはり大怪我になるそうだ。

 この国にも同じ意味で、「毒蛇は卵から毒を持つ」と言う言葉がある。子ヘビも人を襲う事はないし、これは諺と言うよりも、危ないからイタズラをするなと言う、子供達に対しての警句だろうけれど。毒蛇でも卵には毒がないらしいけれど、傍に親ヘビがいるかも知れないから、子供は近付かない方が良い。


 ミリはセンダンに付いて、ソロン王太子に話すべきか考えた。

 しかし知識をひけらかす様にも思えるし、ミリが実際にセンダンの双葉の(にお)いを嗅いだ事がある訳でもない。

 それに、ヘビやサメに喩え直されるのも気が乗らなかったので、まあ良いよね、とミリは心の中で結論を付けた。

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