子供に訊く事
ソロン王太子の驚きの表情を見て、元王女チリン・コーハナルは自分の言葉を慌てて弁解した。
「あ!違う違う、違うわお兄様。恋愛とかそちらよ?男女の感情とか繁栄戦略とか、そう言う心理的な事や進化的な事に、ミリちゃんは詳しいの」
「え?繁栄戦略?」
「そう。だからミリちゃんは、お兄様が今思い浮かべた様な事に、詳しい訳ではありませんからね?誤解しないで」
「いや何も思い浮かべていないし、だから誤解もしていないから大丈夫だけれど、うん、そうか」
ソロン王太子がホッとしたのを見て、ミリは自分が思い浮かべた事をソロン王太子が想像していた事に気付き、少し困った顔をした。
もちろんミリは、実技は良く分からない。しかし船員に教わった知識は持っている。避妊方法は特に詳しい。
チリンは二人の様子を見て、やがてはミリにも男女の営みについても教える必要があるけれど、誰が教えるのだろうかと考えた。
ミリの母のラーラに教えさせるのは酷だ。
パノなら知識はあるだろうけれど、経験はない筈。
ミリが貴族として生きていくのなら、ソウサ家の誰かよりは、コードナ侯爵家かコーハナル侯爵家の誰かの方が良いだろう。
そうすると、ミリがコードナ侯爵領まで行ってバルの兄達の妻に教わるか、王都の祖母の世代に教わる事になるのかも知れない。その為に領地に行くのはどうなのだろう?それに祖母が孫に教えるのなど、聞いた事がないけれど。
もしかしたら自分が教えなければならないのかも、とチリンは思った。帰ったらみんなに相談しなければ。ミリを妹の様に思っている、夫のスディオは嫌がるかも知れない、ともチリンは思う。
「それでミリちゃん?王家の秘術だけれど、何か知っている?」
「いいえ、全く、聞いた事もございません」
「それなら何か思い付く?」
「え?妊娠を促したり、流産を避ける方法でしょうか?」
「ええ。ピンと来るものはない?ふとしたアイデアでも良いわよ?」
ミリは逆に、避妊方法が使えるかも、と思った。避妊の逆をすれば良いのだ。でも避妊に付いては詳しくても、男女の営みの方は具体的な部分は良く知らないので分からない。
それに適当な事を言った所為で、それがチリンの妊娠を妨げる事にでもなったら困る。
もちろんそうなっても、ミリの所為だとは言われないだろう。原因究明は困難を極めるだろうし、そもそも影響したとは気付かれないかも知れない。
けれどミリは小さい子が結構好きで、チリンが赤ちゃんを産むのも楽しみにしているのだ。
「あの、噂程度の話でも良ろしいですか?」
「ええ、構わないわよ。何か知っているの?」
「住んでいる地域が変わると、妊娠し易いと聞いた事がございます」
「ホント?どこが良いの?」
「あ、いえ。場所ではなく・・・でも、場所なのかな?」
「場所じゃないとしたら?どこでも良いからとにかく転居すれば良いの?あるいは旅行とかでも大丈夫?」
「聞いたのは、子供が出来なかった夫婦が他領に移動すると、子供が出来易いらしいとの話です」
「そうなの?」
「でも噂であって、根拠となる数値などをわたくしは存じません。それに良く考えると、どれも平民の話だと思いますので、それまでの栄養状態が良くなくて、妊娠しなかったり出産出来なかったりしていた可能性はあります」
「領地を移ったら、不足していた栄養を摂る事が出来たと言う事ね?」
「はい。そう言う事もあるのかも知れない、と考える事が出来るかと存じます」
「耳が痛いな」
ミリとチリンの会話に、ソロン王太子が口を挟んだ。
「妊娠し易い領地の話は良いけれど、妊娠し難いとか流産し易い領地とか、治政の影響を受けていると言う事だよね?」
「あるいは妊娠に良い特産物があるのかも知れません。これも根拠の提示出来ない話ですが、妊娠に良い食べ物、悪い食べ物などに付いては、耳にする事がございます」
ミリは政治に絡まなそうな答を口にした。
それを聞いてソロン王太子は「なるほど」と返しながらも、苦笑を浮かべる。
「確かに食べ物は色々と言われているね。でも、妊娠や出産の地域格差は調べてみる価値がありそうだな」
「いいえ、お兄様。それよりはまず、ニッキ王太子妃殿下の所に行って、共に過ごすべきですよ」
「いや、それは分かっているのだけれどね?」
「いいえ、分かっていらっしゃいません。ミリちゃんは、別の地域で暮らす事が、妊娠に良いかも知れない可能性を言ったのです」
「だから、各地の調査を」
「それも必要ですけれど、ニッキ王太子妃殿下が王家直轄領で暮らしている今こそ、二人目誕生のチャンスかも知れないのですよ?」
「だからデータを取って」
「いくらデータが良くても、やる事をやらなくては、成るものも成りません」
チリンの毅然とした態度に、ミリはホッとした。
ソロン王太子に話してしまってから、食べ物に付いて調査をされて、効果が無かったら自分の所為にならないだろうかと、ミリは不安を感じていた。
それに向かっての流れは、チリンの発言が絶ってくれたのだ。
「はあ、分かったよ。もう少しマメに、ニッキの元を訪ねるよ」
「仕事を言い訳にしています?」
「言い訳と言うか、ねえ?」
「よろしければお義父様にお願いして、コーハナルから追加の文官を派遣して頂きますよ?」
「いや、今でもかなり、コーハナル侯爵家には助けて貰っているし」
「だから何ですか?それでお兄様に第二子が生まれ、その結果として私とスディオがコーハナル侯爵領に向かえる様になる為なら、お義父様も喜んで人を手配して下さいます」
「ああ、うん」
「帰ったら相談してみますので、お兄様も考えて置いて下さいね?」
「はあ・・・分かったよ」
「お兄様?まさかニッキ王太子妃殿下と、離れて暮らす方が良いのではありませんよね?」
「何を言っているんだよ。そんな訳ないだろう?」
「そうですか?」
「だが、領地にどれだけ行けるかどうかは、私の仕事量次第だからな?」
「分かっています。お任せ下さい」
そう言って微笑むチリンの言葉に、ソロン王太子は小さく息を吐いた。
ミリは、王家の秘術の内容を耳にせずにこの場が収まりそうな事に、少し喜んだ。でもまだ、油断はしない。




