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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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濁して

 ソロン王太子の側仕えが応接室に戻り、確認結果を報告する。


「今回お出しした伝統のビスケットは、一部に前回と同じく、伝統のレシピとは異なる産地の材料を使用しているそうです」

「なるほど。材料を元に戻したとの報告は、嘘だったと言う事か」

「一部は元に戻したとの事でした」


 そう言って側仕えはリストをソロン王太子に見せた。

 そこにはビスケットに使われた伝統のレシピの材料と、そうではない材料が並んでいる。


「何故、すべてを元に戻さないのだろうな?」

「材料が手に入らないとの事です」

「手に入らない?流通の事情か?」

「理由は不明だそうです」

「ミリ殿?何か知らないかい?」


 急に振り向いたソロン王太子にミリは驚いた。


「特には存じません」


 その為、ミリの返す言葉は、少し慌てた感じの早口になった。

 それを受けて側仕えがソロン王太子に言い添える。


「王太子殿下。ソウサ商会と所縁(ゆかり)があるとは言え、まだ(いとけな)い少女に答えられる内容ではないかと存じます」


 側仕えの言葉にソロン王太子は「そうかな?」と小首を傾げた。


「ミリ殿は伝統のレシピで作られた、伝統のビスケットを食べたのだよね?」

「はい」

「今年のも食べたからこそ、違うと言えたのかと思うけれど、どう?」

「はい。その通りでございます」

「でも流通事情は分からない?」

「はい。それに付いて、付け加えさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「うん、どうぞ」

「今年も各材料の流通には滞りがございません。ですので市井の菓子店では、伝統のレシピで作られた伝統のビスケットが販売されております」

「ほう、そうなんだね」

「はい。ですのでわたくしが存じ上げないのは、伝統の材料が手に入れられないと言う理由に付いてでございます」

「なるほどね」


 ソロン王太子はミリの言葉に肯いてから、側仕えを振り向いた。


「伝統のレシピの材料が揃えられない理由を調べさせてくれ」

「はい」

「それと伝統のレシピの材料が揃うまで、伝統のビスケットの形でのビスケットの製造は禁止する」

「はい」

「また、伝統のレシピのビスケットとの区別が紛らわしいから、伝統のレシピではない方のビスケットは、偽ビスケットと呼称を統一する」

「え?それは、しかし・・・」

「どうした?」

「偽ビスケットと呼ばれる物には、公爵家の方達も関わっていらっしゃいましたので、その呼称には抗議の声が上がるかと」

「抗議して来たら、関係者を纏めて注意するのに、ちょうど良い」


 側仕えは一瞬、口を窄める素振(そぶ)りを見せたけれど、直ぐに頭を下げて表情を隠し、「畏まりました」とソロン王太子に応える。


「それと、何故レシピが元通りになったかの如く私に伝わったのか、それも調べて報告してくれ」

「はい」


 側仕えはソロン王太子の命令を伝える為に、応接室を出て行った。


 その姿を見送ってから、ソロン王太子は「しまった」と呟く。


「お茶のお替わりを用意させれば良かったな。ミリ殿?私が淹れたお茶でも良いかい?」


 ミリはまた答を考える。

 王太子にお茶を淹れさせるのは、ありや、なしや。

 王太子が淹れるお茶を要らないとは言えない。畏れ多いので自分が淹れると言ったら、警備上の問題があるから王太子は飲んでくれないだろう。自分の分だけ自分で淹れる?


「よろしければ、わたくしに淹れさせて頂けないでしょうか?」


 取り敢えずミリは、ソロン王太子に判断を任せる事にした。


「ほう?お茶を淹れられるの?」

「はい。一通り、習いました。王太子殿下に飲んで頂くには経験が足りませんが、王太子殿下にお茶を淹れて頂くのは、あまりにも畏れ多くてございます」


 ミリは言うだけ言い足してみる。


「そんな事はないけれど、では折角だから淹れて貰おう。ミリ殿、よろしく」

「はい。畏まりました」


 そう言うとミリは立ち上がり、ワゴンに載せられたお茶の道具を(あらた)めた。

 ミリはポットの湯温を確かめて、低温で淹れるのに向くお茶を選び、その銘柄を使う事にソロン王太子から了承を貰う。

 お茶を淹れる姿をソロン王太子が見詰めているけれど、特に注意したり咎めたりする声が上がらないので、ミリはそのままお茶を淹れた。


 ソロン王太子の前にお茶を淹れたカップを置き、自分も座って毒見の為に先に飲もうとすると、ミリが座るより先に、ソロン王太子が躊躇(ためら)いもなくカップに口を付けた。

 少し驚いたけれど、お茶もお湯も茶道具も王宮側で用意した安全な物だから、こう言うものなのかも、とミリは思って席に着く。

 ソロン王太子はお茶を一口飲むと「ほう」と息を吐いた。


「ミリ殿、美味しいよ」

「ありがとうございます。お褒め頂き、光栄にございます」

「母君に習ったの?」

「お茶の淹れ方は、主にコーハナル侯爵家で教えて頂いております」

「そうか。そう言えばそうだったね。ピナ夫人やパノ殿に習っているのだったね」

「はい。コーハナル侯爵邸ではチリン様にも、芸術などに付いて教えて頂いております」

「そうか。デドラ・コードナ夫人にも教わっているのだろう?」

「はい。地理や歴史などを教えて頂いております」

「錚々たる教師陣だね」


 これにはなんと返す?

 教師陣が凄いのは肯定だけれど、ソロン王太子にはミリと同学年の息子サニン王子がいる。自分の教師陣が凄いとうっかり肯くと、サニン王子の教師陣への非難に繋がらないだろうか?非難にはならなくても、教師自慢で調子に乗っていると受け取られないだろうか?そうすると自分の事を下手に(へりくだ)っても、教師自慢と捉えられるかも知れない。


「皆様には温かくご指導頂いております」


 ミリは濁して返す事にした。今日一日で濁す事に付いて、かなり慣れた気がする。



「そう言えば、礼を言うのが遅くなったな」


 ソロン王太子の言葉に、誰に対する話だろうとミリは思う。


「ミリ殿」

「はい」

「偽ビスケットを見抜いて貰って、助かったよ。ありがとう」

「あ、はい。それはジゴの致しました事ですので、王太子殿下のお言葉をジゴに申し伝えます」

「茶会での指摘もそうだけれど、今日のはミリ殿が気付いてくれたろう?伝統のビスケットだと言ってまた偽ビスケットを出したら、どこかで誰かに難癖を付けられたかも知れない。王宮や関係者が恥を掻くところをミリ殿のお陰で避けられた。ありがとう」

「あ、はい。もったいなきお言葉でございます。わずかなりともに王太子殿下や皆様のお役に立てました事、大変光栄に存じます」


 そのミリの答を聞いてソロン王太子は苦笑した。


「硬い返事だね。なかなか気を許して貰えないな」

「申し訳、ございません」


 ミリはそう応えて頭を下げた。

 王族に気を許して良い事なんてない、とミリは習っている。それにはチリンも肯いていたので、間違いがない筈だ。

 今日のこの席も王族に慣れる為ではあるけれど、それは気を許さない事にも慣れると言う事だ。


「でも、学院ではサニンと一緒になるから、あの子と仲良くしてくれると嬉しいな」

「お言葉、光栄に存じます」


 今度はスッと濁す返しがミリの口から出た。

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