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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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ビスケットの味

 伝統のビスケットを摘まみ上げ、ソロン王太子は自分の口に運び、一口囓る。

 その様子を見ながらミリが、自分はどうしようかと考えていると、ソロン王太子が声を掛けた。


「先日の茶会で菓子のレシピが間違えていたそうだけれど、それをコードナ殿が指摘したそうだね?」


 ソロン王太子からその話題を出して貰えた事で、ミリは却って気楽になった。


「レシピ違いに気付いたのは、わたくしの従弟のジゴ・コードナでございます」

「そうなのかい?」

「はい」

「そうか。紛らわしいからコードナ殿の事は、ミリ殿と呼んでも良いかな?」

「はい。光栄に存じます」

「ありがとう、ミリ殿。でも、そんなに畏まらなくて良いからね?私の息子のサニンはミリ殿と同学年だろう?私の事は友人の家族程度に思ってくれて良いよ」

「それは恐れ多い為、何卒、ご容赦下さい」

「そう?残念だな。そうだ。チリンはミリ殿の事を可愛がっているのだろう?」


 チリンに可愛がられているのは肯定して良いとミリは思ったけれど、それをそのままソロン王太子に答えるのは、調子に乗っている様に取られるかも知れない、とミリは考えた。

 だからと言って、否定も出来ない。


「チリン様には何かと目を掛けて頂いております」


 こう言うのを考えずに、直ぐに答えられる様にしなければならないのだろう、とミリは思う。だからチリンが練習の為に、この場を用意してくれたのだ。

 そう思うとミリは、チリンが席を外して心細くはあったけれど、却って濃い練習をする事になると考えて、気持ちが前向きになった。

 濃い練習を行う事で練習回数が、王族と向かい合う様な回数が減らせそうだし。


「それなら私の事も、親戚のオジサンと思ってくれて良いよ?」


 驚いたミリの思考が飛ぶ。目も見開いてしまっていたけれど、慌てて表情を戻した。

 断っても良い?ダメ?でも、受け容れられないよね?

 この国の貴族の血を引くのなら、遡ればどこかでソロン王太子と繋がっていたりもするかも知れない。けれど母ラーラは根っからの平民だし、父は誰だか分からないミリが、ソロン王太子を親戚のオジサンと思う事には無理がある。

 確かに父親が分からないのだから、実はソロン王太子と血が繋がっている可能性もゼロではないけれど。


「寛大なお心遣いに感謝致します」


 ミリは否定も肯定もせずに、誤魔化す事を選んだ。


「そう?」


 ソロン王太子はそれ以上ミリを攻めなかった。

 少し楽しくなって来ていたけれど、ミリをあまり追い詰めると、後でチリンに文句を言われるだろう。そんな面倒をソロン王太子は望んでいない。


 その代わり、別の話題でミリをイジる。


「ミリ殿?このビスケットは伝統の物かどうか、食べてみて貰えるかな?」


 ミリは「はい」と応えてビスケットに手を伸ばしながら、どう答えようか考えていた。

 ビスケットを一口囓ると、やはり違って思える。1つ目のお菓子もそうだったけれど、伝統の形をしたこのビスケットにも、ミリは違和感を持った。


「どう?」


 ソロン王太子に答を()かされる。

 わざわざウソを()くのもおかしいので、ミリは正直に答えた。


「これに使われている材料は、伝統のビスケットで指定されている物とは、異なる様に感じます」

「え?」


 ソロン王太子が驚いて、側仕えを振り返る。見られた側仕えも驚いている。


「元に戻したのではないのか?」

「そう聞いております」

「それは確かだな?」

「確認して参ります」


 そう言って側仕えは応接室から出て行った。


「あの、わたくしの勘違いかも知れません」

「いや、大丈夫だよ。ミリ殿がどう思ったとしても、それで責めたりはしない。だから心配しないで」


 ソロン王太子は微笑みを作ってミリに向ける。


「しかし、茶会の後からは、材料を戻したと聞いていたのだけれどね」

「確かにあの時の物とは、材料が変わっている様ですけれど」

「え?変わっているのかい?でも本来の材料ではないと?」

「そう感じます」

「何が違うんだい?」


 ソロン王太子はミリにそう問いながら、ビスケットをもう一口食べた。


「申し訳ありません。わたくしには違いしか分かりません」

「あ、いや。そうか」

「コードナ侯爵や父でしたら、何が違うのか説明出来るかも知れません」

「そうなんだね。ジゴ殿もかい?」

「ジゴもわたくしよりは詳しく分かると思います。しかしジゴはまだ幼いですので、王太子殿下に正しくお伝え出来るのかどうかは分かりません」


 ミリは祖父に当たるコードナ侯爵ガダや父バルなら、ソロン王太子に喚び出されても平気だろうと思った。しかしもし、ジゴがソロン王太子に喚び出されたりしたら、自分の所為にされてしまうかも知れない。そう考えて、ジゴ向けには予防線を張って置く。


「しかし、違いが分かるだけでも、大したものだ」


 そう言ってソロン王太子は、ビスケットの残りを口に入れた。


「う~ん、やはり違いは分からないな」


 食べ終わってそう言うと、ソロン王太子はもう1枚、ビスケットを手に取った。それを顔の前で裏返したり表にしたり、しげしげと観察する。


「伝統のビスケットとこれと、何故違いが出るのか、ミリ殿は分かる?」

「違いの理由でしょうか?」

「ああ、そうだね」

「伝統のビスケットは、材料の製法も昔ながらのままだと聞きました」

「そうなのかい?」

「はい。作り方を変えると原料が同じでも、やはり味が変わるそうです」

「そう言うものなのか」

「その年の原料の出来不出来を測る基準にしておりますので、効率的ではなくても、伝統のビスケット用には敢えて古い、伝統の製法を用いるそうです」

「製法を変えたらやはり、分かる人には分かるのかい?」

「どうでしょう?父はお菓子の材料を説明する時に、製法にも良く言及しておりますので、もしかしますと区別が付くのかも知れません」

「そうだとしたら凄いな。本職ではないのが惜しい腕、いや、舌かな?」

「臭いや見た目やあるいは手触りなども説明しておりますので、舌だけではなさそうではございます」

「そうなのか。なるほどね。そうでなければ、お菓子作りのアドバイスは出来ないのかもな。私もね、バル殿監修の菓子は結構好きなんだ」

「それは、父に伝えたら喜ぶかと存じます」

「どうかな?バル殿なら、私が分からないで食べているとか、言いそうだけれど?」


 その意地悪な言葉にはどう返して良いのか、ミリにはパッと考えが浮かばなかった。

 ただミリは、ソロン王太子が意地の悪い事を言うのは、ストレスの所為だろうと思っていた。

 自分の周りの人間から聞いたソロン王太子の人間像から、ミリはそう判断していた。特にソロン王太子に今日会うに当たって、チリンから聞かされた話が影響している。


 色々と思い浮かべると、自分の様な子供をつい揶揄ってしまうソロン王太子が、ミリは気の毒になって来た。


「父は多くの人に喜んで貰える様に、お菓子を監修しております。それは貴族も平民も関係なく考えている様ですので、王族の方々(かたがた)にも好んで頂いているのでしたら、父は喜ぶとわたくしは思います」


 ミリはソロン王太子に微笑みを向けてそう返す。

 ソロン王太子にはバル監修のお菓子をこれからも食べて欲しいし、それで少しでもストレスを解消して欲しいとミリは思った。

 王族と平民を並べるて語るのも危ないかとは思ったけれど、チリン達から聞いている話ではソロン王太子がそれを問題にするとは思えなかったし、何かあればチリンに助けて貰おうとミリは考える。

 もちろん、意地の悪い事を言われた事への意趣返しとしては、充分許容される範囲だろうと、ミリは計算してもいた。

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