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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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夜を過ごす

「そう言えば、レントは騎馬で王都までを往復したのだよな?」


 レントの祖父リートが思い出して、そう口にした。

 それに反応してレントの祖母セリが返す。


「乗馬はダメよ?」


 リートはセリの言葉に「いいや」と首を振る。


「乗馬をさせるかどうかはともかく、馬に乗るのも体力が必要じゃないか?」

「そうなの?」

「ああ。体力がないとレントは自分では言っていたが、どう言う事だろう?」

「歩いて体力を付けるって言うくらいだから、足に力が無いだけじゃないの?」

「いや。馬に乗るのだって、脚力は必要だ」

「脚力って、馬ではなくて乗り手の?」

「ああ、そうだよ。なあ?一度(いちど)、レントのダンスを見てみるか?」

「そうね。楽器の演奏を習わせるのは、それからでも良いわよね」

「ああ。ところで、セリは楽器は出来るのか?」

「演奏?習った事はないわ。リートは?」

「いや、私も出来ない」

「そうよね。リートの演奏を聴かせてもらった事はないものね」

「そうするとレントには、誰が演奏を教えるんだ?」

「・・・楽器の演奏が出来る者が、使用人の中にいたかしら?」

「・・・取り敢えず、レントのダンスを見てみてからだな」

「そうね」


 セリもリートも、レントがダンスを踊る姿を想像出来なかった。

 セリは自分が幼い頃、礼儀作法で姿勢を保つのに、筋肉が必要だと言われた事を思い出す。その時は筋肉を付け過ぎない様にと注意をされたけれど、もしレントの体力が足りないのなら、礼儀作法の時間を増やせば良いのかも、とセリは考えた。

 リートはレントに演奏を習わせる為の教師を雇う事は、当主であるスルトが認めなさそうだと考える。そしてレントが騎馬で王都まで往復出来た事がやはり気になり、セリには内緒でレントを馬に乗せる方法を思案していた。



 その夜。

 リリはなかなか眠れなかった。


 甥のレントが王都から持ち帰った土産や話から、リリの心には様々な思いが浮かび上がる。

 そして中にはバル・コードナとの出来事も思い出す。そして一つ思い出すと繋がって幾つものバルとの出来事を思い出してしまう。けれど、それはどれも苦くコーティングされていた。


 最後に会ったのは、先代国王に召喚された時の王宮だっただろうか?バルがラーラを庇っていた姿が思い浮かぶ。

 その後にも学院で姿は見掛けたけれど、顔を合わせた事はなかった。

 最後に会話をしたのは、ダンスパーティーの帰りの馬車だった筈。そう言えばあの時、別れの挨拶をしていないままだった。

 バルがラーラを初めて見付けた日、リリはバルのすぐ隣に立っていた。その直前にはバルから、いつもの様に交際を申し込まれて、いつもの様に断っていた。進級してもそのままそれまでと同じ、いつもの日常が訪れる事と思っていた。少しも疑ってはいなかった。

 学院の帰りはいつも、バルとパノと三人で同じ馬車に乗って、バルに付き合ってスイーツを食べて帰った。パノが時々いなかった時もあったけれど、バルと二人だけでも寄り道をしない日はなかった。あの日々は楽しかった筈なのに、ラーラが現れた日からバルとは下校した事がないと言う事実が、やはり思い出に苦味を加えて来る。

 勉強を教えたり、一緒に演劇の舞台を観たり、ピクニックに行ったり、子供の頃の思い出を遡ると、何かとバルが現れる。

 いっそうの事、初めてバルに告白された日の事を忘れてしまっている様に、バルに関する全ての記憶を忘れてしまえたら良いのに。


 リリの目からツゥッと涙が零れたけれど、感情が昂っていた訳ではなかった。

 忘れてしまえたら良いのにと言うのも、気持ちの籠もらない他人事への呟き程度にしか、リリの心を波立たせるものではなかった。


 グラスを出して、酒を注ぐ。


 レントが王都に向けて旅立ってから、リリはレントが心配で、寝付けない夜が続いていた。そして日中にうつらうつらとしてしまっていた。

 日中、レントが不在なので授業は休みで、リリの予定は空いているから、昼寝をしようが居眠りしようが、問題はなかった。しかしそれを自堕落と感じてしまうと、リリは自分がその様な生活を送る事が赦せない。

 それなのでリリは、夜に寝る為に酒を飲む様になっていた。

 寝酒は、レントが帰って来たら()める予定だった。


 酒を無意識に注いでから、リリはそれに気付いた。レントは帰って来たのだから、酒を止めなければ。


 しかし、レントが帰って来たのにも関わらず、リリの心には不安が留まっている。


 レントがいない不安は、レントに必要とされない自分をリリに想像させた。それは、いずれレントに教える事がなくなった時に、自分の居場所があるのかと言う不安を産む。

 いずれレントは結婚をする。もしかしたらレントの子供の教育を任されるかも知れない。

 でもそれまでは?そしてその後は?


 グラスを持ちながらリリは今日、レントがミリの事を話した時の様子も思い浮かべる。


 ミリはどんな少女なのだろう?レントはミリに付いて、周囲に大切にされ、しっかりと教育をされている様だと言っていた。

 リリがミリの容姿を想像すると、そこにはラーラの姿が重なる。

 ミリ本人もラーラに似ているのだろうか?でも絶対、バルには似ていない筈。


 気付くとリリは、グラスに口を付けていた。

 独りの部屋で、苦笑いが浮かぶ。


 想像のミリの隣にレントが立つ姿を思い浮かべてしまい、それがラーラとバルに思えそうになって、リリは頭を左右に振った。

 少し酔いが回る。


 リリは「仕方ない」と口に出して言った。

 グラスに酒を()ぎ足す。


「お酒を一口でも飲んだら、酔っ払いだものね?仕方ないわよね?」


 そう言ってリリはまた、グラスに口を付けた。



 翌朝。

 レントが目を開けると、机に俯せていた。

 ミリへの手紙を上手く書けずに、何度も書き直しながら、疲れ切って一休みしただけの筈だった。

 気付いたら、もう朝だ。


 机の上には、レントの父スルトに宛てた1通と、ミリに宛てた書き損じの手紙が何枚も散らばっている。

 レントは書き損じを集め、もう一度読み直して、独りで顔を赤くしたり顔を押さえたり、いたたまれなくて身動(みじろ)ぎしたりして、また机に突っ伏した。


 そのまましばらく動かなかったけれど、ガバッと起き上がって新しい紙に、無事に着いた事、貰ったお菓子が美味しかった事、ミリとの会話が楽しかった事を書いて、お礼の言葉を書き足して、お終いにする。

 文通して欲しいとか、書けない。もう、これで良い。


 その短い手紙を封筒に入れ、封をしようとして、ふと思い付いて、押し葉を入れた。いつも栞替わりに使っている物だ。

 虫除けとカビ除けの効果のある草が、領地の山岳地帯で自生している。それをやはり領地で採れる砂の乾燥作用を使い、押し葉にしていた。

 その砂を使うと押し花も綺麗な発色を保てる。そして女の子に渡すなら、押し花の方が相応しいのはレントも分かっている。

 しかし、ミリが結婚するなら花束を贈る賭けをした手前、花を贈るのはたとえ押し花でも、レントには躊躇(ためら)われた。

 ただ、コーカデス領では効果の知られている植物だけれど、いきなり葉っぱを同封しても、ミリには意味が分からないだろう。


 レントはもう1枚の紙に押し葉の効果を書いて、それも封筒に同封して、今度は満足して、ミリへの手紙の封を閉じる。

 そして書き損じを捨てようとして、集めて揃えて、でもやっぱり机の鍵の掛かる引き出しの一番奥に、レントは書き損じをしまった。

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