20 詰め寄られて
交際練習が上手くいかない事に付いて周囲にも自分にも言い訳をしていた女生徒は、ラーラの言葉に更に戸惑った。
「刺繍を刺す物も、中には困る物があるそうです」
「え?それはどう言う事なの?」
「これについては簡単で、刺繍する位置などの問題もありますが、肌との密着度が高い物は、お相手への好感度が高くないと受け入れられないとの事でした」
「密着度?」
「はい。考えてみれば、これもわたくし達と同じで御座いますね」
「具体的には?」
「他の方も使う事になるであろうクッションやテーブルクロスなどでしたら、気楽に受け取れるそうです。絵柄や大きさにも拠りますが」
「それはそうね。それで?」
「次がハンカチやタオルなど、使う時にだけ肌に触れる物ですね。その次が手袋」
「え?手袋も使う時にしか肌に触れないわよ?」
「そうですけれど、外せない時も御座いますので、受け取るのを躊躇う事もあるそうです。手編みのマフラーよりは良いそうですけれど」
「そうなのね」
「マフラーは何で手袋よりも駄目なの?」
「顔に近いからとの事でした。靴下も手袋よりは避けたいそうですけれど、マフラーとどちらがどちらかについては、人に拠るそうです」
「良く分かりませんね」
「他には?」
「下着は絶対に駄目だと教わりました」
「当たり前でしょう?」
「わたくしはそれを存じませんでした」
「え?バルさんに下着を贈ったの?」
「いいえ。わたくしには兄がおりまして、父も兄達もわたくしが作った物なら何でも喜んでくれるのですが、わたくしが刺繍を入れた下着を兄が婚約者の方に自慢した事がありまして」
「まあ」
「それはちょっと」
「自分の婚約者にそんな自慢をされたら、悩みそうだわ」
「平民でもそう言うのは駄目なのね?」
「はい。婚約が破談になりそうでした」
「そうだったの」
「兄は婚約者に今でも色々と言われている様です」
「きっと結婚してからも言われるのでしょうね」
「はい。わたくしもそう思います。刺繍に限らず、贈る物にも限りませんけれど、わたくしが良かれと思って行う事が、相手の方を困らせる事もあると知りました。それですからわたくしは、そのあたりに付いてコードナ様に教えて頂いているのです」
途中から顔色を悪くした女生徒もいた。身に覚えがあるのかも知れない。
ラーラは遠くに視線を送ると「先程の話は御内密に」と囁いて、視線の先に向けて会釈をした。
女生徒達がそちらを見ると、バルが歩いて近付いて来る。
「やあ。みんな集まって、楽しそうだね?」
「つい話が弾んでしまいました。コードナ様をお待たせした様で申し訳ありません」
ラーラがバルに頭を下げる。
「いや構わないよ」
「バルはソウサさんを迎えに来たの?」
「まあね。課題に夢中で、俺との約束を忘れているのかと思って」
「コードナ様に教えて頂きましたあの課題は、無事に提出する事が出来ました。有難う御座いました」
「え?バルが教えているの?」
「そうだけれど、お安い御用だよ。他にも分からない事があったら、また訊いて」
「有難う御座います」
「教えて大丈夫なの?」
「酷いな。1年生の課題なんて俺でも教えられるよ」
「その1年の時にとても苦労をしていたではないの?」
「その苦労のお陰で、人に教えられる程に身についたのさ」
「信じられないわ」
「俺もだよ」
そう言うとバルは笑った。
「さて、話が終わったのならソウサさんを昼飯に誘いたいのだけれど、どうだろう?」
「あ、うん」
「ソウサさん、お話、ありがとう」
「いいえ。こちらこそ、有難う御座いました」
「機会があったらまた」
「あれ?まだ話の続きがあるのだったら、これからみんなで一緒に昼飯を食べる?」
「バルさんと私達も一緒にですか?」
「そうだけれど、どうかな?」
バルの提案に、女生徒の大半は喜色を顔に浮かべる。それを見たラーラは微笑んで肯いた。
「え?良いのですか?」
「もちろん。綺麗な女性達に囲まれて食事なんて、願っても中々叶わないからな。他の男達にやっかまれるだろうけれど、喜んで罵り声を浴びるよ」
「ソウサさんも?」
「はい、もちろん。喜んで、ご相伴に預からせて頂きます」
「いいえ、止めておくわ。バルはまた予約席を取っているのでしょう?ソウサさんと二人で召し上がって」
「え?そう?他のみんなは?」
「私も遠慮するわ」
「わたくしも用事がありますので」
上位者が同席を断ったので、他の女生徒達も次々と辞退した。
「そうか。じゃあ仕方ないね。ソウサさん、いつもの席で俺と二人でも構わない?」
「はい、コードナ様」
「ではそうしようか。じゃあね、みんな。また」
「皆様、失礼致します」
バルは片手を上げ、ラーラは会釈をして、二人揃って女生徒達に背中を向けて、並んで歩いて遠ざかる。
話しながら歩く二人の後ろ姿は、やはりどう見ても知人としての距離を守っている様にしか見えなかった。
「見ているだけって辛い」
女生徒達から離れると、バルがそう言って溜め息を吐く。
「ゴメンね。でもありがとう」
ラーラが口調を崩して、バルに微笑み掛けた。
「バルが我慢してくれたお陰で、良い練習になったわ」
ラーラが囲まれている所から離れて、バルは気付かれない様に様子を見守っていた。視線を合わせてラーラが会釈したのを合図に、バルは女生徒達に近付いたのだった。
「お陰で俺は胃が痛くて、昼飯を食べられそうにないよ」
「大丈夫。残ったら食べて上げるから」
「食べ残しの心配じゃなくて、俺の心配をしてくれない?」
「ふふ、ゴメンね」
「はあ~。今度は絡まれているラーラを俺が助ける練習にしないか?」
「でも今日の様な人達だと、バルが登場したら終わっちゃうわよ?顔を見せたら一瞬だと思う。バルの声が聞こえただけでも終わりそう」
「そんな事ないよ」
「あるわよ。バルより上位の人に絡まれるのでなければ、バルに好意を持ってる人相手ではバルの練習にはならないわ」
「好意?関係あるか?」
「あるでしょう?今日の人達だってバルに好意を持ってるから、私に絡んで来たんだし」
「それは違うだろう?一緒に昼飯食べるのを誘ったら断られたんだぞ?」
「はぁっ。これだから」
「何だよ?」
「いいえ、なんでも。でもそうね。王女様に絡まれたら、バルの練習にはなりそうね」
「王女殿下なんて、関わりが全然無いけれどな」
「じゃあ王子様。学院に在籍なさってるし」
「いやあ、ソロン殿下は面倒臭そうだな」
「そうなの?」
「直接話した事はそれ程ないけれど、兄上から話を聞く限りは絡まれたくないな」
「そう言う方の方が練習になるでしょう?」
「殿下達相手は練習じゃ無くて本番になっちゃうって」
「ふふ、確かに。そもそも私が王子様や王女様に絡まれたら、バルが助けに現れる前に処刑されちゃいそうよね」
「いや、普通はそんな事起こらないぞ。ラーラは一体、何をして絡まれる積もりなんだ?」
「う~ん、良く分からないから、少し考えて見るね」
「止めてくれ。思い付いたらラーラは、やりそうで怖い」
「さすが親友。良く分かって貰えて嬉しいな」
「喜んで貰えて俺も嬉しいけれど、絶対にやるなよ?」
「分かったわ。約束する」
「え?素直で却って怖いのだけれど?」
「だってこれ以上心配させたら、今日のお昼を本当に食べられなくなっちゃうでしょう?バルは今日は剣術の授業があったんだから、しっかりと栄養を摂らないと」
「はあ、さすが親友。気を遣って貰えて嬉しいよ」
「どういたしまして」
バルの苦笑いに、ラーラは笑顔を返した。




