誰と友人になるのか
「でも、父上もご友人と呼べる方はいらっしゃらない様ですので、そんなものなのかも知れませんね」
レントは自分の不安を誤魔化す為に、父スルトの事を引き合いに出した。
「スルトも学生時代は友人がいましたよ?」
自分に友達が出来ないであろう事に納得しようとしたレントの言葉に、レントの祖母セリがそう返す。
そのセリの言葉を聞いて、レントの祖父リートは苦く感じた。
リートにもスルトにも、友人はいた。
しかしコーカデス家が経済的に苦しくなると、皆、リートとスルトから距離を置く様になった。
コーカデス家が侯爵から伯爵に降爵すると、ほとんどの友人と交流が途絶えた。その筆頭は、コードナ侯爵家であり、コーハナル侯爵家だ、とリートは思っている。
そしてその原因となったのが、ラーラ・ソウサだ。
「そうなるとわたくしがコーカデス家を継ぐ場合も、父上がご友人達を頼って、わたくしに縁談を用意して頂けるのでしょうか?」
「もちろんですよ。あなたは由緒正しきコーカデス家の、歴とした跡取りなのですから。いくらでも縁談はありますとも」
このセリの言葉もリートには苦い。
レントの縁談が簡単に調う様には、リートには思えなかった。
スルトも格下の家に対してなら、今のコーカデス家の力でも、縁談を承諾させられるだろう。
だがレントの相手が子爵家出身の令嬢では、セリは納得しないだろう。リート自身も納得しない筈だ。
しかし、スルトが調えられる縁談は、男爵家相手になるかも知れない事が、リートには分かっている。セリもそれが分かっている筈だと、リートは思った。
コーカデス家がこんな苦境にいるのも、ラーラ・ソウサの所為だ。
リートはそう思うと、レントがミリに手紙を送ると言っている事さえ、腹立たしく思えた。
「レント」
リートの厳しい声に、レントの返事は一拍遅れた。
「・・・はい、お祖父様」
「学院に入学したら王都に行って、通学しろ」
「・・・それは、寮に入れと言う事ですか?」
爵位を受けたばかりで王都に邸を持たない貴族家の子息令嬢の為に、学院には寮があった。
それなので寮から子供を通わすと言う事は、平民から成り上がった家だと見做される。
もちろんコーカデス家を知らない貴族家はないので、そんな誤解はされる事はない。しかし、見くびられる理由にはなる筈だ。
「そんな訳があるか!」
「そんなのは許しませんよ!」
「そうですよね。寮の事は以前、父上から聞いた事がありますが、お祖父様もお祖母様も反対なさるだろうと、わたくしも思っていました。ですからわたくしは、学院への通学はしない事になったと思っていたのですが、それならお祖父様?どこから学院に通うと言うのですか?」
「王都邸を建て直す」
「そうよね。王都に邸を建て直して、そこから通えば良いのよ」
レントは思わず「正気ですか?」と口にしそうになったけれど、何とか堪えた。
「わたくしが学院に入学するまでにはまだ時間がありますから、今から建て直せば間に合わせる事も出来るのかも知れません。しかし、その費用はどうするのですか?」
「我がコーカデス家の領地は、侯爵の時から減ってはいません。作物の生産を昔通りに行う事が出来れば、邸の再建費用などは簡単に用意出来ます」
セリのその言葉に、レントは一瞬、目を細めた。
表情を戻して、レントはリートに顔を向ける。
「お祖父様もお祖母様と同じ様に、考えていらっしゃるのですか?」
「いや。損害賠償を請求する」
「誰にですか?神殿ですか?」
「いや」
「そうですよね。神殿に請求した所で、支払って貰えるとは思えません。ではどちらへ?まさかソウサ家やソウサ商会ではありませんよね?」
「なぜまさかなのだ?」
「ソウサ家の人達が、邸に火を付けた訳ではないではありませんか?」
「邸が被害に遭っていて、再建出来ていない家はまだ多い」
「そうですね。王都には敷地に火事の跡だけが残っている所も多く見掛けました」
「だからそれらの家を纏めて、ソウサ家に圧力を掛ければ良いのだ」
「いえいえ良い訳がありません。ソウサ家が払うとは思えません。そしてわたくしと同じ様にそう予想する家は、我が家には同調しないでしょう」
「だからまず、ソウサ家が支払わなければならない法律を作るのだ」
「え?・・・わたくしには想像出来ないのですが、どんな法律ですか?」
「神殿に放火の罪を認めさせて、それがソウサ家の瑕疵によるものだと判決がでたら、ソウサ家に放火の賠償をさせられる様な法だ」
「確かにその様な法が出来たら、放火犯が放火の罪を認めるかも知れませんが、ソウサ家の瑕疵ではなく、我が家の瑕疵とされたらどうしますか?」
「我が家の?我が家の瑕疵の訳がないだろう?」
「それを言ったら、ソウサ家の瑕疵でもないでしょう?」
「何を言う。レントはまだ生まれていなかったから分からないのだ。あの頃は王都民は皆、ラーラ・ソウサを憎んでいた」
レントは直ぐに、リートを説得する事を諦めた。自分でも理に適ってないとリート自身が分かっている、とレントには思える。だからこそリートは、新しい法を作って対処するなどと言い出したのだ、とレントは考えた。
レントは別の方向から、王都での通学をリートとセリに諦めさせようと、話題をずらす事にする。
「確かに、わたくしが王都で暮らすとすると、同じく王都で暮らす貴族家の子息令嬢とは、仲良くなれるかも知れません」
「令嬢とは、必要以上に仲良くなってはなりませんよ?」
セリの言葉に「はい」と答えながら、苦笑いを見せない様にレントは誤魔化す。
「わたくしの学年には、伯爵家以上はわたくしだけですし、上の学年には、子爵家以上の方はいません」
「ええ、そうね」
「そしてわたくしの一つ下の学年には、サニン殿下とミリ様が入って来ます」
「二人だけではないでしょう?」
「はい。他に男爵家の方がいますね」
「そうね。男爵家の子と友人として付き合うのは、考え物よね」
「そして、わたくしが在学する5年間に、通学しそうなのはミリ様だけです」
「え?」
「サニン殿下はどうした?」
「サニン殿下も王領からの課題提出だけで、卒業するのではないでしょうか?」
「その様な訳、ないだろう?王族だぞ?」
「しかし、サニン殿下は王都には滅多に行かない模様ですよ?今回の茶会が終わってからも、直ぐに王領に帰った様ですし」
「それでは、交流が持てないではないか」
「はい。ですからもっぱら、王家と公爵家の配下の子供達と、交流を行っているとの話でした。それで事足りる様ですので、学院に入学しても、王都では暮らさないと思います」
リートもセリも困惑を顔に浮かべていた。
「もしかして、サニン殿下に学院に通う様に薦めたりする事は、出来るのでしょうか?」
「いや、どうだろう・・・」
先程の無茶な法律は成立させられる気でも、サニン王子の通学は難しいと考えるのだなと、レントはリートの表情から読み取って、おかしくて笑いを浮かべそうになる。
「王家や公爵家の配下の子息令嬢も、サニン殿下に倣うでしょうね」
「そうなったら、そうよね」
セリが視線を下げながら、そう返した。
「一方で、王都で生まれ育ったミリ様は、確実に通学するでしょう」
「そうだな・・・」
リートが苦々しげに応える。
「ミリ様と友達になるのでも、構いませんか?」
「ダメよ!」
「ダメに決まっているだろう!」
予想通りのセリとリートの反応に、レントは笑いを堪えるのに苦労した。




