散歩の行方
「お祖父様、お祖母様」
レントは真面目な表情を祖父リートと祖母セリに向ける。
「お祖父様とお祖母様に育てて頂きましたので、わたくしもコーカデス家を大切に思っております」
「ええ、知っています」
「それは良く分かっている」
セリとリートはレントの言葉に肯いた。
「父上が領地の為に一所懸命に働いていらっしゃるのも知っていますので、わたくしも領地の繁栄に寄与したいと考えています」
「それなら何故、他に後継ぎを探せなんて言うの?」
セリが眉尻を下げて、絞り出す様な声でレントに尋ねた。
「だからこそです。だからこそわたくしは、わたくし自身が領地発展の妨げにはなりたくないのです」
「妨げの訳、ないじゃない」
セリは眉根を上げて目を細めた。
「妨げが言い過ぎな様でしたら、柵み辺りでしょうか?」
「家督を誰かに譲ったとして、その後レントはどうする気なのだ?」
眉間に皺を寄せながら、リートが低い声で尋ねる。
「もちろん領地経営を手伝う積もりです。ですので、その為の勉強に手を抜く積もりはありませんから、ご安心下さい」
「そんな事は心配していない」
「信じて下さって、ありがとうございます。わたくしが貴族家当主に相応しくない姿の大人になったとしても、領主代理や管財人になる分には、コーカデス家は非難をされないでしょう」
「つまり、当面は今まで通りに過ごすって事よね?」
「はい」
レントの返事で体の力を少し抜いたセリの体に、次のレントの言葉に思わずまた力が入る。
「しかし、わたくしもこのまま諦めて、プヨプヨな体になる事を受け容れる積もりはありません」
「ダメよ!剣はダメ!乗馬も今回の旅は仕方なくって事だったけれど、これからは馬車で移動ですからね?」
「はい。ですので、散歩を始めようかと思います」
「え?散歩?」
「散歩してどうするのだ?」
セリもリートも、後継ぎの話と散歩が結び付かなくて、困惑を顔に浮かべる。
「ミリ様と並んで歩いた時、足の速さを合わせるだけで、息が切れましたし、汗もかきました」
レントは謀った。確かに喋りながら歩いたので、息は乱れた。それにエスコートの為に手を差し出したのに、見ない振りをされて冷や汗をかいた。どちらも本当と言えば本当ではあるけれど。
それにミリの歩く速度が速くて、並んで歩くのが大変だったのは本当だ。
レントは叔母リリから、男性は女性の歩く速度に合わせなければいけないと教わっていたけれど、まさか女性の方が速い場合があるなんて、それまで想像もした事がなかった。
「今日戻ってからリリ叔母上をエスコートしましたが、叔母上がわたくしの足の遅さに合わせて歩いて下さっていた事に、これまでは気付いていませんでした」
「散歩で歩く練習をすると言う事か?」
「はい。今のわたくしには、散歩でも運動になると思います」
「歩くだけで運動になるの?」
「多分ですが。歩いて行商する様な人間は、歳を取っても健康らしいのです」
「行商ですって?」
「それをミリ・ソウサに言われたのか?」
「いいえ。王都からの帰りに同じ宿に泊まった行商人が、年齢より見た目がかなり若くて、健康の秘訣を尋ねました」
「平民に訊いたのか?」
「はい。お祖父様とお祖母様に長生きをして頂く為、少しでも役に立つ話が聞けるかと思ったのです。王都で将来の自分の健康に、不安を感じたのもありますけれど」
「そのやり方ではつまり、行商で行き来する様な距離を年寄りになるまで歩き続けなければ、健康にはならないのではないか?」
「なるほど、そうですね。そうかも知れません」
「そんな、効果の分からない事をやらんでも」
「しかし、わたくしが骨折したのは、走って転んだからです。体力作りの為に、走るのは許されないかと思うのですが?」
「許しませんよ!走ったらダメです!」
「はい。ですので歩くしかありません」
「歩くとして、どこを歩くのだ?」
「邸の庭を」
「ダメよ!荒れ放題で危ないでしょう?」
「最初は草に足を取られるかも知れませんが、歩いている内に道が出来ると思います」
「草に足を取られるなんて危ないわ!それに、足下が見えない所を歩くなんて、絶対にダメ!」
レントは散歩も禁止されるとは、さすがに思っていなかったので、この場での対応が直ぐには思い浮かばない。
当主である父スルトを通せば何とかなるかも知れない、とレントは考えた。散歩なら費用も掛からないので、スルトも反対はしない筈だ。積極的に賛成してもらえるとは思えないから、散歩できる様になるには何らかの工夫が必要だけれど。
「歩くなら、邸の中にしなさい」
セリのその言葉に、レントは驚きを顔に出しそうだった。
邸の中で運動するイメージは、レントにはなかった。
それならトレーニングとかも邸内ですれば良い?
そうは思ったけれど、下手な事を言って、階段の上り下りも危ないなんて事になったら堪らないと思い直し、レントは口には出さなかった。やるとしたら、内緒で自室でやろう。
セリの言葉と、それに「はい」と返すレントを見て、リートは、さすがにそれはないだろう、と思う。
リートとしてはレントに剣も乗馬も学ばせたいので、本当はレントを応援したい。
それなのにレントがセリの言う事をあっさりと受け容れてしまったので、リートとしてはとても歯痒かった。
次話の投稿は、間隔が開くかも知れません。




