後継ぎ候補
「年下の娘に、お前が何を負けると言うのだ?」
レントの祖父リートは、言葉を絞り出す様にレントに言う。
それを受けてレントは、取り敢えず事実を述べた。
「先ずは身長です。1学年下でもサニン殿下に及ばないのは良いとして、ミリ様にも敵いません」
「女の子の方が成長は早いのです」
小さく左右に首を振りながら、レントの祖母セリがそう言う。
サニン王子にも身長で負けている事がスルーされたので、レントは少し補足する。
「しかし2学年下のジゴ・コードナ様にもです。多分3学年下ではないかと思われるウィン・コウグ様と、わたくしの身長はほぼ同じでした」
その言葉にセリは眉間に皺を寄せたが、リートは「心配ない」と肯いた。
「私は学院卒業後にもまだ背が伸びた。レントも今から心配する必要はない」
レントはもちろん将来の自分の身長も、心配をしてはいる。しかし、この場で会話したいのは、現在の事実に付いてだ。
「身長に付いてはそうかも知れません。では力はどうでしょうか?今時点ではミリ様の方が、体はガッチリしています」
少女にガッチリとの表現はどうかと思ったけれど、レントは他に良い言葉が浮かばなかった。心の中でレントはミリに謝る。
「押し合えば、わたくしの方が飛ばされます」
これも謝ろうかと思ったけれど、少女の力が強い事は悪い事ではないと思い直す。自分に力が無い事が言いたい事なのだし、とレントは考えを改めた。ただミリには、褒め言葉としては伝えない様にしようと、レントは心にメモをする。
「大人になれば、男の方が力が出せるものだ」
「それは鍛えれば、ではありませんか?病弱な子供は大人になれても、力が付かないと聞きます」
「レントは健康なのだから問題ない」
「騎士や剣士は、トレーニングで力を付けると言います。それは違いますか?」
「それは、そうだが」
リートが折れたので、レントは微笑んだ。その表情をセリに向ける。
「念の為に言いますと、剣や乗馬の稽古をしたいから、この話をしているのではありません」
「そうなの?それなら、何の為?」
「見窄らしい男になった時の為の言い訳です」
レントはそう言って、笑みに苦味を混ぜた。
「見窄らしいって何ですか?そんな訳、ないでしょう?」
「今のガリガリのまま、背だけがヒョロッと伸びたら、男らしいとは言えませんよね?」
「レントはそんな事にはなりません」
「あるいは逆に、太ってプヨプヨとか」
「そんな訳、ないでしょう?」
セリは表情に怒りを混ぜる。
「お祖父様も少しお腹が出ていらっしゃいますけれど、でもそれなりの筋肉をお持ちなのでプヨプヨにはなりませんが、わたくしが太ったら自分では歩けない体になる筈です」
「そんな訳ないじゃありませんか!」
セリは前掛かりになって、レントとの距離を縮めた。
「そうならなければ良いのですが、もしそうなった時には、わたくしの力ではどうにもならなかったのだと、判断して頂きたいと思います」
「大人を脅す積もり?」
「いいえ。ですが、後継ぎは他を探して下さい」
「は?」
「何を言っておる!」
リートがテーブルを拳で叩いた。
「我が家の後継ぎはお前だけですよ!」
「血の濃さならハクマーバ家から養子を取っても」
「ふざけるな!」
リートが再びテーブルを拳で叩く。
ハクマーバ伯爵家は、レントの叔母チェチェの嫁ぎ先だ。
コーカデスが侯爵から伯爵に降爵した時から、ハクマーバ伯爵家には距離を取られている。レントの父スルトが援助を依頼した時も、ハクマーバ伯爵家に断られていた。
「チェチェとは縁を切ったのです!あの子の子供を我が家の後継ぎになどしません!」
「実家より嫁ぎ先を取る様な娘は、私達の娘ではない!」
「そうですか?でも、嫁ぎ先より実家を取ったわたくしの母の事も、お祖父様とお祖母様は普段、非難なさっていますけれど?」
レントの実母フレンは、コーカデスが伯爵になった時にスルトと離婚して、実家に帰った。
レントの言葉にリートもセリも、目を充血させて歯を食いしばった。
レントに何か言ってやりたいけれど、頭に血が上って、二人とも言葉に出来ない。
「後はお祖母様のご実家でしょうか?」
「・・・なにがだ?」
「なんのこと?」
「父上の従兄弟やわたくしのハトコ達は、健康に問題なさそうです」
「・・・だからなんだ」
「健康だからって養子になんて取らないわよ」
「当たり前だ。我が家にはレントがいるのだからな」
「わたくしが当主になると、見た目で家名に傷を付ける事になってもですか?」
「そんな事にはならん」
「ですが、わたくしに万が一の事があれば、養子を取らなければなりません」
「万が一を起こさない為に、剣を習わせないと言っているのよ」
「運動をしていないと、寿命は縮むそうです」
「は?」
「それに男性としての機能も落ちるとか」
「そんな事はないわ!」
「わたくしが後継ぎを儲けない内に、他界する事はあり得ます。やはり保険の為にも、後継ぎ候補は探しておくべきです」
「そんな事、許す訳ないだろうが!」
「スルトだって許しませんよ」
一瞬、他界を許さないのかとレントは思ったが、後継ぎを探す方かと思い直した。
「そうでしょうか?」
「当たり前だ!」
「それ以外、考えられないでしょう!」
「でも、もしその様な状況で、わたくしがコーカデス家の跡を継いだら、その日の内に後継者に家門と爵位を譲渡します」
「な!」
「そんな事!許しませんよ!」
「ですが、その瞬間はわたくしが当主ですので、どなたにも止める事は出来ません」
ここまで言う積もりはなかったけれど、先に宣言しておけば、実際に似た様な状況になってもスムーズに事を進められるから、まあ良いか、とレントは思った。
「もちろん、そんな事にはならないかも知れませんけれど」
しかし、言葉を失くしたリートとセリの姿を見て、二人の事が少し心配になって、レントはそう付け足した。




