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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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剣を習うには

 いくつかの勝利を手に入れたレントは、更なる望みを叶えるべく、祖父(そふ)リートと祖母(そぼ)セリに言葉を掛ける。


「お祖父(じい)様、お祖母(ばあ)様。お祖母様に許して頂きたい事と、お祖父様に教えて頂きたい事があります」

「許す?」

「私が答えられる事なら、何でも教えるが?」


 王都から帰って変わった様に見えるレントに対して、警戒をしたセリは訝しげに眉根を寄せる。一方、可愛い孫に頼られたいリートは眉尻を下げた。


「わたくしは剣を習いたいと思います」

「おお!」

「ダメよ!」


 腰を浮かし掛けたリートは、セリの声に体を戻した。


「レントは幼い頃、骨折したのよ?それも利き腕を。また骨折したらどうするの?剣なんて習ったら、もっと酷い怪我をするかも知れないのよ?」

「しかしだな、セリ?」

「いいえ、ダメです。レントは我が家の大切な跡取りなのよ?万が一の事があったらどうするの?」

「しかし貴族の子弟としては」

「いいえ。良いですかレント?当主には剣を持つ以上に大切な役目があります。身を守るのは護衛に任せれば良いのです。それに当主や跡取りが剣を抜く必要がある状況に陥っているのなら、その家はもう終わりです。貴族の子弟だと言っても、剣の腕が必要とされるのは、三男以下なのよ?」


 以前にも何度か、同じ様な遣り取りをしている。そしてセリの決めゼリフはいつも同じだ。


「当主であるスルトが、レントには剣を持たせないと決めたのです。レント。それに逆らう気ですか?」


 今までなら、これで決まりだった。


 レントの父スルトはレントの教育に付いて、リートとセリとレントの叔母リリに任せきりだった。そしてレントの教育に費用を掛ける事には消極的でもあった。

 それなのでレントは、習わなくても構わないとされたものについては、習う事が出来なかった。


「お祖母様。それは分かっております」

「それなら何故、そんな話を持ち出すの?もう、二度と言わないでちょうだい」

「そうですね。分かりました。もし王都で騒動に巻き込まれた時には、わたくしは逃げる事に徹します」


 殊勝な顔をしてそう言ったレントに、セリは呆れて返す。


「何を言っているの。騒動なんて起きませんよ」

「しかし、神殿の信徒による暴動や学院立て籠もりなどは、誰も、お祖父様もお祖母様も、想像しなかったのではありませんか?」


 暴動が一段落してからリートとセリは王都に戻ったが、コーカデス家の王都邸が焼け落ちているのを見た時に、怒りを感じていた。

 その感情の高まりを思い出して、セリの声は震える。


「あんな酷い事、もう二度と起こりません」

「あれは悪魔ラーラの所為だ。神殿の勢力が衰えた今、あんな騒動は起こらん」


 リートも不機嫌を声と態度に表す。


「しかし神殿の勢力が縮小したからこそ、勢力の復活を狙ってミリ様の誘拐が行われたのではありませんか?」

「あれで殺されておけば良かったのだ」

「そうですよ」


 リートとセリの言葉に衝撃を受け、レントは何を言おうとしていたのか忘れてしまう。

 ラーラやコードナ侯爵家に対して恨みを持ち、憎いと思っているのは知っていたけれど、ミリが死ねば良いとまで二人が思っていたとは、レントは気付いていなかった。


「ラーラは自分がどうなっても平気みたいですけれど、自分の娘が酷い目に遭えば、さすがに改心するかも知れないわ」

「いや、心まで悪魔なら、改心なんてせんだろう。なんとも思わんのじゃないか?」

「お金に汚い商家の出よ?ミリはしっかりと教育されているみたいだから、その教育費分くらいは計算して悲しむんじゃない?」

「それなら教育も何も受けてない、生まれたてで死んでしまった方が良かったとでも、言うかも知れんな」

「そうね。結婚直前とかなら一番悲しむでしょうね」

「あんな血の汚れた娘が、結婚なんて出来る筈なかろう?」

「あの人達はお金だけはあるから、財産に目の眩んだ家が引き取る事はあり得るわ」

「そうすると、結婚して持参金をせしめてからの方が、嫁ぎ先に取ってはありがたいな」

「そんな嫁を守ろうとなんてしないでしょうから、信徒達も狙い易いわよね」

「まあ、信徒には限らんが」

「そうね。信徒には限らないわね」


 自分がミリに土産を貰った事や手紙を書く事が、二人のストレスになっていたのだろう、とレントは思った。それなので、気が済むまで口を挟まない事にしていた。その間にレントは、自分の考えを立て直す。

 そろそろ良いだろうか?


「お祖父様、お祖母様。我が家は将来に渡って、今のままだとお思いですか?それとも、盛り返すと思っていらっしゃいますか?あるいは更に、苦境に立たされると考えていらっしゃるのでしょうか?」

「苦境の訳がなかろう?」

「そうよ。いきなり何を言い出すの?」

「盛り返すに決まってるではないか」

「その通りですよ。その為にスルトも頑張っているのですから」

「そうしますとその時には、我が家を羨んだり妬んだり、逆恨みしたりする家はありそうですね」

「それはあるだろうな」

「そんな家は相手にしなければ良いのよ」

「しかしその時には、わたくしは良い(まと)です。体は小さく足も遅く、誘拐犯には幼児と同じくらい、攫い易いでしょう」

「何を言っているの?レントを誘拐などさせません」

「いえ、誘拐犯に取り囲まれたら、護衛ごと攫われそうです」

「我が領の領兵の精強さを知らんのか?」


 睨み付けるリートをレントは正面から見返した。


「剣技を知らないわたくしが見ても、ミリ様の護衛には遠く及びませんでした」

「ふざけた事を言うな」

「本当です。わたくしの護衛に付いていた兵達も、同じ様な感想を抱いていました」

「そんな訳はない!そんな筈、ある訳がない!」

「では、後程でも明日でも結構ですので、尋ねて確認してみて下さい」


 レントに静かな口調でそう宣言されて、リートの言葉に勢いがなくなる。


「確かに、コードナの兵は昔から強かった。しかし我が領の兵だって、負けてはいなかったのだ」

「ミリ様を守っていたのはコードナ侯爵家の領兵ではなく、ソウサ商会の派遣した護衛でした」

「はあ?それなら強い訳がないだろう!そんな訳はあるか!そいつらは平民の傭われ兵の筈だぞ!」

「その通りです」

「コードナの兵ならいざ知らず、金で主人を変える様な男共に、我が領兵が負ける訳がある訳ない!」

「あ、いえ、お祖父様。ミリ様に付いていた護衛は女性です」

「は?・・・はあ?女?お前は我が領兵が女に負けると言うのか?!」

「はい」

「あり得ん!絶対にあり得ん!男が剣技で女に負けるなどある訳がない!」

「騎馬操作も負けていました」

「女にか?!」

「はい。女性達にです」

「馬鹿な!そんな事、信じられるか!」

「ですが男が女に力や技で負けるのは、珍しくもありません」

「傭われ兵の男が、近衛の女性騎士に負けるなら分かるぞ?しかし、それ以外でなど考えられん!ましてや我が領兵が女に負けるなど、あるものか!」

「しかしお祖父様。わたくしもミリ様には負けますので」

「・・・なに?」


 リートの声は低く静かだが、表情は険しかった。

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