レントの評価
レントは夕食を祖父リートと祖母セリと摂りながら、硬い空気を感じていた。
邸に帰った時に迎えてくれた二人とは、かなり雰囲気が違うけれど、それに付いてレントには心当たりがあった。
食事が済んで退室しようとするレントに対して、セリがお茶に誘う。
レントの想定通りだ。セリの声が少しぎこちない理由も、レントには思い当たる。
お茶を淹れると使用人は下げられた。
茶室にはリートとセリとレントの三人だけとなる。
二人が何も言わない内に、レントから話を切り出した。
「お祖父様、お祖母様。もしかすると、ミリ・コードナ様の件で、話があるのでしょうか?」
リートとセリは顔を上げてレントを見た後、お互いを見て肯き合うと、再びレントに顔を向けた。
リートが口を開き、いつもより低い声を出す。
「そうだ」
「コードナ様の馬車に同乗した事に付いてですね?」
「それもそうですけれど、そもそも何故、コードナの人間と一緒だったの?」
セリは乗り出すように上半身を傾け、少し早口でレントに尋ねる。
「サニン殿下の茶会で、コードナ様とは席を譲り合ったのです」
「まず、相手の確認だ」
レントの話をリートが遮る。
「相手は悪魔の子のミリ・ソウサだな?」
「悪魔の子?コードナ様はその様なあだ名で呼ばれているのですか?」
「ラーラ・ソウサは悪魔だろう?その子供であるミリ・ソウサは悪魔の子だ」
「それは、まだ子供のミリ様に対して、随分と酷いあだ名ですね」
「あいつらがした事を考えてみろ。正体を的確に言い表している、当然の呼び名だ」
「ラーラはコードナ家の者ではありません。よってミリもです。コードナと呼ぶのも様を付けるのもお止めなさい」
リートの言う「あいつら」にはミリを含むのかも知れないけれど、ミリはコーカデスに何もしていない事を思って、レントは指摘するか迷った。その隙にセリが命じたので、取り敢えずそちらにだけ、レントは反論をする。
「そうは参りません。ミリ・コードナ様はわたくしより、立場が上です」
「何を言っているのです。違いますよ」
「その通りだ。あいつらの事など貴族としては認めん」
「お祖父様とお祖母様が、その様に考えていらっしゃるのは知っています」
「なら様付けなど、お止めなさい」
「悪魔の子と呼べば良いのだ」
セリとリートの言葉が想定通りだったので、レントは父スルトの事を話に出した。
「しかしコーカデス伯爵家の当主である父上は、コードナ侯爵家との和解の際に、ラーラ様を貴族と認め、バル様の妻である事も受け容れています」
「それは、仕方ないのよ」
「間違いであっても、飲み込まなければならない事が貴族にはあるのだ」
「はい。そしてわたくしは父上の子であり、コーカデス伯爵家の一員です。当主である父上が飲み込んだのです。わたくしが否定する事は出来ません」
「レント!」
セリがソファから立ち上がり、レントの名を叫んだ。
「悪魔の子に何を吹き込まれて来たのです!」
「レント。良く考えて答えろ。お前なら何が正しいのか、分かる筈だ」
リートも声を一段と低くして、レントに迫る。
「お祖父様、お祖母様。わたくしはミリ様とそれほど会話をしておりません。一緒にいた時間もほんの僅かです」
「それだから何だと言うの?」
「ミリ様が本当に悪魔の子だとしても、お祖父様とお祖母様に育てて頂いたわたくしが、その様な短時間に誑かされると、本当にお考えですか?」
「そんな事は、ありませんけれど」
見詰めるレントの目の力に、押さえ付けられる様に萎れる様に、セリはソファに腰を下ろす。
「それなら何故だ?何故、悪魔の子の肩を持つ?」
問い掛けたリートに視線を向けて、レントは答えた。
「肩を持つ訳ではありませんが、ミリ様は将来、我が国に影響を与える人物になるのではないかと感じました」
「国に影響?お前より小さい小娘がか?」
ミリの背の高さを思い出して、レントは自分の方が小さいと思い、リートの表現には引っ掛かりを覚えた。
王都に行って、自分より年下の子が自分より大きかった事は、自分はちゃんと成長できるのかと、少しレントの不安の種になっていた。
そもそもどんな歴史上の偉人でも、自分と同じくらいの身長だった事があるはずだ、とレントは自分に言い聞かせてはいる。
「父親も分からない女が、国に影響を及ぼす訳がありません」
セリの言葉にレントは根拠が見付けられない。
父親がいないデメリットは経済的に不安定になる事と、社会に出た際の後ろ盾が弱くなる事だ。
レントにはミリが、周りの人間に愛されて育っている様に感じられた。それなら本当の父親がいなくても、後ろ盾となってくれる家はあるだろう。
後ろ盾の候補はコードナ侯爵家であり、コーハナル侯爵家であり、ソウサ家だ。景気の悪いコーカデス伯爵家とは比べ物にならないとレントは思ったけれど、もちろん言葉にも顔にもそれを表したりはしない。
「サニン殿下の茶会の参加者は、私以外は皆、ミリ様より年下ではありましたが、礼儀作法や会話の進め方などの差は、年齢ばかりが理由だとは思えませんでした。ミリ様はわたくしより、1年近く誕生日が後ですけれど、とても良く教育されているご令嬢です」
まだ子供なのにその様な評価を下せるレントもレントなのだが、そのレントの言葉の内容にだけ反応して、リートもセリも顔を蹙めた。
「教師が教師だからな」
「型に嵌めるのがお得意な方達ですものね。型が外れるまでは、それらしく見えるのでしょう」
「お祖母様の仰る通り、ミリ様に嵌められている型は、いずれ外れるのかも知れません。しかしそれまでの間にミリ様は、大勢の味方を作っていくと思います」
「あいつらに味方など、簡単に出来るものか」
「そうよ。味方と同じくらい敵も生まれるわ」
「敵?」
レントはわざとらしく首を傾げる。
「敵は新たに生まれないかと思います」
「その様な訳、ありません」
「何故、その様に思うのだ?」
「ミリ様の敵とは、我がコーカデス家や公爵三家、そしてそれらの配下の貴族ですよね?」
「そうよ」
「もちろんだ」
「そうすると、もう既に敵なのですから、増えた事にはなりません」
「私達の味方を増やすのに決まっているでしょう?」
「どうやってでしょうか?」
「どうって、社交とか、色々と方法はあるわ」
「なるほど。しかし、社交にしろ、領地間の提携にしろ、あるいは政略結婚にしろ、今の我が家には難しいのではありませんか?」
「いえ、そんな事はありません。今もあなたの父上が、頑張ってくれているではありませんか」
「それはお祖父様もお祖母様も、同じではありませんでしたか?味方を増やす為に、様々な手段を取って、最善を尽くしたのではないでしょうか?」
「それは、もちろんよ」
「それはそうだな。私達は最善を尽くした積もりだ」
「しかし、現実には味方は増えておりません」
「でも今、父上が一所懸命に努力なさっている事は、レントも分かっているでしょう?」
「はい。しかし父上と同じ様に、コードナ侯爵閣下もコーハナル侯爵閣下も、努力をなさっていると思います。あちらにとっては良い状況にも関わらず、それに慢心する事なくです。その為に、我がコーカデス家の味方は減りこそすれ、増やす事は出来ていないのです」
レントの言葉にリートもセリも、反論を返せなかった。




