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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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王都土産

 玄関での祖父母との遣り取りを終え、レントは邸内に入る。

 自室に戻ると、入浴の準備が出来ていると使用人が言うので、レントは浴室に向かった。


 脱衣所には着替えが用意されていた。

 コーカデス伯爵家は過去に比べると、使用人の数も減らしている。レントが物心付いてからも年配者を中心に、この邸から何人かがいなくなっている。そして替わりの若手は増えていない。

 それなのでレントも、脱衣も着衣も自分で行うけれど、着替えの準備の様な基本的な事は、しっかりと教育された昔からの使用人達が、何の不備もなく対応をしていた。


 レントが浴室に入ると、湯船に湯気が立っている。

 体の汚れを落とす為に、レントは入浴をしに来たけれど、今、湯船に浸かったら、この場で寝てしまいそうだった。

 お湯がもったいないけれど、レントは湯船に入るのを諦めて、風呂から出たら使用人にでも湯を使わせようと考えた。

 浴槽にお湯を張らなくて良いと言うタイミングがなかった事は、使用人の優秀さとコーカデス家の経済状態がマッチしていない証拠に思えて、レントは浴室で独り、溜め息を()いた。



 レントは髪を乾かし、普段着を来て、髪を整えた。

 そして邸を出て離れに向かう。離れには入浴前に土産を持たせて人を送り、訪ねる許可を貰っていた。


 レントが離れの入り口で声を掛けると、レントの叔母であり離れの主人でもあるリリ・コーカデスが、レントの事を出迎えた。


「お帰りなさい、レント殿」


 リリはふわりとした微笑みをレントに向ける。同じ様にレントも微笑みを返した。


「ただいま戻りました、叔母上」


 リリが両手を差し出し、レントはそれを掬い上げる様に握る。


「ご無事だった様で、安心しました」

「はい。お蔭様で、特に支障なく、帰って参りました」

「そう、良かった」


 リリは笑みを深めた。それにレントの表情も釣られる。


「帰って来たばかりで、お忙しいかしら?」

「いえ。夕食までは特に用事はありません」

「そう。それなら今、お茶の用意をしているのだけれど、ご一緒にいかか?」

「はい。ぜひ」


 躊躇(ためら)いのないレントの応えに、リリはレントの手を握る力を強め、嬉しそうに笑った。


「いつもの変わり映えしないお茶だけれど、レント殿と一緒に飲めるのは嬉しいわ」

「わたくしは王都への行きの道で既に、叔母上の淹れて下さるお茶が恋しくなっておりました」

「まあ?王都でお世辞を覚えていらしたの?」

「いいえ。お世辞などではなく、本当にそう思ったのです」


 レントは腕を差し出し、リリはそこに指を預けた。

 まだ体の小さいレントと腕を組むと、リリの手はレントの前腕ではなくて二の腕に掴まる形になってしまう。それにこの離れの主はリリなので、レントがエスコートするのもおかしい。

 しかしリリはいつも喜んで、レントのエスコートを受けていた。



 リリはお茶を淹れると、テーブルを挟んでレントの向かいに座る。


「お土産、受け取りました。ありがとう。折角だから、一緒に頂きましょう」


 そう言ってリリは、ビスケットの載った皿を示した。


「こちら、伝統のビスケットですよね?わざわざ買って来て下さったのね」

「いえ。これは鼻向けに頂いたのです」

「まあ?王家から?」

「いえ」

「サニン殿下からと言う事ね?」

「こちらはミリ・コードナ様に頂きました」


 レントはリリにミリの話をすることを決めていた。レントが言わなくても、同行した護衛達から報告が上がると思っている。

 それなら自分から伝えた方が余計な誤解はないだろう、とレントは判断していた。


「・・・コードナ家が配っていたのですか?」


 リリは硬い微笑みを浮かべている。


「いいえ」


 レントは首を小さく左右に振ると、リリを真っ直ぐに見詰めた。


「コードナ様が購ったビスケットを直接、わたくしは受け取りました。支払いはコードナ家なのでしょうけれど、わたくしに贈って下さったのはミリ・コードナ様です」


 レントはリリに、サニン王子の友達を探す会での経緯を簡単に説明した。


「そうなのですね・・・」


 リリは視線を下げて、伝統のビスケットを見詰める。


「他にも頂いたお菓子があったのですけれど、そちらは帰り道に食べてしまいました。ただこのビスケットだけは、わたくしは叔母上に召し上がって頂きたかったのです」

「・・・そうなのね」

「叔母上?召し上がってみませんか?」


 リリは顔を上げてレントに微笑みを向けると、手を伸ばしてビスケットを1枚摘まんだ。


「レント殿。一緒に食べましょうか?」

「はい」


 レントも手を伸ばしてビスケットを1枚摘まむ。

 二人同時に、ビスケットに口を付けた。


 しばらくの間、静な室内に小さな咀嚼音だけが聞こえる。


 リリがお茶を一口飲んで、声を出した。


「王都で暮らしていた頃は、毎年1枚食べていました」

「1枚だけですか?」


 お茶を飲んでカップを置きながら、レントが尋ねる。


「ええ。他に美味しいものが色々とあるでしょう?王都なら。だからあの頃は義務として食べていたのだけれど、数年振りに口にすると、何故だかとても懐かしいわ」

「味は変わっていませんか?」

「そうですね。本当は年毎の微妙な味の変化で、その年の農作物の出来が判断出来るそうなのですけれど、昔と同じに思えます」

「そうなのですね」


 良かったと言うのも違う気がして、レントはそう返した。少し素っ気ないので何か繋げようと考えているところに、リリが尋ねる。


「レント殿が王宮で食べたビスケットとは、どうですか?やはり違いますか?」

「そうですね・・・」


 レントは答え(にく)い事を訊かれて少し迷ったけれど、正直なところを話す事にした。


「実は、わたくしには違いが分かりません」

「・・・そうなのですね」

「はい。恥ずかしい事に、伝統のビスケットだけではなく、鼻向けとして頂いた他のお菓子にも、同じ味に思える物が幾つもありました」

「そう・・・でも、恥ずかしく思う事はありませんよ?」

「そうでしょうか?」

「ええ。コードナの方達は味に敏感です。特に甘い物には詳しいですから、伝統のビスケットの材料が違うのなどと言うのも、コードナ家の人間以外には、分からなかったのかも知れませんので」

「ジゴ・コードナ様とミリ・コードナ様が特別なのですね」

「・・・ええ。コードナ侯爵のガダおじ、ガダ閣下もそのご子息のバル様も、甘い物にはうる、繊細で、お菓子に付いてなら、いくらでも語る様な方達でしたから」


 リリは目を細めて柔らかい声でそう言った。


「そうなのですね」

「ええ。先代のコードナ侯爵閣下もその面で有名だったそうですから、きっと血筋なのでしょうね」


 レントはリリの表情から、懐かしんでいる様子を読み取って、もう一度「そうなのですね」と繰り返す。

 そしてレントはリリに対して、ミリ・コードナは血が繋がっていないとの指摘は、わざわざ上げなかった。

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