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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
19/731

19 取り囲まれて

 愚痴を言って不満を紛らわせる人がいる一方で、愚痴を(こぼ)し合うと却って不満が高まる事もある。


 愚痴の対象を悪だと集団で認知すると、悪を是正しない集団メンバーに対してさえ不満が生まれ、悪が駆逐されない限りは集団内の不満総数は増え続ける。

 メンバー同士が不仲になって来ると、集団が自壊しないうちに不満の捌け口を求める様になり、悪を再定義して集団内の仲間意識を高め、自分達の正義を遂行する為に行動に移す場合もある。



 そんな訳で。

 バルと一緒に昼食を取るために学院の食堂に向かう途中、待ち伏せしていた女生徒達にラーラは取り囲まれていた。


「お前、どう言う積もりなの?」


 バルとの付き合いの事だとは分かるけれど、質問が抽象的で何を答えたら良いのかラーラには分からない。それなのでどうしても、煽る様な返事になる。


「何の事でしょう?」

(とぼ)けないで!」


 惚けて欲しくなければ適切な質問をして欲しいなんて、もちろん口には出さない。

 ラーラは黙ったまま、続く言葉を待った。


「バルさんの事よ!」


 それは分かっている。

 ラーラは先を促す為に、小さく肯いた。


「バルさんには思いを寄せている方がいらっしゃるのよ?」

「はい」

「はいですって?!」

「存じております」

「ねえ?リリの事を知っているのなら、あなたは何故バルとの交際を()めないの?」

「そうよ!交際を止めなさい!」

「交際を続ける事は、コードナ様が望まれていらっしゃいますので」

「そんな訳ないでしょう!」

「いいえ。コードナ様とわたくしの力関係をお考え下さい。もちろんコードナ様にお声を掛けて頂けたのは望外の幸運で御座いましたし、練習とは言え交際させて頂ける事はとても光栄であると共に大きな喜びを感じております。しかしわたくしだけが望んだとしても、コードナ様が望まないのであれば、交際する事は出来ません。同様にわたくしから一方的に、交際を()める事も出来ないでしょう」


 相手をなるべく刺激しない様に、ラーラはゆっくりと言葉を口にした。


「それなら何故、バルはあなたと交際を続けているの?」

「そうよ!お前がバルさんの弱味を握って、無理矢理縛り付けているのでしょう?!」

「弱味では御座いませんが、理由でしたら存じております。コードナ様は交際の練習を行う為に、わたくしとお付き合いをして下さっているのです」

「だから!何故、交際の練習をする必要があるのよ?!」

「バルさんには練習なんて要らないでしょう?」

「そうですよ。バル様は恋多き男性なのですから、今更練習なんて必要ありません」

「あら?恋多きとは言われているけれど、バルは失恋ばかりよ?恋を成就させる練習なら、必要なのかもね」

「え?そうなのですか?」

「わたくしもコードナ様御本人からそう伺っております。ですのでコードナ様が納得なさるまでは、わたくしとの交際を続けたいと仰って頂いております」

「そんな訳ないわ!」

「それについては、コードナ様御本人に直接御確認頂く(ほう)がよろしいかと存じます」

「でも、あなたと交際して得られる物なんて、ないでしょう?」

「どうでしょうか?」

「あるわけないじゃない!」

「そうですね。例えば皆様は贈り物を受け取るとしたら、どの様な物が嬉しいでしょうか?」

「え?そんなの、どの様な物でも嬉しいに決まっているわ」

「それは好きな(かた)からですよね?嫌いな相手からでしたらいかがです?」

「え?嫌いな相手?」

「そんなの要らないわ」

「そうね。貰いたくないし、貰っても処分すると思うわね」

「そうで御座いますよね。そうで御座いますけれど、ご自分の好みに合っていて日常的に消費する様な物でしたら、受け取るのではないでしょうか?例えば有名店のお菓子とか」

「それはそうね」

「自分の好みに合わなければ使用人に下げ渡せば良いし、直接渡されるのではなくて(いえ)に届くのなら、きっと受け取ると思うわ」

「贈る側から致しますとその場合、受け取って頂ける事が重要なのです。一度受け取ったのでしたら、同じ様な物ならまた受け取って貰えるのではないでしょうか?そしてほんの少しグレードの高い物や、ほんの少し消費に期間が掛かる様な物でも。例えば期間限定のお菓子とか、特別な色のインクとか」

「それはそうね」

「その様に受け取る側のハードルが下がると言う事は、好感度は上がっていると言う事です。嫌っていた筈がいつの間にか、挨拶を()わす様になっていたり致します」

「なるほど、そうかも知れないわね」

「待って待って!何の話?それがバルさんとどう関係があるのよ?!」

「これはここだけの話にして頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」


 ラーラの確認の言葉に女生徒達は、お互いの顔を見回してから肯いた。ただし言質(げんち)を取られない様に肯定の言葉は誰も口にしない、無言での首肯だった。


「コードナ様は思いを寄せている(かた)に、御自分が嫌われていると思っていらっしゃいます」

「え?何ですって?」

「そんな訳ある訳ないじゃない!」

「いいえ。コードナ様が挨拶しても最低限の返事しかして頂けないし、他の女性に声を掛けても馬鹿にした目で見るだけで通り過ぎるし、エスコートを申し出ても嫌がられて中々OKして貰えないと、仰っていました」

「ちょっと待ってよ!」

「それは全てバルが悪いんじゃない」

「それにバルさんは勘違いしているのではない?」

「勘違いがあるかとはわたくしも思いますが、その件についてコードナ様は(かたく)なでして、わたくしでは考え直して頂く事が出来ません。それにそのコードナ様の悪い所と言うのも御本人も自覚なさっていて、最近は思いを寄せている方には近付かない様になさっているそうでして」

「それってリリにも誤解されるのではない?」

「わたくしもそう思いますが、こう、なんと申しますか」

「バルは自信を失くしているの?」

「はい、多分」

「バルは弱気でしたものね」

「え?バルさんが?そうなのですか?」

「あれほど女性に見境失(みさかいな)く、いえ、失礼。分け隔て無く声を掛けているのにですか?」

「そう言えば、最初にリリにアプローチした時に拒否されて、それを誤魔化す為に別の子にも声を掛けていたのよね。リリに拒否されてもいつも冗談の様に振る舞っているから、リリの事をちゃんと見ていないのかも知れないわ。思い返すとですけれど」

「そうなのですね」


 場がしんみりとした。


「でもそれなら誤解を解けば良いだけで、バルさんがお前と付き合う必要はないわよね?」

「お相手するはわたくしである必要は御座いませんが、コードナ様には練習が必要かと存じます」

「リリ様と練習すればよろしいでしょう?」

「それは練習ではなくて、本番になりませんか?」

「それは、そうですけれど」

「練習が必要ってどうしてなの?」

「例えば贈り物の話に戻りますが、男性から頂く物がその男性の髪や瞳の色と同じだったら、皆様はいかがですか?」

「素敵よね?」

「好きな方からその様な物が頂けたら、舞い上がってしまうかも知れません」

「それは好きな方からならば、ですよね?」

「え?」

「そうね。嫌いな人からなら焼き捨てるかも」

「却って嫌いになりそうだわ。気持ち悪いもの」

「嫌いまでいかなくても、なんとも思っていない人からでも、受け取れないわね」

「わたくしもそう思います」

「もしかしてバルは?」

「はい。あのままですとコードナ様は、最初から御自分の色の物以外は贈らない御様子でした。常にそれらを選べば良いと思っていらっしゃいましたので」

「それは確かに練習が必要ね」

「練習と言うより、教育が必要だわ」

「それですのでコードナ様は、贈る相手の方に似合う物を選ぶ練習をなさっているのです」

「でもそれでしたら練習相手は、あなたでなくても良いのでしょう?」

「そうよ。お前と交際する必要はないわ」

「はい。わたくしである必要は御座いません。ですがコードナ様のお相手がどなたでも良い訳では御座いませんよね?」

「それはそうよ。相手の家格とか、勢力バランスとか、考慮が必要になるもの」

「それらが問題のないお相手となると、コードナ様の婚約者候補となりませんか?」

「ええ。そうなるでしょうね」

「そうなりますとコードナ様は、思いを寄せる方ではなく、その方と婚約する事になりませんか?」


 女生徒達は口を閉じた。実は彼女達がバルに対して、それを狙っていなくもないからだ。


「ですのでコードナ様は、結婚相手とはならないわたくしを練習相手に選ばれたのです」

「でもそれならあなたは何でバルと付き合っているの?」

「そうですよね。バル様の結婚相手とならないのは、お前だけではないでしょう?お前がバル様と付き合う必要なんてないじゃない」

「わたくしにもコードナ様と同様の理由が御座います。わたくしも練習が必要で、練習相手としては結婚相手とはならない方が理想なのです」

「練習相手の条件は分かるけれど、あなたはソウサ家の娘でしょう?練習なんて必要なの?」

「はい。例えばわたくしは刺繍を嗜みまして、好きな方をイメージしながら刺繍した物をその方に贈りたいと思っております」

「そう。それが何か?」

「贈ればよろしいでしょう?」

「ですがコードナ様のお話では、贈られて困る物もあるそうなのです」

「え?本当なの?」

「困る物もって、何なの?」

「例えばハンカチですと」

「え?刺繍したハンカチなんて普通に贈るでしょう?」

「そうよね。受け取って困ったなんて話は聞いた事がないわ」

「わたくしもそう思っておりました」

「違うって言うの?」

「はい。ハンカチですので贈る側としては、お相手の方に使って頂く事を望みますよね?」

「ええ、もちろんそうね」

「ですけれど、刺す絵柄によっては使うのを躊躇(ためら)うそうです」

「え?例えば?」

「どんな柄がいけないの?」

「例えば二人の名前が絡み合っている物ですとか、甘い言葉を刺した物ですとか、或いは二人の濃密な関係を示す物ですとか」

「濃密な関係って?」

「良く分かりません」

「なんでなの?そこが大切なポイントでしょう?」

「わたくしが聞いても良く理解出来ませんでした。例えば同じ花でも角度によって、良かったり駄目だったりするそうです。その線引きが、他の方に見られた時に恥ずかしいかどうかにあるのは分かりました。ですので手で持った時に指で隠せる大きさの刺繍なら、多目に見るとの事です。恥ずかしいかどうかは年代によっても違うらしいのですが、同世代ならある程度の普遍性があるそうです」

「本当なの?」

「そんなに難しいの?」

「思ってもみなかったわ」

「贈るのが、怖くなってしまいました」

「ただし好きな相手からでしたら、どんな絵柄を贈られても嬉しいそうです。それはわたくし達と一緒ですよね?好きな方から贈られるならどの様な物でも嬉しいですし、思ってもいない方からでしたらどの様な物でも躊躇うかも知れません。その(あた)りの感覚を自分の物にする為に、わたくしはコードナ様に教えを受けているのです」


 女生徒達は自分の今の状況を振り返って、言葉が出なかった。

 ()り好みをしてないで、誰とでも良いから交際練習を始めるべきなのかも知れない。

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