レントの帰領
コーカデス伯爵領の領都邸にレントが帰り着くと、レントの祖父リートと祖母セリがレントを出迎えた。
「レント!良く無事で!」
抱き付こうとするセリをレントは避ける。
「え?レント?」
レントを抱き締めようとしていた自分の腕で自分を抱いて、セリは見開いた目をレントに向けた。
「申し訳ありません、お祖母様。旅の汚れが酷いので、わたくしに触れられるとお祖母様のお召し物を汚してしまいます」
レントの言葉に納得をしたセリは、顔に微笑みを浮かべる。
「まあ?構わないのに」
「そうもいかんだろう。お帰り、レント」
セリの肩に手を掛けながら、リートはそう言った。
「はい。お祖父様、お祖母様。ただいま戻りました」
そう答えるレントに、リートは満足げに肯く。一方セリは、眉を顰め、唇を少し尖らせた。
「王都まで馬に乗って行くなんて、もう心配で心配で、仕方なかったわ」
「ご心配をお掛けして、申し訳ありません。ですがお祖母様、わたくしはこの通り、何事もなく無事に戻って参りましたので、ご安心下さい」
「無事ではないでしょう?こんなに瘦せて」
セリが手を伸ばして頬に触れる事はレントは避けずに許した。それほど瘦せてはいないし、さっきは無事でと言ってくれたのに、と思いながら。
その様子を見ながらリートは言った。
「瘦せたのではなく、引き締まったのではないか?ほら?男前が上がっているだろう?」
セリはリートを一睨みする。
「引き締まったと言うのは結局、瘦せたと言う事でしょう?食べ物や水が合わなかったりしたのではなくて?」
レントを振り向いて、セリはそう続けた。
「いいえ。その様な事はありません。旅の間の体調は良く、一切問題がありませんでした」
「でも、体調が良いのに瘦せるって、却って何かの病気だったりしない?」
セリの心配そうな表情に眉根を寄せるレントを見て、リートは小さく溜め息を吐いた。
「セリ、心配し過ぎだ」
「心配なんていくらしたってし足りないわ。やっぱり私も付いて行ったら良かった」
両手でレントの両頬を挟みながら、セリはそう言う。
レントもリートもなんと返せば良いのか、直ぐには言葉が出なかった。
セリが付いて行けば騎馬での移動は不可能となり、馬車での旅程となる。そしてセリの為の侍女達も、一緒に連れて行かなくてはならない。王都までの日数が掛かる上に、一日当たりに掛かる費用も跳ね上がる。
コーカデス伯爵家としては、今回のサニン王子の友達を探す会にレントを出席させる為に、それだけの金を掛ける事は出来なかった。それなので、馬車での旅もセリの同行も、検討対象にさえされてはいなかった。
「我が家だけではなく、他家も保護者は同行していなかった様に思えます」
調べてはいないけれど、レントは思い付きでそう言った。
「そうなの?」
「はい」
そう答えて、レントは力強く肯く。リートも肯いて、レントの言葉を助ける。
「それならセリが付いて行っていたら、レントは恥を掻いたかも知れんな」
「そうですね」
「でも、レントは特別なのだから」
セリの声は少し小さくなっていた。
「お祖母様。わたくしが王都に行く為に保護者の同伴を必要としたなら、我がコーカデス家も侮られたかも知れません」
「何を言っているのです。私が一緒なら、そんな事はさせません」
レントは言葉を間違えたと思った。セリの声量が上がっている。家より自分の事で攻めるべきだったとレントは思う。
しかしセリの言葉にリートは首を振る。
「レントが独り立ちしたら、我々は付いて歩く訳にはいかん」
「だからこそ、今は付いていなければならないのでしょう?」
リートは「いいや」と口にしながら、再度首を振った。
「だからこそだ。我々が付いていれば言葉には出さないかも知れん。しかしその裏で、レントの評価は下がるだろう。そして我々がいない所で、その下がった評価が使われるではないか」
「それは、そうだけれど」
リートはセリの肩を引きながら覗き込む様にして、セリの視線を自分に向けた。
「セリは、レントが少し大人びて帰って来て、寂しいのだろう?」
「そんな事はないわよ」
リートはセリの肩を戻し、微笑みを浮かべた顔をレントに向けた。
「それなら良いが、レントはこれからも日々、大人になっていくからな?我々はそれを喜んで見届けねばならん」
「それは分かっているわ」
セリの眉間に皺が出来る。
「なら、このレントの変化も喜んでやれ。我々が付いていっていたら、この様には男っ振りが上がってなかったかも知れんからな?」
「確かにそう言う事も、あるかも知れないけれど」
「レントのこの感じ、セリの好きなタイプだろう?」
リートの発言に、セリは少し早口になって返した。
「そうだけど、そんな事は言わないでちょうだい。どんなレントでも、私の大切な孫よ」
「そうだな。我々の大切な孫だ」
そう言うとリートはレントの頭を撫でた。
レントは、髪も大分汚れているのに、とか、大人びて帰って来たと言う割に頭を撫でるのは子供扱いなのでは?とかの思いが浮かんだけれど、抱き付かれたり抱き上げられたりよりはマシですね、と思い直して、大人しく二人がやりたいようにさせた。




