なりたいかも
ミリの祖母ユーレは、ふと思い付いてミリに尋ねた。
「ミリ?」
「なに?お祖母ちゃん?」
「もしかして、船の上で商売する積もり?」
「船?なんで?」
「だって港町によく行っているでしょう?船員達とも仲が良いし、他国の言葉もよく知ってるし」
「ううん。お父様が私を働かせる気はないって言ったでしょう?船での商売もやらないよ?」
「そう。それなら良いけど」
「良いけど?船はダメなの?」
「ダメじゃないけど、船での商売は難しいから」
「そうなの?なんで?」
「商品を持ち込むなら重さや大きさの制限があるし、運賃も取られる筈。それに必需品は船主が船員に提供するから売れる物も限られるし、品切れしても海の上では仕入れが出来ないし」
「そうか。そうだね」
「商売じゃなくても、他の国に行っちゃったりもしない?」
「旅行じゃなくて、他の国で暮らすって事?」
「ええ」
「訊いてないけど、それもお父様が許さないと思うよ?」
「そう?そうね。バル様は許さないか」
ユーレは納得して、小さく肯いた。
ミリにミリの曾祖母フェリが話し掛ける。
「ミリ」
「なに?曾お祖母ちゃん?」
「理由はともかく、商人になる気は無いんだね?」
「うん」
「じゃあ、商人になる為の勉強も止めるかい?」
「え?祖母さん?」
「正気かよ?祖母さん?」
ミリの伯父のワールとヤールがフェリに向けて言った。
「止めたら、ここまでミリが学んだ事が無駄になるじゃないか?」
「そうだよ。それにミリがソウサ商会にもう、顔を出さなくなっちゃうって事だろう?」
「ワールもヤールもうるさいよ。ミリの時間だ。どう使うかはミリが決めりゃあ良いんだ。今までやってた帳票付けだって、きっとどっかで何かの役に立つだろうさ。なんにも無駄になんてなんないよ」
「そうだけど」
「そりゃそうだけどさ」
「それでミリ?どうする?止めるんで良いかい?」
「少し、考えさせて」
「構わないよ。ミリの時間だ。好きなだけ考えな。だけどお前は、これから忙しくなるんじゃないのかい?曾祖父さん達の資料を読んだりもしなくちゃなんだろう?」
「うん。そうなんだけど」
言葉を濁すミリに、今度はミリの祖父ダンが話し掛ける。
「ミリ?」
「うん?お祖父ちゃん、なに?」
「しばらく休んで、時間が出来たら勉強再開でも良いんだよ?」
ダンの言葉にワールとヤールが肯く。
「確かにそうだな」
「ああ、ホントに。ミリ?そうしろよ?」
「一旦休みにして、そうするかどうかも、後から考えても良いから。考えた結果、止める事になっても良いし」
ソウサ商会での帳票付けを止めると、ミリは脱走して空き地で子供達と遊ぶのは不可能になる。
「取り敢えず、一旦休みにして、時間が出来た時にやらせて貰うんでも良い?」
「やる時は予め連絡寄越すなら構わないよ。好きにしな」
「うん」
ミリは空き地で遊ぶ為の代替手段を思い付くまで、帳票付けを保険に取って置く事にした。
「ミリ?」
「なに?お祖母ちゃん?」
「商人にならない、結婚もしない。それで貴族にもならないのよね?」
「うん」
「そうしたらミリは、何になるの?」
「確か、文官になりたいんだったよね?」
「え?文官?」
口を挟んだダンの言葉に、ユーレが驚く。
「ミリがなりたいの、商人じゃなかったの?」
「文官になろうとは思ってた。でも結局、お父様は私が働くのは許さないから」
「でも、ミリがやりたいなら、応援するよ?」
ダンの言葉にワールとヤールも肯いて続けた。
「そうだぞミリ?応援だけじゃなく、手伝ったりも出来るぞ?」
「そうそう。バルの説得が必要なら任せとけ」
「うん。ありがとう」
「ミリ」
「なに?曾お祖母ちゃん?」
「文官には、なりたかったんかい?それとも結婚しないなら仕事をしなけりゃだから、仕方なく選んでたのかい?」
「そうなのか?ミリ?」
「だったら、商人でも良いじゃないか?ミリ?」
「仕方なくじゃないけど」
「それでもあんたは、商人を選ばなかったんだね?」
「うん」
「なんでだよ?ミリ?」
「うるさいよ、ヤール。ミリ?やりたい事が出来たら教えな。商人じゃなくても文官じゃなくても、私達が助けてやれる事もあるかも知んない」
「そうだぞ、ミリ?」
「そうだね。商人以外でも、相談には乗れると思うよ?」
「なんでも?」
「もしかして、何かあるのかい?」
「あるのか?あるなら教えてみろよ?ミリ?」
みんなの視線を受けて、ミリは身動ぎした。
「あの」
「うんうん」
「さっき」
「うん」
「少し思ったんだけど」
「うんうん」
「うるさいって、ヤール」
「ミリが言い辛そうだから、話し易い様に合いの手を入れただけだろう?」
「却って話し難いよ。ほら、ミリ、続けて」
「うん。単なる思い付きなんだけど、お医者さんになるのって難しい?」
「医者かぁ」
「医者になるのは金が掛かるって聞くな」
「そうね。弟子にして貰うのに、かなり支払うって言うものね」
「そうなの?」
「なりたいなら費用は出してあげるよ?」
「待ちなよ、ダン。ミリ?なんで医者になりたいんだい?」
「曾お祖父ちゃん達が亡くなった流行病の時に、お医者さんが足りなかったんでしょ?」
「そうだね」
「ウチは金があったから、診て貰えたけど」
「まあ、それでも、祖父さんは死んじまったけどさ」
「そうだな。クスリも効かなかったしな」
「そうなんだ。お医者さんが足りなかったのかと思ったんだけど、いてもダメだったのね」
「あと、女の人は医者になれないんじゃないの?」
「確かに聞いた事がないよな」
「結婚したら辞めなくちゃだからじゃないのか?」
「それだと掛かった費用が回収出来ないだろうね」
「そんなな関係ないよ。ミリ?やりたいなら手伝うよ?」
「いや、俺だって手伝うよ?」
「そうだな。女性で最初の医者になるなんて、良いんじゃないか?」
「可愛い医者なら、患者も集まりそうだよね」
「費用の回収も早そうだ」
「不埒な患者は追い返すけどな」
ヤールの言葉にダンとワールはうんうんと肯き、それをフェリとユーレは呆れた表情で見ていた。
ミリは思い付きで口にしたのだけれど、医者は良いかも、と思う。
特に船医なら他の国にも行けて楽しそうだな、と考えたら、ミリの気持ちは浮き立った。




