普通
ミリの曾祖母フェリは、仕切り直す。
「ミリ。やる気とか誠実さとかも商売には必要だけど、それも才能って言えば才能だし、目利きも才能じゃないって言えば才能じゃない」
「どう言う事?」
ミリはフェリが結局何を言いたいのか、良く掴めなかった。
ミリの母ラーラがフェリの事を評して、よく「言いたがりぃ」と言っている事をミリは思い出す。
「必要としてる人に、必要な物を売る。商売に必要なのはそれだけさ」
ミリには必要なものがそれだけとも思えない。もしそれが本当なら、ソウサ商会で自分が普段している勉強は一体何なのだ、とミリは思う。
しかし今はまず、才能の話だ。
「じゃあ才能は何に使うの?」
「才能があれば店を大きく出来たりもするけど、それよりは、より多くの人に必要な物を売ったり、より多くの種類を売ったりする事が、商売の才能の本質だね。後は商品を求められた時に、どれだけ早く用意出来るかとかにも才能が影響する」
「やっぱり、才能が必要なんでしょ?そうじゃなきゃ、淘汰されちゃうんじゃない?」
ミリは経営の勉強で、経営破綻とそれにいたるまでの経緯に付いても学んでいた。実際に潰れた店を見た事はないけれど。
「そんな事はないよ」
「そんな事ないって、ソウサ商会の様な大きな店を取り仕切っている、才能がある人達に言われても、説得力がないよ」
フェリは言葉に詰まった。過去にも同じ様な事を言われた覚えがある。
そしてフェリが思い出すのは、相手が怒り出すか会話を諦めるか、あるいは自分の方がそうしてしまったかの状況ばかりで、上手く伝えられた記憶はなかった。
その隙にミリの伯父ヤールが口を挟む。
「ミリ?」
「なに?ヤール伯父ちゃん?」
「才能があるとか言ったって、ここにいるソウサの人間はみんな、結局は普通だろ?」
「普通って?」
普通とは?
ミリは哲学を論じる心積もりをした。
「普通にメシ食って普通に寝て起きて、普通に仕事してるだけだ」
「普通ってなに?」
しかしヤールは、そんなミリの肩を透かす。
「え?ミリだって他の人と同じ様に、やってるだろう?みんながやってて、自分もやってる事の事だよ。ミリはまだ子供だから、仕事じゃなくて、遊びだな。あ、あと勉強」
勉強はそんな、序でに思い出した様に言われる程しかやってない訳じゃない、とミリは思った。子供の仕事は勉強だと言われたら、これくらい仕方ないのかも知れないけれど。
でも遊び?自分が認識している遊びって、ソウサ商会から脱走して空き地でみんなと遊ぶ事だけだけど?
しかしそれをバラしてしまうのは拙いので、ミリは会話を続ける事にした。ヤールなら脱走自体が遊びだとか言いそうだ、と思いながら。
「ソウサ商会の仕事は普通なの?」
「普通だよ。普通だろ?」
「普通じゃないよ。規模がかなり大きいじゃない」
「いや。さっき祖母さんが言った通り、欲しがってる人に商品を買って貰う。その為の商品を仕入れて運ぶ。商人としたらごく普通さ」
「そうだな」
ミリのもう一人の伯父ワールが、ヤールの言葉に肯いた。フェリも同意する。
「ヤールにしては、まともな事を言うじゃないか」
「してはって何だよ?」
「そうだね」
ミリの祖父ダンも同意した。
「そうだね?そうだねって、父さん、どこを言ってるんだ?」
「ヤールにしてはまともな事を言ったなってとこだね」
「そっちかよ。分かってたよ」
「だけど、そもそもミリに確認したいのは、違う事だった気がするけど」
「どう言う意味だい?ダン?」
フェリの視線を受け流して、ダンはミリを見た。
「ミリ?」
「なに?お祖父ちゃん?」
「ミリは商人にはならないんだね?」
「うん」
ミリはハッキリと肯いた。
「そうか」
「父さん。そうかじゃないだろう?」
ワールの言葉にダンは「いや」と首を振る。
「ミリに才能があろうがなかろうが、ミリが商売を好きだろうが楽しく感じようが、ミリが商人にならないなら関係無いじゃないか」
「でも、そんなの、もったいないじゃない?」
ミリの祖母ユーレの意見にヤールも肯く。
「そうだよ。ミリ?バルが商人になるのを反対してるんじゃないのか?もしそうならおれがバルを説得して、ミリを商人にしてやるから諦めるなよ」
「お父様は確かに反対してるけど」
「え?ホントに反対してんのか?」
自分で言って置きながら、ミリが肯定したのでヤールは驚いた。
「お父様は、私には仕事をさせないって言ってる」
「仕事なんてしないで貴族に嫁げって、バルは言ってんのかい?」
フェリの質問にミリは「ううん」と首を振る。
それを見てワールが「そうだよな」と肯いた。
「バルはミリを嫁に出さないって、ずっと言ってるもんな」
「嫁に出さないって言うか、ミリを結婚させないってバル様は言ってるわよね?婿取りもダメなんでしょ?」
ユーレが厳しい表情を見せる。ヤールも顔を蹙めた。
「可愛いラーラの娘のミリが、こんなにも可愛いんだから、ミリの娘もきっと可愛いのに間違いないのにな」
「ホントだよな。バルはその辺、分かって無いんじゃないか?」
そう言うワールに合わせて、ヤールもうんうんと肯く。
そこへダンが「でも」と口を挟む。
「結婚しなくても、子供は出来るからね」
「ダン!」
「バカ言ってんじゃないよ」
ダンの言葉をユーレとフェリが責めた。
「そうよダン!曾孫が抱きたいからって、ミリの人生を狂わす様な事、間違っても口にしないでちょうだい!」
「いや、可能性の話で」
「言い訳すんじゃないよ」
「そうよ!間違っても口に!しないでちょうだい!」
「はぁ、分かったよ」
フェリとユーレの言葉に、ダンは肩を竦める。
ワールとヤールはダンを援護する事なく、口を閉じていた。




